2011年05月09日

台湾のコーヒー事情U(2011-5)日本統治時代の興味ある資料を発見A

前回「日本統治時代の興味ある資料を発見@」の、
日本統治下での
台湾における当時のコーヒー研究と調査活動状況が書かれている資料には、
 ・明治政府内の推進者とその取り組み
 ・小笠原や沖縄での試験栽培の経過及び結果
 ・当時の海外での現状
 ・当時の日本での需要と可能性
 ・台湾での課題と可能性

などが論じられている可能性があります。

特に沖縄は戦災で資料の多くが焼失して不明なことが多いので、
本島南部の、私の引越し前の住居があった
南風原町の沖縄県公文書館に行ったとしても、
沖縄での明治時代のコーヒー試験の資料が無い可能性が高いと思われますから、
台湾総督府時代のコーヒー関係の資料は
沖縄コーヒーも含めて小笠原も含めた国産コーヒーの歴史をひも解くための
非常に重要な鍵を握っているような気がして
いつか調べなければいけない資料だと考えています。

私のコーヒー栽培事業は、あいにく起業前の零細個人のレベルですから
現実的に黒バケツや黒ポリポット、プランターなど必要資材の購入を最優先すると
残念ながら研究費の余裕はまったく無いので、起業後に事業が安定してから
「台湾を含めた当時の日本のコーヒー栽培の取り組み」
を調べてみようと思います。

また、東洋文庫には以下のような資料があることが判りましたが、
これは東京ですね…。



 ・「雲南省事情」 糟谷廉二著 1924年台湾総督官房調査課編集
 ・「世界におけるカカオ」 芳賀鍬五郎著 1925年台湾総督官房調査課編集
 ・「蘭領東印度に於けるカカオの栽培」 ドクトル・ヴェー・ループケ述 
    台湾総督官房調査課(訳) 1925年台湾総督官房調査課出版



国頭村奥「鯉のぼり祭り」.JPG
 国頭村の奥(おく、という集落名です)で
 5月3〜8日にかけて行われた「奥ヤンバル鯉のぼり祭り」
 の会場です。
 沖縄地方は4月30日に梅雨入りして、5月5日までは
 豪雨状態でしたから500~600もの鯉のぼりも
 雨に取り忘れた洗濯物状態だったようです。
 撮影は昨日8日(日曜)で、曇りでしたが、
 閑散としていましたね。
 昔シンガポールの裏町で見た
 建物の各部屋からポールを外に出して洗濯物を干す姿を
 思い出しました。
posted by COFFEE CHERRY at 14:16| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾のコーヒー栽培 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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