2006年11月23日

コーヒー園の害虫・益虫・タダの虫〜G

「農業とはexclamation&question
という質問に、
肩肘張らず力まずに、自然体で考え、
「農作物や家畜、自然に働きかけ、そしてそこから学ぶ営み」
と答えるとするなら、
良寛(江戸時代の禅僧・歌人)の漢詩を思い出します。

    花無心招蝶
    蝶無心尋花
    花開時蝶来
    蝶来時花開
    吾亦不知人
    人亦不知吾
    不知従帝則


  花、無心にして蝶を招き
  蝶、無心にして花を尋ねる
  花、開くとき蝶来たり
  蝶来たるとき、花開く
  われもまた人を知らず
  人もまたわれをしらず
  知らずして帝の則に従う



花は蝶を招きたいとも思わないし、
また、蝶も別に花を訪ねたいとも思わない。

しかし自然に出合う、めぐり合いがある、
という意味ですね。


見事に爛漫と咲き乱れる桜でなくてもよい、
草かげに人知れず咲く、一輪の草花で十分です。

そこに色彩豊かな立派な蝶でなくとも、
薄汚れた、ちっぽけな蝶でこれまた十分です。

一輪の花に二、三匹の蝶が戯れる、
どこでも見られる風景ですが、
私たちは何気なく見落としています。

良寛は、ここをとらえて
無心の出合いの真実を詠いあげた、
といわれている有名な漢詩です。


仏教的な視点で考えると、
私たちの人生も、めぐりあいの連続です。

親にめぐり合い、兄弟姉妹にめぐり合い、
友人にめぐり合い、夫や妻にめぐり合い、子供にめぐり合い、
また、苦しい事、楽しい事、悲しい事、
人生では、いろいろな事にめぐり合います。

仏教では、これはみな偶然や宿命ではなく、
すべて因縁の法によって成って行くのだそうです。

最初、原因があり、そこに縁が働いて結果が出てきます。

結果がそのまま、結果で終わるのではなくて、
また原因となって、ある縁が加わって結果が出ます。

因縁と果が循環するのです。

これを仏教では因縁の法則といいます。


例えば1個のコーヒーの種子があるとすれば、これが因です。

畑を耕し、種子をまき、水をやり、肥料を施す、これが縁で、

芽が出て実がつく、これが果です。

縁の働き具合で果も大きく違ってきます。

悪い因でも良縁が加わればいい果が得られ、
良い因でも悪縁が加われば悪果となるのです。

これが仏教の因果律で、宿命論的なものではありません。

縁のままに花は咲き、蝶もまた、縁のままに舞う、
因縁の出合いなわけです。


昆虫や防除の話から脱線してしまいました。

テレビ番組「オーラの法則」の影響でしょうか。

posted by COFFEE CHERRY at 10:56| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの害虫・益虫・タダの虫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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