2006年06月28日

コナ・コーヒーと日系移民の関わり〜その3

ハワイ島のコナには、
1828年に導入されたことは、昨日までに書きました。

コナでは、ククイ(kukui)という、
現在の“ハワイ州の木”の下に
コーヒーを植えていったのだそうです。


1850年〜1890年に至る40年間のコナでは、
ハワイアンは、漁やタロ芋栽培などの生活必需品のかたわら、
現金収入獲得の一方法としてコーヒー栽培を拡大していました。

1868年(明治元年)に
ホノルルに着いた最初の日本人移民(元年者)の一部が、
1890年頃から1910年にかけて、
サトウキビ耕地の過酷な労働に耐え切れず、
脱走してコナに入り、
白人の経営者のもとでコーヒーの栽培に従事していた、
と言われています。

以下、1890年〜1910年までの主な出来事を記します。

この頃は、日清・日露戦争で日本が大国相手に勝ち、
ますます軍備増強をして、
日本が世界から孤立してゆく激動の時代です。

長くなりますが、
「こんな時代の中で、
 ハワイで過酷な労働に耐えていた日本人移民がいた」

という、
異国の地で懸命に生き抜いた先人たちをしのび、
敬意を表してのものだとご理解下さい。

・1890年(明治23年)
  同志社の設立者・新島襄が48歳で亡くなる
  慶應義塾大学部が設置され、文学、法律、理財の3科が置かれる
  ストローガーが自動電話機の特許を取得する
  ヘレン・ケラーが発声訓練を始める
  唐人お吉(斎藤きち。50際)が、
   不遇のうち稲生沢川角栗の淵に身を投じる
  ゴッホがピストルで自分の胸を撃って自殺を図り、
   2日後に死亡する
  東京―横浜両市内と両市間で電話交換が始まる
   (加入者数は東京155、横浜42)

・1891年(明治24年)
  ロンドン−パリ間に電話が開通する
  盛岡〜青森間の開通で、上野〜青森間の東北本線が全通となる
  明治政府が小笠原南方の無人島を
   「硫黄島」と命名し日本領土とする
  エジソンがラジオの特許を得る

・1892年(明治25年)
  日本初の水力発電所が京都に完成する

・1893年(明治26年)
  ハワイ王国でアメリカ人のクーデターによる政変が起こり、
   女王リリウオカラニ(当時55歳)が退位させられる
  エジソン(当時46歳)が活動写真のキネトスコープを製作する
  アメリカ・ハワイの併合調印が行われる
  山本長五郎(清水次郎長、74歳)が死去する
  ウォール街の株価が突然暴落する(経済恐慌が始まる)
  チャイコフスキーが53歳で亡くなる
  ドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調「新世界より」が
   カーネギーホールで初演される

・1894年(明治27年)
  ロンドンのタワーブリッジが完成する
  ハワイで、サンフォード・ドール判事が大統領に選出され、
   ハワイは共和国となる
  日本が清国に戦宣布告し、日清戦争が始まる
  アメリカがハワイ共和国を承認する
  北里柴三郎がペスト菌を発見する

・1895年(明治28年)
  日清講和条約に調印

・1896年(明治29年)
  アテネで第1回オリンピックが開催され、13ヵ国が参加する
  樋口一葉が25歳で亡くなる

・1897年(明治30年)
  ハワイへの移民665人中463人が
   手続き不備などの理由で上陸を拒否される

・1898年(明治31年)
  アメリカがハワイを併合する
  アメリカ軍がグアム島を占領する
  ジョン・中浜万次郎が72歳で亡くなる

・1899年(明治32年)
  勝海舟が脳溢血で77歳で亡くなる
  東京〜大阪間の長距離電話が開通する
  アイヌに対する北海道旧土人保護法が公布される

・1900年(明治33年)
  ガソリン自動車を発明したダイムラーが65歳で亡くなる
  ハワイの日本人労働者2千人が、
   雇い主の労働者斬殺に抗議してストに突入する
  パリ万国博覧会が開幕する
  ハワイ共和国がアメリカの準州になる
  ハワイがアメリカに合併される
  ツェッペリン飛行船がボーデン湖畔で試験飛行を行い、
   20分間飛ぶ
  第2回オリンピック・パリ大会が開幕し、
   20ヵ国から1,066人が参加する
  津田梅子により、麹町に女子英学塾(後の津田塾大学)が
   開校する‘生徒10人)

・1901年(明治34年)
  福澤諭吉が脳溢血再発のため、68歳で亡くなる
  ライト兄弟設計、バイスコプフ製作の
   エンジン付き飛行機が初飛行し、900メートル飛行する

・1902年(明治35年)
  八甲田山雪中行軍中の陸軍第8師団青森歩兵第5連帯の
   将兵210名のうち、199名が凍死する
  正岡子規が脊椎カリエスのため36歳で亡くなる

・1903年(明治36年)
  アメリカで新移民法が施行される
  ハワイ日本人会が設立される
  ライト兄弟の飛行実験が成功する
  ライト兄弟が人類初の動力機公開飛行を行う(複葉機)

・1904年(明治37年)
  日本軍が仁川、旅順を攻撃し、日露戦争が開始
  ハワイ移民350人、アメリカ移民80人が横浜を出発する
  日露戦争、第1・2・4軍がロシア軍との激闘の末、
   遼陽を占領する(遼陽の会戦)、
   日本軍の死傷は2万3,533人
  日露戦争、児玉源太郎が指揮する第3軍が
   旅順203高地を占領する

・1905年(明治38年)
  乃木大将とロシアのステッセル将軍が水師営で会見する
  日本軍が奉天でロシア軍を破り占領するが、死者7万人を出す
  東郷平八郎指揮の日本連合艦隊が、
   バルチック艦隊発見の報を受け
   「敵艦見ゆとの警報に接し連合艦隊は直ちに出動・・・、
    本日天気晴朗なれども波高し」
   と打電する
  日露戦争での日本海海戦で日本連合艦隊がロシアの
   バルチック艦隊の戦艦4隻を撃破する
  アインシュタインの特殊相対性理論の論文が初めて発表される
  ポーツマスで第1回日露講和会議が開催される
  アメリカ大統領が、日露交渉の打開を図るため、
   日本には賠償金要求の放棄を、
   ロシアには早期妥結を勧告する
  日露講和会議が決裂寸前で合意が成立するが、
   日本国内では抗議の大論争になる

・1907年(明治40年)
  アメリカが日本に再び移民禁止協約を提議する
  初めての外国野球団がハワイから来日し慶應義塾と初戦、
   その後早稲田と対戦する

・1908年(明治41年)
  外務省が、ハワイ移民の停止を移民会社に通告する
  国木田独歩が肺結核のため38歳で亡くなる
  慶應義塾大学野球部がハワイに遠征する(7勝7敗1取消し)
  第4回オリンピックのロンドン大会が開催され
   初めて水泳競技が行われる
  アメリカ海軍がハワイの真珠湾に
   世界最大の軍港建設を開始する

・1909年(明治42年)
  ハワイ・オアフ島の日本人労働者約2千人が、
   給料値上げを要求してストライキを行う
  浅間山が大噴火する
  ツェッペリン号が1,000キロを飛び、
   耐空時間38時間の飛行記録を達成する
  伊藤博文がハルピン駅頭で韓国人の安重根に
   狙撃され死亡する(69歳)
  竹久夢二が「夢二画集」春の巻を出版する

・1910年(明治43年)
  中国が奴隷制度を廃止し、人身売買は禁止される
  武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎らが「白樺」を創刊する
  ハレー彗星が地球に大接近する
  アメリカで人口調査が行われる
   (総人口は9,197万2,266人)
  白瀬中尉以下28人が開南丸で南極探検に出発
  ロシアの文豪トルストイが82歳で亡くなる

次回へ続きます。

2005年12月.jpg

posted by COFFEE CHERRY at 22:04| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ハワイのコーヒー栽培 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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