2010年10月07日

アグロフォレストリー(森林農法)こそコーヒー栽培の原点回帰C

1895年(明治28年)というと、
ドイツではレントゲンがX線を発見し、
日本では夏目漱石が愛媛尋常中学校(松山中学校)の教論に就任したり、
樋口一葉が「たけくらべ」を発表、
また東京では博報堂が創業したり、
銀座に洋食の名店・煉瓦亭が開店した年ですが、
日本のコーヒー栽培の祖ともいうべき榎本武揚(たけあき)は
この4年前、彼が外務大臣当時の1891年(明治24年)にメキシコ殖民団を組織し、
チアパス州ソコヌスコ郡エスクィントラ周辺の官有地をメキシコ政府から購入し、
同地にコーヒー栽培に就業する日本人を殖民する計画を立てていました。
1897年(明治30年)には、
榎本が募った約30人の移民たちがメキシコへ渡り、
日本人によるコーヒー栽培に着手するのですが、
この事業は長続きせず、失敗に終わってしまいます。
小笠原にコーヒー苗木が導入されたのは
1878年(明治11年)ですから
1895年(明治28年)には小笠原コーヒーはサトウキビ生産に
収益性で劣りながらも、細々と続けていたと思われます。


バナナロード1007.JPG
 コーヒー山の導入路バナナロードです。
 この道の片側に残念ながらバナナが植えられないので、
 コーヒーを植える予定でいます。


一方1895年のキューバでは
スペインの植民地支配による弾圧から第二次独立戦争が始まり、
キューバ史における英雄ホセ・マルティが
スペイン兵の狙撃に倒れ、43歳で亡くなりました。

私は
「沖縄はキューバを目指すべき
というのが持論なのですが、
それはまた別のテーマで書くことにして、
ホセ・マルティは、
「人民は、単一の作物に生存を託す日には、自殺することになる」
「樹木のない土地は貧困である。
 森のない都市は病んでおり、
 樹木のない大地は干からび、
 貧弱な果実しか実らない。」

という名言を残しています。

当時はスペイン統治時代で
サトウキビのプランテーションなどで
住民が劣悪・低賃金での労働を強いられていましたから
“作物”はサトウキビを指し、
次の“都市”はニューヨークへの皮肉も入っているのですが、
この説明も長くなるのでカットして先へ。
ホセ・マルティの弟子を自認している
キューバの最高指導者フィデル・カストロは、
ホセ・マルティのこの思想のとおり、森づくりに尽力しています。

南側の風景1007.JPG
 コーヒー山から南側を見た風景です。
 標高300〜500mの山が脈々と続いています。


大航海時代の1492年、
コロンブスがキューバを発見した当時は、
島の95%以上はうっそうとした森林におおわれていたそうですが、
スペイン、アメリカと植民地支配が続く中、
森林乱伐や大規模な牧場づくり、
コーヒーやサトウキビ農地の大造成などで国土は荒廃し、
キューバ共和国が成立し米国支配が始まる1902年の森林面積は約50%に減少し、
1959年のカストロ政権成立(キューバ革命)時には、
国土のわずか14%にまで森が減っていたことで、政権を掌握したカストロは、
英雄ホセ・マルティの思想を引き継ぎ、
直ちに再植林に力を注いだのです。

全国民が参加する大運動の結果、30億本を超す樹木が植えられ、
2001年には森林面積は22.9%、
2006年には24.7%まで回復し、
2015年までに30%まで増やす目標を掲げられているので
運動は今も継続されていますが、
世界的に熱帯林の減少が懸念される中で、
ラテンアメリカで年々森林を増やしているのはキューバだけなのです。

キューバの森林再生の特長は
「果樹との混植」
で、
例えば
「成長の早いカリブ松とマンゴーの木」
をセットにしているようです。

新たな植林の55%は保護して、
残りの45%を材木や薬剤、
塗料などに使用する油生産を含めた商業目的に利用しながら
森林再生を進めているようです。

米国の経済封鎖とソ連圏との良好な貿易関係の崩壊という両面で
キューバは苦しめられていましたが、
独自の自給自足的(厳密には完全な自給自足ではない)な国づくりを行い、
環境先進国でもあるキューバは、沖縄はおおいに見習うべきでしょう。

伐採現場1007.JPG
 コーヒー山の近くで、森林組合が伐採した現場です。
 ここにはイジュを植えるらしいです。
 「ひどいことするな」と思いますが、
 コーヒー山も約35年前はこんな感じに丸裸に伐採されて
 その後放置されて潜在植生が復活しました。


コーヒー山は約35年前にパイン生産のために
丸裸状態に伐採され、その後放置されたことで、
地衣(ちい)類やコケ類、多年生の草生が生えて、
土壌が再生し湿気を帯びてきたころに
落葉性低木やリュウキュウマツが入り込んで陽樹林になり、
やがてそれらの木の陰で育ってきた常緑広葉樹に勢力を奪われ
私がコーヒー山を丸ごとお借りした2年前には
潜在植生の照葉樹林のみごとな森林によみがえっていて、
昔、重機が通った平坦地や、ややスロープの面の
高木を防風林と直射日光を遮るために残し、
中・低木の一部を伐採しながらコーヒーを植えています。
現在も1日平均5本以上は移植しています。
今春からは積極的に果樹も混植し、
コーヒーが開花する初春に併せて多くの花を咲かせ、
コーヒーの受粉に好影響が出るようにしたいと考えています。

次回に続く。

posted by COFFEE CHERRY at 21:10| 沖縄 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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