2008年12月10日

江戸時代を見直して沖縄コーヒーのブランド化を考えるA

12月7日(日曜)は、NAHAマラソンがあったことで
那覇市内や南風原町、豊見城市、糸満市では
交通規制が敷かれて、車での移動が大変でしたが、
好天に恵まれて26,973人が出走し、
制限時間の6時間15分までに完走したのは18,654人と
完走率(69.2%)は割りあい高かったようでした。

完走制限時間の6時間15分というのは、
平均すると
 ・ 100m  53.3秒
 ・ 1Km  8分53秒
 ・ 時速6.8km/h

ですから
早歩きの時速4〜5 km/hでは不足なので、
理論的には、
「坂道の登りは早歩き、下りや平坦ではなるべく走る」
作戦で完走出来うる体力を養成すれば、
何とか完走できるのではないかと想像するのですが
まぁ私にはムリですね。

チブサトゲグモ1206−1.JPG
 お財布に「金帰る」という願いを込めて
 カエルや亀の陶製や金属製のお財布お守りを入れても
 なぜか「効果がない」と嘆いている方も多いでしょうが、
 コーヒーの葉の端に
 笑顔のドラ猫ギャングの陶器みたいなのが
 止まっていました。
 これは南西諸島以南に棲息する「チブサトゲグモ」
 というトゲグモの仲間です。


また7日(日曜)は、二十四節気の「大雪」にあたります。
読み方は「おおゆき」ではなくて『たいせつ』と読みます。

「二十四節気(にじゅうしせっき)」
は、古代中国で考案され
1年を春夏秋冬の4つの季節に分けて
それをさらに6つに分けた24の期間を表わした
カレンダー方式に出てくる季語ですが、
江戸時代の1787年(天明7年)に出版された暦の解説書、
「暦便覧」
の中で23番目の「大雪」は
『雪いよいよ降り重ねる折からなれば也』
と説明されていて、
大陸高気圧の勢力が強くなって、
日本海側を中心に
雪が激しく降り始めるころのことをいうのですが、

二十四節気をさらに細かく
「初候、次候、末候」
という約5日ずつ3つに分けた、
「七十二候(しちじゅうにこう)」
という分類では、
 ・ 初候
  「閉塞而成冬(へいそくしてふゆをなす)」
   天地の気が塞がって冬となる時節
 ・ 次候
  「熊蟄穴(くまあなにこもる)」
   熊が冬眠のために穴に隠れる時節
 ・ 末候
  「鱖魚群(さけのうおむらがる)」
   鮭が群がり川を上る時節
となっていて、
沖縄は氷点下以下にならないので雪も降りませんし、
熊もいなければ鮭もいませんから
「沖縄の気候風土に合わせた二十四節気」
をぜひ作り上げたいところです。

ちなみに、那覇市の過去最低気温は
1967年1月中旬の6.6℃だそうですから、
コーヒー山あたりでは5℃くらいが過去最低と思われますが
コーヒーは5℃あたりまでの寒さには何とか耐えますから
今年の冬は寒そうですが、持ちこたえてくれることでしょう。

チブサトゲグモ1206−2.JPG
 ドラ猫ギャングの顔みたいな甲羅は背中部分で、
 胴体はこの反対側にありますから、
 甲羅を背負っているようなクモなのです。
 ツノだか耳などに見えるトゲが
 左右に3対あるのも特長の1つで体長は約1cmです。



さて、江戸時代から学ぶ、前回@の続きです。

江戸時代の社会は、日本の歴史の中で唯一
下から積み上げてゆく社会、
つまり諸藩による独自の地方分権・地方自治社会で、
江戸幕府がその上に立って
全体の利害を調整する管理監督的な役割を果たしていました。

それに変わって明治政府になると、
今度は一転して上から下を押さえ込んでいくシステム、
すなわち現在の中央集権型国家になり、
これはこれで数々の弊害があり、
現在に至っているわけです。

中央集権システムは、
天下の号令で全国を画一的に指示するわけですから
地域性を壊す力を持っていて、
フードシステムの発展に伴ない
ファミレスが北海道から沖縄まで同じメニューなのと同様に
日本中どこでもスーパーやコンビがあって
そこで売られているものには地域性が感じられなく
また売られ方も同じ、
というのも中央集権システムの弊害の1つでしょう。

チブサトゲグモ1206−3.JPG
 「チブサトゲグモ」は背中の
 白い目玉のように見える部分から
 「乳房(チブサ)のように見えるトゲグモ」
 という名前らしいですが目玉にしか見えませんよね。
 これでも網を張って昆虫を食べるのですが
 ちょうど網を張り始めたところのようで
 画像の右側に白い糸が見えます。


江戸初期の100年目の
豪華絢爛(けんらん)の元禄文化全盛の時代をピークに
「山高ければ谷深し」
という株式相場の格言のように
江戸社会にも過剰開発の弊害が出るようになりました。

年貢を2〜7年タダにして
犯罪者でもエタ・非人でも何でもござれの
新田開発への誘致は
既存の田畑の耕作が放置されて荒廃したり、
山の中まで開墾したり、無理な河川開発をしたことで
大雨による大洪水が全国各地に
頻発させることになったのです。

こうした人的被災の多発から
開発にブレーキがかかり始めるのですが、
バブルの元禄時代の頃に新田開発はピークあたりに達し
1人当たり石高は元禄以降減り続けて
テレビで暴れん坊将軍とされている8代将軍・吉宗の
享保時代には江戸期最低の
年間1人1石割れ寸前まで落ち込んで
 (1石=10斗=100升=1,000合
  米1合を1食分とすると1日3合で年間1,095合になり
  大人1人が1年間に消費する米の量に相当します)

満足な食事もままならないような貧食の時代になり
人口もこの享保時代をピークに、以降減り続けて
開発主導の高度成長終焉の時代を迎えることになるのです。

林床地に植えたコーヒー1209.JPG
 昨日は昼前から雨になりましたが、
 コーヒー山では恵みの雨で大歓迎なのです。
 昨日もバナナロードの上の林床地に
 たくさんの苗木を植えました。
 植える場所が無くなりつつありますから
 次回は間伐をしようと思います。


江戸バブル期の元禄時代以降、
幕末までの約150年間は低成長時代になるのですが、
単純な「長期にわたる不景気」ではなく、
この低成長期はまた同時に“円熟期”でもあり、
当時の政策を回顧検証して
現代でも参考になるところが多々あり、
現在の「環境保全」や「リサイクルの知恵」、
「地域の農業理論」などが
全国的に広まった時期でもあるのです。

例えば、
山林での森林資源保護対策である
「留山(とめやま)・留木(とめき)制度」(1665年)
で、
山の入山を禁止したり、特定の樹種を指定して
伐採を禁止・制限した“乱伐防止”制度を
幕府や諸藩が発令したり
「魚寄林(うおよせりん)・魚附山(うおつきやま)」
といって、
川や海の魚が樹木に寄りつくという習性を活かして、
岸近くにある森林を魚付林として
厳重に保護したりするなどして、
諸藩が漁業資源の保護を行ったり、
都市の屎尿(しにょう)を施肥として
農地にリサイクル還元する
循環型農業システムも構築されていたのです。

草刈機のチップソー.JPG
 最初のチップソーの切れが悪くなり
 刃も一部欠けたりしたので
 新しいチップソーに交換したのですが、
 これは新しいカミソリくらいの切れ味で
 直径5cm程度の木は触れるくらいでも
 軽く切れるような鋭さなのです。


元禄が始まる20年前というと
第4代将軍・家綱時代の寛文6年(1666年)で
新田開発ブームの終わりが近い時期ですが、
この年に幕府は
「諸国山川掟(やまかわおきて)」
という法令を出して
諸代官に
 ・ 草木根の乱掘の停止
 ・ 植林の奨励
 ・ 川筋の焼き畑や新田開発を禁じて土砂の流出防止

を計りました。

「土砂の流出防止」は、
「土砂が流出すると川底が浅くなり洪水が増加する」
という考えだったようです。

この「諸国山川掟」は、
1. 近年は草木の根まで掘り取り候ゆえ、風雨の時分、
  川筋へ土砂が流出し、水行き留まり候ゆえ、
  今後は草木の根を掘り取ることを禁止する。

  (大雨で土砂が流れて、川床があがり洪水になるので、
   草木を根こそぎ掘り起こすことを禁止する)

2. 川上左右の山に木立がなくなりたる所々は、
  当春より木苗を植付け、土砂が流れ落ちざる様にする。

  (川の上流の山方左右で木の無いところは植林すること)
3. 川筋河原等に開発された田畑は、
  新田畑はもとより古田畑であれども、
  川に土砂が流出する場合は耕作をやめ、
  竹、木、葭、萱を植え、新規の開発を禁止する。

  (河川敷を開発して田畑を作らず、
   川に土砂が流出する場合は耕作せず、
   河川敷に竹、木、あし、かやを植えること)

という、
以上の3条から構成されていますが
今この政策を出したとしても、
そのまま通用しそうな条文で、
食糧の将来の展望のために
具体的な政策を出して実行してゆくところは
現在の農業や環境を担当する官僚の方々には
ぜひ参考にしてほしいところです。

また、次回に続きます。

GAS価格1205.JPG
 先週12月5日のレギュラーガソリンは
 1リッター116円(税込み)で一昨日月曜日も同じでした。
 コーヒー山に向かう途中の
 GASスタンドの料金表示を見ていると
 「120円」が主流で、
 沖縄北ICを出て恩納村に向かう途中では
 「112円」表示がありましたが“税抜き”でしょう。
 これだと税込み118円ですから地元の方が安いのです。
 「特価」表示は、寿司屋の『時価』と同じで
 「後でビックリ」ではイヤですから
 こういうところはパスです。


posted by COFFEE CHERRY at 13:05| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 江戸時代の農政から学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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