2010年09月22日

アグロフォレストリー(森林農法)こそコーヒー栽培の原点回帰A

日本の天然生態系としては、太古から
近畿から西は照葉(常緑広葉)樹林、
それより東は落葉広葉樹林になる条件を維持しています。

南西諸島の植生は、
外観的には,日本西南部の照葉樹林と酷似していますが、
南西諸島という地域は,暖温帯から熱帯への植生帯の以降域にあたり
屋久島,奄美,沖縄本島と南に行くにしたがい樹木の種類数は増え,
さらにその地域でしか見られない樹木の種類も多様性を増しています。

沖縄島での潜在植生は、
スダジイやオキナワウラジロガシ、
アマミアラカシなどのドングリ系照葉樹林を中心に
ヤンバルアワブキ、ヤマモモ、イスノキ、イジュ、
エゴノキ、ヒカゲヘゴなど多彩な植生となっていて、
またこのような森林群集には希少な動物群集も生息していて、
コーヒー山のある沖縄本島北部の自然林においては
ヤンバルクイナ,ノグチゲラ,ヤンバルテナガコガネ、
オキナワトゲネズミ、リュウキュウヤマガメ、ヤンバルオオフトミミズなど
やんばる地域にしか分布しない固有種が多数生息しています。

フンガー湖0922.JPG
 国頭村内の県道2号線という東西の横断道路にまたがる
 フンガー湖(普久川ダム)です。
 山は東斜面で、8月31日に本島北部を直撃した台風7号の暴風雨を受けて
 枝葉が吹き飛ばされて、主幹が白くなっているのがスダジイです。


近畿以南の原生林(照葉樹林)の特長は、
冬でも緑色をしたシイやカシ、ツバキなどが生い茂り
葉が分厚いうえに層をなしていて、
しかもそれらが重なり合って密林状態なので
日中でも森林内は薄暗く、
森の表土はジメジメしていて、
クモの巣がまとわりつき、蚊も多く、
人間が森林に分け入るのも大変で、
木の実が小粒でアクが強く、食用にしにくいものが多く
獣たちにとっても住みやすい環境とはいえなかったはずで、
そのため約1万年前に登場した縄文人は、
森で木の実や草の根を集めて、水辺で魚や貝を採り
鳥やシカやイノシシなどを捕まえて食べていたようですが、
長野県など遠方から黒曜石を移入し、欠き割って鋭利な刃物にしたり、
また土をこねて土器を焼いて食器として使い、
食べ物を煮たり焼いたりして調理してしたようで、
その火は乾いたヒノキを棒状にしてこすり合わせて作り出していたようです。

フンガー湖0922-2.JPG
 フンガー湖の北側です。
 うっそうとした照葉樹林が広がり、森林内は薄暗いです。


縄文人が暮らしていた森は、東日本各地の
照葉樹林と落葉広葉樹林の境目あたりに集落を作り、
転々と移動しながら暮らしていたようですし、
また東日本の落葉広葉樹林の森林では
栗やクルミなど秋に大粒の実を付ける木が多く、
また落葉すると森林内の中まで日光が届いて
キノコ類をはじめ多様な植物が生息し、
それらを求めて集まる小動物も含めて
豊かな生態系が保たれていたように推測出来ます。

縄文時代も半ばを過ぎると生活技術の向上に伴って、
それまでの移動型から定着型の集落が出現するようになり、
住み着けば、当然生態系にも影響が及び、
それまでは山火事や台風など偶発的な自然災害に見舞われても、
やがて元の森に戻っていったものが、
木々が切り倒されたり、焼かれたりを繰り返すと、
森は次第にブッシュや草原化に移行していきます。
食べ慣れた草の一部は、人の手で栽培されているうちに、
だんだん作物らしくなっていき、新しい作物を見つけると、
遠隔地に住むグループ同士で物々交換が行われ、
お互いの栽培品種が豊富になり、食生活も豊かになっていきます。
こうして東日本の縄文文化は森との共生を基とした農耕を中心に進展し、
シソの仲間やエゴマ、ヒエ、ヒョウタンなども栽培されるようになりました。
やがて中国大陸から稲作が伝わるのですが、
最初は畑に撒く陸稲(りくとう)だったようです。

ヒカゲヘゴ0922.JPG
 多年生シダ植物のヒカゲヘゴで、木ではありません。
 約3億6千万年前から存在しているという生きた化石ですが
 南西諸島ではふつうに見られる常緑木性シダで食用にもなるようですが…。
 コーヒー山に向かう大国林道で撮影しました。


縄文時代の畑は、森の一部を焼き払って開いた焼き畑で、
最初に一定の広さの木々を切り倒して、
よく乾燥させた春先に、下草と共に火を付けて焼いてしまう農法で、
木や草の灰が肥料になることで、収量は上がりますが、
やがて焼き畑は2〜3年で地力が衰えて、
雑草や病害虫が増えてくるので、それまでの畑を放棄して、
また別途に新しく森を切り開き、
他で耕作する間に森は25〜30年かかって元の森に戻るという、
焼き畑農耕は環境調和型の循環農業システムといえるでしょう。

コーヒー山も、約35年前にパイン栽培のために森林伐採されながら
以降放置されたことで、潜在植生が生い茂って、
元のやんばる特有の照葉樹林によみがえっていましたから
、私が山をお借りする時には、ジャングル状態だったのです。
それまでは恩納村の山城武徳先生の
“山城方式”のコーヒー農園を頭に描いていて、
本島中部以北の、平坦な休耕地などを探していましたから、
私がコーヒー山にめぐり会えたことは
ジャンボ宝くじの1等と前後賞を当てたことに匹敵する幸運でした。


次回に続きます。

コーヒー山0922.jpg
 バナナロードからコーヒー山の、特に急斜面の場所を撮影しました。
 森林はすっかり潜在植生の密林になっていて
 コーヒーを地植えするには、森林内を必要最小限度伐採する必要があります。
 画像下の鉢はマニラヤシで、根を張り水を吸う役目として、
 コーヒー山から雨水が流れ出るエリアに植えるつもりで、
 JUSCO那覇店横のマニラヤシの赤い実を拾い、
 タネ植えして200本くらいがバナナロードに鉢で置いてあるのですが、
 コーヒー苗木が優先なので、なかなか地植えしてあげられません。


posted by COFFEE CHERRY at 14:51| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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