2010年08月02日

沖縄に向くコーヒーの品種を再考するA

吉永小百合さん主演の
「キューポラのある街」
という映画は、
埼玉県川口市の鋳物工場地帯の
貧困や差別、北朝鮮帰国事業などを描いていました。

北朝鮮帰国事業では
「地上の楽園」
をうたい文句にして1959年から1984年まで、
在日朝鮮人を主体に延べ10万人近くの人たちが北朝鮮へ渡り、
現地では思想統制集会で集中攻撃されたり、
過酷な労働を強いられたり、
囚人や奴隷と変わらない辛酸な生活を強いられたのですが、
悲惨な移民政策はこの事業だけではありませんでした。

明治元年(慶応4年)は、
その前年に坂本竜馬が近江屋で暗殺されていて、
年初の旧幕府軍と新政府軍による鳥羽伏見の戦いを皮切りに
戊辰戦争が始まった革命の年が明治元年ですが、
同年4月には江戸城が無血開城されてもなお
江戸上野では彰義隊が死闘を展開し、
新撰組の近藤勇が板橋で斬首されるその前日に
横浜から「元年者」と呼ばれる
最初の移民団(約150名)がハワイに出航しているのです。
以降、移民団はハワイやオーストラリア、
ニューカレドニアなどへ渡り、
1908年(明治41年)4月28日には
ブラジルのコーヒー農園での就労を目的とする移民団が出航し
明治元年から日米開戦までの70年余りで
推定100万人が移住したといわれていますが
満州などの植民移住は除いた数字ですから、
実際には数百万人が海外移住していたものと思われます。

太平洋戦争の敗戦で、
日本は朝鮮半島、台湾、北マリアナ諸島、
千島列島、樺太など領土の46%を失い、
満州や東南アジアなど外地から
復員軍人を始め約600万人が焦土と化した祖国に引き上げてきて
人口が急増し失業者が溢れたことで
吉田茂〜池田勇人首相が打ち出したのが移民政策なのです。

1952年(昭和27年)4月28日のサンフランシスコ平和条約で
日本が日本国としての主権を回復するのですが、
戦後GHQ支配下の米価はヤミ米が流通する関係で高騰し続けていて
1950年(昭和25年)12月の衆議院予算委員会の質疑で
第3次吉田茂内閣の大蔵大臣・池田勇人が
「所得に応じて、所得の少ない人は麦を多く食う、
所得の多い人は米を食うというような、
経済の原則に沿った方へ持って行きたいというのが、
私の念願であります」と言った
「貧乏人は麦を食え」発言が象徴しているように
人口急増で食糧不足、さらに冷害も追い打ちをかけていて
「人口削減政策=移民政策」
は、国に好都合で手っ取り早い施策だったのでしょう。

1952年(昭和27年)から1974年(昭和49年)までの移民数は
外務省の資料では6万3,666人に上りますが、
「夢の楽園」
を信じて、
南米(ブラジル、ボリビア、パラグアイ、ドミニカなど)を中心に
渡っていて、
当時の沖縄でも、農業高校では
移民対策を目的にしたスペイン語や
ポルトガル語の授業が行われていて
当時は移民という選択肢が身近にあったことを聞いています。

ボリビアやドミニカなどでは
「開墾後は広大な農地を無償譲渡」
という約束がデタラメで、
国は“棄民”政策を批判されてもしょうがない立場にありますが、
多くの移民たちは想像以上の努力の末に
現地に定住しているのですから
コーヒーに関わってきた移民の方々の想いや歴史を考えると
「されどコーヒー」
という思いを大切にすることが必然的に湧いてくるのです。

林床地のコーヒー苗木
 コーヒー山の林床地内の画像です。
 引っ越し後、コーヒー山までは
 片道25分で来られるようになりました。
 これは午前10時半くらいに撮影しました。
 林床地内のコーヒーの木は樹高が伸び、葉も大きく
 一様に元気に生育しています。


また「琉球」の大交易時代ではアジアのハブ港であって
中国と友好的な関係を保ち、
西欧〜インド〜東南アジア〜中国〜琉球〜種子島〜九州という
海上交易ルートが確立されていたことも
コーヒーを始めとした熱帯果樹が入って来ているルートと
想定できるのですが、
1854年2月13日、ペリー提督が2度目の浦賀来航する10日前に
香港から琉球を訪問していて、
この時に琉球内の農業や地質、植物などの調査をしていて、
米国帰国後に
「大琉球踏査の報告」
をしているのですが、
この中の約120の植物にはコーヒーがないことから
「幕末の琉球王国時代まではコーヒーの自生や栽培はなかった」
「沖縄におけるコーヒー栽培は明治時代以降」

と捉えるのが自然だと思います。

ただ、琉球王朝の桃原(とうばる)農園という
呉我山(ごがやま・今帰仁村)の植物園では
戦後、北部農業高校生徒の見学時に
「コーヒーノキを見たような気がする」
と言う人もいて、
沖縄のコーヒーのルーツ探しは
なかなか難しく、また楽しいのです。


次回に続く
posted by COFFEE CHERRY at 16:56| 沖縄 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
岡田さんの名調子が出て来て嬉しいですね!
林床地の苗、元気ですね。
Posted by ボーンチャイナ at 2010年08月02日 19:20
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