2009年01月31日

西原町の玉那覇コーヒー農園が機内誌に掲載されました

20日の大寒や26日の旧正月が過ぎて、
年末からの短い冬も終わったようで
沖縄はひと雨ごとに暖かくなり
昨日は日中気温が23℃もありました。

重機の道090124.JPG
 コーヒー山の大回廊・重機の道です。
 右はまだポットに入っている
 植え付け待機中のコーヒー苗木たちです。


コーヒー山の1月の作業は、
年末からは植え付け作業は中断していて、
栽培地拡張の伐採作業を中心に行っていますが、
気温の様子を見ながらになりますが、
2月の中旬頃からは
苗木移植作業が再開出来ると思われます。

北山山麓090124.JPG
 成育が順調な北山山麓のコーヒー苗木たち

ANAグループ機内誌「翼の王国」1月号に
西原町の玉那覇コーヒー農園が掲載され、
私ごとのように嬉しく思っています。

翼の王国.JPG
 ANAグループ機内誌「翼の王国」1月号

昨秋、地元ローカル紙の琉球新報に
玉那覇さんのコーヒー農園が掲載されたことと、
その後、ラジオ番組でも取材されていたことが
掲載につながったものと思われます。

記事全体.JPG
 25ページに掲載された記事です。

晴天の日に、バナナを背景に取り入れた写真は
亜熱帯らしくて、なかなか素敵ですね。
私はコーヒーとバナナの組み合わせが好きなのです。

記事の写真.JPG
 玉那覇さんはふだんは
 オレンジ色のツナギを着ているのですが、
 撮影用に買い換えたのでしょうか…


記事の写真2.JPG
 玉那覇コーヒー園の赤い実と
 天日干しのコーヒー生豆ですね。


ついでに記事4段も拡大してご紹介しておきましょう。
横画面では字が細かくなるので
読みにくいと思いますが、
縦画面にさせていただきました。
以下、ご興味のある方はご覧下さい。

記事1段目.JPG

記事2段目.JPG

記事3段目.JPG

記事4段目.JPG

玉那覇コーヒー園についての過去の記事もご覧下さい。
上の行をクリックするとご覧になれるはずです。

posted by COFFEE CHERRY at 12:22| 沖縄 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 国内のコーヒー栽培 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月12日

厳寒期のコーヒー山

沖縄では、旧暦12月8日に
ムーチー(鬼餅)を作って食べる風習があって、
この日の前後10日間が最も寒い時期にあたるのですが、
今年は先々週の1月3日がその日で、
今日も「ムーチービーサー」の寒気が訪れています。

緋寒桜0110.JPG
 コーヒー山に向かう途中には
 緋寒桜(ヒカンザクラ)が咲いていました。
 気温の低下と共に開花するので、
 沖縄本島での桜前線は、北から南に南下、
 つまり日本一早い桜は沖縄本島北部で咲くのです。
 緋寒桜(ヒカンザクラ)は
 寒緋桜(カンヒザクラ)ともいわれて
 濃いピンクの花がうつむきかげんに咲くのが特長です。
 開花の最盛期は今月下旬ごろでしょうか。


1月10日(土曜)は、
 ・国頭村 奥  7.6℃
 ・名護市    9.4℃
などと、
沖縄県内のあちこちで
今冬一番の最低気温が観測されましたが、
当日は北北西9〜12mの風が吹き荒れていて
体感温度はさらに寒く感じました。
コーヒー山は標高が高いので
朝方は6℃前後程度まで下がったのではないかと思います。

お昼のお弁当は、いつも
重機の道の中腹「竹の広場」で取るのですが、
この日は寒さに凍えて食べるのもイヤなので
バナナロードに停めた車の中で食べました。

与那海岸0110.JPG
 ふだんは波がほとんどない
 与那海岸の穏やかな東シナ海ですが、
 この日は10m前後の強風でシケていました。


 当日の作業は、
 ・ 切り株から伸びた「ひこばえ」の剪定
 ・ 林床地の東側の伐採と片付け

を中心に行いました。

これまでにチェーンソーで切断した切り株からは、
何本も「ひこばえ」が伸びていて、
切るのも可哀そうな気がするのですが、
基本的に、
 「切り株に近い上よりも、
 地面に近い下の方から出ているのを優先して残す」

ようにして、
切り株の対称の2本を残し、
残りは剪定バサミでカットしていましたが、
ノコギリを使わないと切れないくらいの太さに
成長してしまった「ひこばえ」もあり、
ノコギリを忘れたので
次回も続行することになりました。

林床地090110.JPG
 現在、伐採をしている東側は画面の右側の奥地で
 30年前に山を切り開いたエリアは
 割りあい平坦になっていますが、
 その先は急斜面になっていますから、
 その境までコーヒーの移植地として開拓していますが
 山の中はとにかく広くて、
 少人数での作業ではなかなか栽培地が広がりません。


林床地の東側の奥は谷への傾斜地になっているので、
その境に伐採した木やリュウキュウチク(琉球竹)を
防風柵になるように
木の間にはさみこみながら
背丈くらいまで積み重ねてゆく作業を行いましたが、
この作業は今年もずっと続くことになるでしょう。

簡易防風柵0110.JPG
 伐採した木や琉球竹を木の間にはさみこむようにして
 背丈くらいまで積み重ねたコーヒー山の簡易防風柵です。
 徐々に朽ちて数ヶ月で高さが半分になりますから
 実際の防風効果は疑問ですが、
 いずれ土に還ることを考えると、
 昨年の前期は伐採樹木を全て
 斜面に投げ捨てていましたから、
 もったいないことをしたと反省しています。


厳冬期に入り、
コーヒーの葉の一部が茶色く変色した苗木があって、
それが移植した苗木だけでなく、
鉢に入っている苗木にもその症状が現れているので
寒さ(+風)が原因なのか、
夏場に1ヶ月近く日照りになった水不足が起因しているのか、
原因を特定するのに、
もうしばらく様子をみようと思います。

重機の道090110.JPG
 木漏れ日の当たる重機の道です。
 この日は、強風が吹いたり小雨が降ったり、
 陽が差したりと目まぐるしく天候が変わりました。


バナナロードの鉢植え苗木0110.JPG
 バナナロードに置いてあるコーヒーの鉢植え苗木です。
 赤や黄色の実が付いている苗木もあり、
 暖かくなったら優先的に植えてあげないといけません。
 本当は林床地の中まで運びたいのですが、
 林道からここまで運ぶだけでも相当の難儀でしたし、
 林床地の中は1つずつ抱きかかえて運ばないといけないので
 後回しになっているのです。
 そのために強風の後では、風の通り道にある鉢や
 地面がデコボコしている所に置いた不安定な鉢は
 バタバタと倒されてしまうのです。

posted by COFFEE CHERRY at 21:35| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 移転準備 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月05日

コーヒー山の「ヤンバルマイマイ」

カタツムリはもちろん、殻のないナメクジも
陸上で棲息する貝類は
「陸生貝」
といいます。

沖縄には外来種のアフリカマイマイという
植物防疫法で有害動物指定を受けている
10cmを超える世界最大の陸産巻貝もいるのですが、
沖縄ではこれに次ぐ2番目の大型陸貝として
沖縄本島北部、
山原(やんばる)のイタジイ林にだけ棲息するといわれる
「ヤンバルマイマイ」
を、
コーヒー山でもよく見かけます。

ヤンバルマイマイ0901−1.JPG
 コーヒー山に棲息する「ヤンバルマイマイ」です。
 殻径は約5cmと大型ですが、
 ナメクジより動きが速いです。


沖縄本島中南部に分布する
シュリマイマイという約30mmの陸貝の亜種といわれていて
湿度が高い日などに
地面を徘徊活動しているのを見かけますが、
大型なので樹には登らない(登れない?)ようで
落ち葉や新葉、新芽、落ちた花などを食べるようですから
山の掃除屋さんの仲間であることは間違いないでしょう。

ヤンバルマイマイ0901−2.JPG
 体表はゴワゴワしているようですが、
 エイのような姿がキモいですね。


沖縄でのコーヒー栽培では、
台風の脅威はもちろんですが、
春から秋にかけて小形のマイマイが枝葉に取り付いて
新芽を食べてしまうのが困るのですが、
「ヤンバルマイマイ」
は、大型のためにこれが出来ないので
コーヒー栽培にとっては無害なのです。

ヤンバルマイマイ0901−3.JPG
 コーヒー山には「ヤンバルマイマイ」の
 中身の無い殻もあちこちで見かけますが
 成長に伴なって、より大きな殻に移るのか
 食べられてしまっているのかは不明です。


エスカルゴ(escargot)は
フランス語でカタツムリの意味のようですが、
実際にはカタツムリではなくて
リンゴマイマイという陸生貝のようです。
「ヤンバルマイマイ」の内臓を除去して加熱し、
パセリやニンニクをみじん切りして
バターとからめれば、
ヤンバルバージョンのエスカルゴ風になるはずですが、
直径5cmの殻が大きすぎて、たこ焼き器には入りませんし、
どなたか食べてみる勇気がある方はいますかexclamation&question

ナナホシキンカメムシ0901.JPG
 「ナナホシキンカメムシ」が
 コーヒーの葉の上で休息していました。
 この虫はタマムシのように綺麗なのに
 カメムシであることが残念です。
 沖縄の寒い冬の中で、
 仲間とはぐれてしまったのでしょうか、
 背中にどこか“哀愁”を感じさせますね。


posted by COFFEE CHERRY at 10:17| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒー山の動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月04日

江戸時代を見直して沖縄コーヒーのブランド化を考えるF(最終回)

江戸時代の地方分権から、
明治政府が中央集権化を図るために、
明治5年(1871年)、
全国261の藩を廃して府県を置く政策をとるのですが、
鹿児島県(薩摩藩)の管轄下にあった琉球国は、
一度「琉球藩」にされて明治政府の直轄に移された上で、
明治12年(1879年)に強制的に「沖縄県」に移行されて
約500年間続いた琉球王国は滅んでしまいました。

希少動物の階段1.JPG
やんばるの横断道路・県道2号線には
U字溝の横に希少動物の階段らしきものが
20m間隔で設置されていました。


琉球王朝最後の国王・第19代・尚泰王(しょうたいおう)は
琉球藩の藩王として家族と共に東京に強制的に移住させられ、
沖縄県になった以降も沖縄に帰郷することなく
東京で亡くなるのですが、
尚泰王の四男・尚順(しょうじゅん)が
明治25年(1892年)20歳のときに東京から沖縄に帰り、
以降、琉球新報や沖縄銀行などを創設する一方で、
自身の邸宅の庭を基に農園を開き、
パイナップル、グァバなどの沖縄県外から
果樹や観賞用植物を積極的に導入し、
沖縄農業の発展にも寄与されたのですが、
この農園「桃原(とうばる)農園」は
その後の沖縄戦で壊滅的打撃を受け
自身も1945年6月17日の沖縄戦のさ中で
亡くなってしまうのです。

希少動物の階段2.JPG
カメやトカゲがU字溝に落下した時の
救命用の階段のつもりなのでしょうかexclamation&question


昭和20年(1945年)4月1日に沖縄本島中西部の
読谷(よみたん)村海岸から米軍は上陸し、
長期持久戦に臨む日本軍と激しい戦闘を繰り広げて
沖縄住民を巻き込むのですが、
米軍は海上の戦艦からの艦砲射撃や
戦闘機による空爆と機銃掃射、
戦車を先頭に火炎放射器による攻撃、
ガソリンを流し込む等の壕への馬乗り攻撃による戦闘を行い
6月15日から6月18日にかけては現・糸満市にまで
日本軍や住民は米軍に追いやられて、
鉄血勤皇隊や義勇隊、ひめゆり隊、白梅隊、瑞泉隊、
でいご隊などの学徒隊などに動員された
沖縄師範学校学徒隊が次々に全滅していったのですが、
父が琉球王朝の最後の国王であり、
自身も今後の沖縄の発展を望みながら
その沖縄が日米軍に踏みにじられて、
郷土が焼かれ、住民が虐殺されていく様を見ながら
亡くなることはさぞ無念だったのではないかと思います。

照首山の山麓.JPG
コーヒー山の近くの照首山です。
ヒカゲヘゴと幹が白っぽいスダジイの間から
ティラノザウルスが飛び出して来ても
おかしくはない光景ですね。


江戸時代を見直して沖縄コーヒーのブランド化を考える1
江戸時代を見直して沖縄コーヒーのブランド化を考える2
江戸時代を見直して沖縄コーヒーのブランド化を考える3
江戸時代を見直して沖縄コーヒーのブランド化を考える4
江戸時代を見直して沖縄コーヒーのブランド化を考える5
江戸時代を見直して沖縄コーヒーのブランド化を考える6

T型フォードが1908年に米国で発売され、
以降、自動車産業ピラミッドが
世界経済を牽引してきましたが、
昨秋から激変の時代に突入して一気に世情不安になり
新しい時代への移行期といえば聞こえが良いのでしょうが、
なにやら「平家物語」を連想するような
栄枯盛衰の雲行きになってきました。

平家物語
祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹(さらそうじゅ)の花の色、
盛者必衰の理をあらは(わ)す。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏(ひとへ)に風の前の塵(ちり)に同じ。


「祇園精舎の鐘の音には、
 諸行無常、すなわちこの世のすべての現象は
絶えず変化していくものだという響きがあります。
(釈迦入滅のときに白色に変じたという)
沙羅双樹の花の色は、どんなに勢いが盛んな者も
必ず衰えるものであるという
道理をあらわしているように思えます。
おごり高ぶった人も、その栄えはずっとは続かず、
春の夜の夢のようにはかないものです。
勇猛な者でさえ、ついには滅び去り、
まるで風に吹き飛ばされる塵と同じようなものです。」


年末のつわぶきの花.JPG
年末にコーヒー山のオーナーにご挨拶に伺いました。
その道中に咲いていたツワブキの黄色い花です。


T型フォードから始まった1908年は、
奇しくも尚家(しょうけ)の
「桃原(とうばる)農園」
が開かれたころですが、
「この農園にはCoffeeの木も植えられていた」
と、
コーヒー山のオーナーから聞かされました。

沖縄のコーヒー栽培の歴史は以前ご紹介した通りですから
「沖縄でコーヒーは栽培出来るかexclamation&question出来ないかexclamation&question
という質問はすでに愚問であり、
今後の沖縄コーヒーは
『質と量』
を極めてゆくことで、
沖縄が国産コーヒーの名産地に成り得るわけですが、
江戸時代の
 ・ 『土地に応じ』た高品質
 ・ 他にはない『比類無き』特色
 ・ あせらない長期戦略
 ・ 生産者自らの創意と工夫

が特産を名産に育て上げる、
という思想から検証すると、

@『土地に応じ』た高品質化について
コーヒー栽培は「コーヒーベルト」といって、
一般に
「南北回帰線の内側で露地栽培が可能」
といわれていますが、
沖縄の日照や気温、降雨量などの気候環境は
コーヒー栽培上まったく問題はなく、
また、沖縄ではどの地域でも
土壌を選ばず放任で露地栽培が可能ですから
風対策さえすれば
明治以降何度もコーヒー栽培がTryされているように
「土地に応じている」
といえましょう。

沖縄以外での栽培候補地では
小笠原諸島か南西諸島ですが
小笠原は雨量が少なく、
南西諸島では徳之島で露地栽培されていて
屋久島では失敗していますが、
広大な栽培面積はとても望めませんし、
ましてや本土でのハウス栽培では
日照不足で木が病弱になり高品質化は無理で、
台風対策さえ充分に行えば
ますます沖縄の優位性が明確になるはずです。

また、高品質化には、
本島中北部の柑橘系果樹栽培に向いている
国頭(くにがみ)マージという
酸性土壌で栽培することが必要条件になりますが
この土壌のweak pointは
カルシウム、マグネシウム、カリウム成分などが脆弱の
「痩せて地力がない」
ことで、
それを補うために
 ・有機ぼかし、米ヌカ、海草、植物堆肥などを使う
 ・完全発酵した牛糞か豚糞堆肥を使う
 ・本島南部の肥沃なアルカリ質のジャーカル土壌を
  客土して土壌改良する

などで、
コーヒー栽培に最適な土壌作りが出来ると考えられます。

年末の与那海岸.JPG
 12月31日の夕方の与那海岸です。
 当日は9mの風が吹いて
 日中気温も14℃で寒い1日でした。
 本土ではこれくらいの波は普通でしょうが
 沖縄の海岸ではこれでもだいぶシケています。


A他にはない『比類無き』特色について
海外から輸入されるコーヒー生豆は
植物検疫で害虫が1匹でも見つかると
生豆は豆類なので、
内部の奥深くまで入り込んだ害虫を殺すために
発ガン性の疑いがある臭化メチル(24〜72時間)や
特定毒物に指定されている燐火アルミニウム(5〜9日間)で
くん蒸処理されますが、
(廃棄や返送する商社は少ないでしょう?)
沖縄産は「国産コーヒー」ですから
本土に生豆を発送するとしても
“くん蒸処理”はされず、
除草剤や農薬を絶対に使用しない栽培法に限り
世界最高の安全性は保証されるはずで、
これは大きな特色でもあるはずです。

年末の重機の道.JPG
 コーヒー山でも強風のために
 コーヒー苗木の3鉢が倒れていました。
 沖縄は年末から1月中旬までが一番寒いのですが、
 コーヒー苗木たちは元気一杯で安心しました。


B「あせらない長期戦略」については
自宅のやんばるの引越し先は決まっていて、
残りの苗木の搬入と引越し先のリフォームさえ終われば
コーヒー山までの通勤も
片道20分で行けるようになるのですが、
引越し先では苗木を大量に作り、集落の民家に無償提供して、
地域ぐるみでコーヒーに取り組めるようにしたいと
年末に山のオーナーと意気投合したのですが、
品質的にレベルアップさせるためにも
コーヒーの栽培基準を作って作業標準化を目指し、
加工所を設けて地元からの弱者の雇用もして
地域ぐるみでの所得の向上につながり
やがては国頭村が
「コーヒーの里」宣言をしてもらえるような
土台作りをしてゆきたいと考えていて、
私自身が弱者なのですから、
あせらず長期戦で構えています。

年末の北山山頂.JPG
 コーヒー山の北山山頂の雨水貯水システムです。
 山には落葉樹も多く、
 青いシートにも
 たくさんの落ち葉が降り積もっていました。


C「生産者自らの創意と工夫」では…
 ・ 種植えの最適時期
 ・ 苗木移植最適時期
 ・ 日照や日陰の影響

など、
コーヒーの生態を再度研究しなおして
「コーヒーの栽培基準」
作りをするのは当然としても
「コーヒーの白い花が
 春の新月・満月の大潮前後に咲くことが多い」
「新月にコーヒーの種植えをすると、徒長苗が多くなる」

ことから、
月と農業(コーヒー)との関係も
見直さなければなりません。

ウミガメや魚、カニ、珊瑚などが
大潮の満潮時に産卵することは、
よく知られるところですが、
これは人間や犬猫など
動物にも言えること(自然分娩の場合)で
「満月や新月の上げ潮時から満潮時にかけて出産が多い」
という傾向があり、
それとは反対に
「引き潮時から干潮時にかけて臨終をお迎えする」
傾向もあると言われています。

また、虫の発生(孵化)時期が
「大潮の時期と合致している」
といわれています。
「種植えは満月、苗木移植は新月」
も、再度原点から比較実験も行って
コーヒーに最適な栽培基準を作り出したいと思います。

「高品質のコーヒー豆を作るには
 木にストレスを与えず健全に育成させる必要がある」
「コーヒーの木のHappy Lifeを重視することが
 美味しい実の恵みを受けるはず」

というのが私の基本理念で、
「そのためにはどう栽培したら
 コーヒーの木がHappy Lifeになるのか」

を常に考えながら
栽培努力を積み重ねてゆく必要もあるはずです。

以上@〜Cを実践することで
「沖縄コーヒーのブランド化は充分可能」
と確信していますし、
周りにどう思われようとも
「まず小さな成功モデルをつくり
  小さな村おこしとPax Okinawanaに貢献出来れば…」

と本気で考えているのです。

花芽の出始め.JPG
コーヒー山の中腹の「竹の広場」から奥の
 重機の道に植えたコーヒー苗木には、
 花芽が出始めました。
 根の活着が予想より早く
 根付いているようです。


自生え期待の落下した種.JPG
 コーヒー山の中山山頂の手前では
 コーヒーの赤い種が自然落下していました。
 自生えを期待して、そのままにしてきました。


posted by COFFEE CHERRY at 16:20| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸時代の農政から学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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