2009年12月11日

横浜ビジネスコンテストへの挑戦

最近、勝手に再起動になったり
黒や青の画面に英語の文字が出たりなど
故障の兆候が何度もあった私のパソコンでしたが
10月下旬に、ついに起動しなくなったことが、
しばらく更新がご無沙汰になった主因ですが、
その間、私は
「横浜ビジネスコンテスト2010」 
に挑戦していたのです。

ファイナル案内091205.JPG
プラン作成では「横浜と沖縄の関係」に特に苦慮しました。

今年のコンテストは、
国内外から478件の応募がありながら
私のプランは1次、2次選考が通り、
11月7日に行われた24件のセミファイナルまで
進出させていただくことが出来ました。

セミファイナルは、いわば準決勝のことですが、
11月7日(土曜)に
横浜市の横浜メディア・ビジネスセンターで
「8分間の公開プレゼンテーション」
で審査が行われました。
このコンテストはレベルが高くて、
私の現状の実力では、
残念ながらセミファイナルに残るのが精一杯でした。
(ファイナルには24件中6件が通過)

ファイナリスト091205.JPG
 レベルの高いコンテストでしたが、
 参加して良かったです。


今回の私のプランのタイトルは
「安全で美味しい国産コーヒーのカフェを
 ジョイントベンチャーで店舗化する」

でしたが、
今回の挑戦で、
「ジョイントベンチャーではなくて
 自前で横浜市に販売拠点を出したい」

と、本気で思うようになりました。

日本でコーヒーの似合う街は、
横浜や神戸をイメージする方が多いでしょうし、
また、幕末にはペリー提督が黒船で来航し
日米修好通商条約が締結(1858年)されて、
横浜や神戸、長崎、新潟、函館は開港することになり
横浜でも早々と山手に外国人居留地が造られるのですが、
坂本龍馬と中岡慎太郎が近江屋で襲撃される2年前の
1865年(慶応元年)には、
横浜の外国人居留地内に、
日本で最初と思われるコーヒーハウスが開店していて、
今回のプランにも
「国産の沖縄コーヒーで山手(横浜)に復古する」
というコンセプトにしたのです。

さらに、横浜には増田焼きという
高級感あふれる陶器があり、
沖縄コーヒーと増田焼きとの融合を図って、
増田焼きのカップで飲むコーヒーに
ステイタス性を出して、
このコーヒーを「横浜コーヒー」としたい、
ということもプランに入れていましたが、
増田焼きは直接手にとって見ても
なかなかの逸品でしたよ。

大交流会展示ブース出展者091205.JPG
 ファイナリストのプレゼンや結果発表の後は
 別室で「大交流会」があり、16件がブースに出展し、
 プランの説明や名刺交換などを盛況に行われました。


私はファイナルの6件には選ばれませんでしたが
12月5日(土曜)のファイナルは
沖縄から横浜まで見に行き、
ファイナリストのプレゼンを直接見ているうちに
「コーヒー事業を絶対に成功させる」
ことはもちろん、
「私もいつかファイナリストとして壇上に立ちたい」
という決意を新たにしました。

posted by COFFEE CHERRY at 17:48| 沖縄 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | Business Plan Contest | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
近いうちに横浜で沖縄コーヒを飲むのを楽しみしています。
Posted by arz2bee at 2010年02月02日 23:42
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