2011年06月27日

「ヤンバルコーヒーフォーラム」が盛況に終わりました

名護市の名桜大学の嘉数 啓理事長を始め
同大学の関係者が昨年来計画されていた
ヤンバルコーヒーフォーラムが6月25日(土曜)
午後2時から名護市民会館で開催されました。

ヤンバルコーヒーフォーラム開催要項110625.JPG

同日は台風5号が先島に接近したことで、
沖縄本島も暴風域に入り、
夜半から風雨が強かったにもかかわらず、
入場者は100名を軽く超えていたはずで、
コーヒー栽培の関心の高さを感じました。

ヤンバルコーヒーフォーラムプログラム110625.JPG
 出演者のうち玉那覇三郎さん(西原町)と
 砂川次郎さん(宮古島)は台風5号の影響で
 残念ながら欠席されました。


冒頭の「コーヒーサルサ」は、とても素晴らしかったですよ。
韓国の女性の方のダンスのセンスも抜群でした。
沖縄の風土や文化、カチャーシーまで表現されていて
見ていてとても楽しかったです。
ブログで映像をご覧いただけないのが残念ですね。

沖縄はラテン・音楽のリズムがよく合いますし、
ヤンバルを日本のラテン音楽やサルサの本拠地にして
生活の中から出る労働歌やサルサを、
一過性の流行にとどまらせず、
ヤンバルに溶け込んだ叙情歌として
永く受け継がれるようなものを
ぜひ創っていただきたいものです。

ヤンバルコーヒーフォーラムの趣旨110625-1.JPG

ヤンバルコーヒーフォーラムの趣旨110625-2.JPG

嘉数 啓先生は、
サトウキビの耕作面積も半減し
遊休地の増加傾向を危惧され
「沖縄農業の復活」
を切実に感じ、
県内のあちこちのコーヒー農園を見学されたり
(コーヒー山にも見学に来られました)
カフェの焙煎専門家や植物学者などを奔走され
「コーヒーが救世主になるかもしれない」
「沖縄産コーヒーの世界的なブランド化も可能かもしれない」
という思いから、
ヤンバルコーヒーフォーラムが開催に至りました。

県内の生産者はどこも零細で支援もなく
私たちは一種「変人」扱いされて
孤立化しているような状況の中で
このようなフォーラムは、とても勇気付けられ、
さらに背中を押される感じがして、
嘉数 啓先生を始め、主催者の方々には
本当にありがたい限りで、
お礼を申し上げたいくらいです。


以下は、私のプレゼン内容です。
20分のプレゼン原稿で長文ですから
ご興味のある方だけご覧下さい。


岡田康子と申します。
東京から沖縄に移住し、12年目を迎えました。
昨年7月に南風原町から国頭村に引越し、
コーヒー栽培に取り組んでいます。

私のコーヒー栽培歴はまだ12年目ですが、
経過報告などを交えてお話させて頂きます。
少々硬いお話も入りますが、
少しでも皆様のご参考になれば嬉しく思います。
またこのプレゼンでは、私たちの農園に生息する生き物たちも、
画面に登場してきます。
どうぞ楽しみながらご覧になって下さい。

コーヒーは赤道あたりの熱帯地域で生産されていると思っていたのですが、
沖縄に来て初めて、沖縄でもコーヒーが露地栽培出来ることを知りました。
私も自宅の庭でコーヒーを栽培してその豆を飲んでみたくなり、
コーヒー栽培に興味が沸いてきました。
県内には私のように「自宅に植えたコーヒーを飲んでみたい」という動機で
コーヒーを栽培されている方は
100人を超えるのではないでしょうか。

当時、県庁に「県内のコーヒー栽培について」聞きに行くと、
「データは何もない、生産量が少なすぎて調べてもいない」
と言われましたので、
独自にうるま市の和宇慶朝伝先生や恩納村の山城武徳先生、
東村のヒロ・コーヒーの足立 浩さんといった先輩方に何度も伺って、
コーヒーの栽培方法などを聞いて、
苗木も買い、見よう見まねで栽培を始めました。

諸先輩の農園で枝が折れるほどに、
赤や黄色の実の付いたコーヒーの木に感動し、
どんどんと、コーヒー栽培に、のめり込んでいきました。
昨年までは、南風原町で200坪の土地をお借りして
テスト栽培をしていました。

諸先輩の栽培方法と、試験栽培で得た独自の方法を応用し、
その後、試行錯誤の連続で、多くの失敗を積み重ねてまいりましたが、
この間、「こうしたら失敗する」という事例はたくさんあり、
それをひも解くと「こうすればいいのかな」という“仮説”が
少し理解出来るようになってきました。
現在はヤンバルの広大な山をお借りすることができ、
森林栽培に至っています。

コーヒー通の方から
「沖縄で海外産と同等かそれ以上のコーヒー豆が本当に出来るのか?」
とか
「沖縄では良質のコーヒー豆なんかとても出来ない」
と言われる方が多いと思いますが、
コーヒーの本には「コーヒーベルト」というのが書かれていて、
要するに地球を横から見て、一般に
「赤道を中心に南北23度の回帰線の間」
ということになっています。

例えばキューバは北緯23度で
コーヒーベルトからするとギリギリセーフになりますが、
キューバのコーヒー栽培地は山の中の森林栽培で
平地より気温が低い地帯なのです。

北緯24度の台湾でも多くのコーヒーを栽培しています。
宮古・石垣の先島(さきしま)諸島も台湾と同じ北緯24度です。

沖縄本島は北緯26度ですが、
沖縄より北の奄美諸島の徳之島は北緯27度で、
ここがコーヒー露地栽培の北限のようです。

徳之島の伊仙町では今年の4月から
町おこしでコーヒーをやり始めていますから、
一般論の「コーヒーベルト」には
あまりこだわる必要性はないと考えています。
むしろコーヒーベルトは「バナナベルト」と重複していて、
バナナが栽培できるところでは、基本的に
「コーヒー栽培も可能といえるのではないか」
と考えています。

沖縄で良質のコーヒー豆を生産するのであれば、
むしろコーヒーの栽培品種を見直すべきだと考えて、
現在は多くの品種のテスト栽培も始めています。

沖縄の気候風土や、土壌に最も合う品種を探し出そうとしていて、
何となく薄ぼんやりと見えてきたような感じがしています。

コーヒー農園というと、ブラジルのような地平線まで、
緑のじゅうたんのように、コーヒーが整然と植えられている
プランテーションをイメージする方が多いと思いますが、
コーヒーは19世紀までは日陰で栽培されていたものが、
産業革命以降、コーヒーの需要拡大と共に、
植民地でのプランテーション化が主流になりました。

この日なた栽培のプランテーションでは、
「自然破壊で野生生物の成長を阻害すること」
や、本来コーヒーノキは日陰で育つ陰樹植物ですから、
日なた栽培は、陰樹のコーヒーの木を、
太陽の直射日光にさらすために、光合成を異常に早めることで、
化学肥料が必要になったり、単一栽培で連作障害になったり、
木の寿命が早まってしまいます。
さらに病害虫を発生させる悪循環におちいってしまいます。

もともとコーヒーの木は、
「エチオピアの森林の中に、自生していた」
といわれています。
エチオピアは、もちろん熱帯地域に位置していますが、
コーヒーが栽培されている高原は平均気温が16度〜30度で、
那覇市の平均気温23度前後と、それほどの違いはないのです。

「コーヒー原産地のエチオピアの再現」
つまりルネッサンスが「古典古代の文化の回帰」というなら、
台風対策も加味して、
「沖縄におけるコーヒー栽培は、プランテーション前の、
日陰栽培のルネッサンスに向かうべき」
と考えています。

沖縄が目指すコーヒー栽培とは
「自然栽培や有機栽培といった環境にやさしい栽培」
「自然破壊をせず、野生動物と共生する栽培」
「台風は避けられないと考えて台風対策を考えた栽培」
をするべきだと考えています。

多くの農産物の中で、楽しんで栽培して、それほど手がかからず、
加工して販売まで出来るものは、そういくつもありません。
またコーヒーは、例えばノニのように、
「これは南方が原産地で健康に良い」
といった説明もいりません。

少量のコーヒー栽培でも、路上でワゴン販売して、
エスプレッソやカプチーノなどの、特長も出せるかもしれません。
ゆんたくも、沖縄産のコーヒーを飲みながら行えば、
さらにおしゃれだと思いますし、コーヒー論議の話題も増えるかもしれません。

また、沖縄に来る観光客も、
「沖縄に行ったら100%沖縄産コーヒーが飲める」
とするなら、
観光客にとっても新たな楽しみになるはずです。
コーヒー農園などの、「目的を持った観光客」の誘致も、
可能になりそうです。

ハワイコナのUCCでは、農園ミニツアーや焙煎工場見学ツアー、
焙煎体験ツアーといったことも、観光化されていますし、
また台湾の、雲林(うんりん)県にある、コーヒー農園では、
地域をあげて、民宿、カフェ、農園ツアーに取り組んでおり、
沖縄でも同等なことが、可能になると思います。

コーヒールンバや、バナナボートといった昔のヒット曲は、
もともとは民謡とか労働歌だったのですが、
今日のフォーラムの冒頭の、「コーヒーサルサ」のように、
沖縄に合った(ラテン系)音楽や、
ダンスを伴った地域おこしも、可能と思われます。

コーヒーサルサを歌いながら、コーヒーの実を収穫するのも、
そう遠い未来の話ではなさそうに思います。

日本のコーヒー輸入量は世界3位ですが、
近年中国の輸入量が増加傾向にあり、
将来的にはコーヒー豆の奪い合いになると、
懸念(けねん)される声もあります。

また昨年から、小麦や大豆、トウモロコシ、カカオ、コーヒーなど、
1次産品の先物取引に投機資金が流入し
高値安定傾向がしばらく続きそうでもあり、
良質のコーヒー豆を生産すれば「需要は限りなくある」といえそうです。

そのため、沖縄でコーヒー生産者が増えても、
生産者による競合は有り得ません。
ただし、本土でもコーヒー通の方はかなりいて、
私のところにも問い合わせが多いのですが、
かなりマニアックでレベルが高く、
「ただ栽培しただけ」
とか、
「除草剤や農薬、化学肥料を使用した」
また
「海外産を混ぜて水増しした」
コーヒーというのは、まったく通用しません。

「顔の見える農業」
と言って
「生産者の顔写真だけを見せる」
というのは論外で、
「どういう栽培方法なのか?」
とか
「どういう加工方法なのか?」
など、
かなり具体的に、突っ込んで聞いてきますので、
生産者も相当なこだわりが必要になるでしょう。

沖縄産コーヒーの品質をハワイコナのレベルまで引き上げるには、
どういう理念や方針で、いつ、どこで、どのように生産したのか?
どういう肥料を、どのくらいの量で、いつ投入したのか?
栽培面積や収穫量、生産量といった生産管理を行ない、
生産履歴を明らかにするという意味の、トレーサビリティも含めて、
たいへんな努力がまだまだ必要です。
これはコーヒーに限らず、どの農産物にも必要なことだと思います。

江戸時代の近江商人の
「三方(さんぽう)よし」
という理念をご存知でしょうか?
「売り手良し、買い手良し、世間良し」
という、
「生産者が買い叩かれて不幸になる」
とか、
「お客様がヘンなモノを買わされた」
とか、
誰かが不幸になるのではなく、長続きする秘訣は、
「みんなが幸せになる」
という考えが
「三方(さんぽう)よし」というのです。
この精神を取り入れたコーヒー文化を
沖縄で創り上げていけばいいのではないでしょうか。

私が何かとハワイのコナをライバル視するのは、
沖縄とハワイは、共に海洋性亜熱帯気候であり、
共にミネラル分が豊富な潮風が吹くことで、
農産物生産には良い効果があります。

またハワイ島は火山島ですから酸性土壌です。
同様に沖縄本島の中北部も国頭マージという酸性土壌です。
さらに、国頭村のお借りしている山は、
標高が300メートルくらいあり、
ハワイのコナも300メートルから800メートルの
丘陵地で栽培されているなど、
標高がやや近いなどの共通点が多いことにあります。

沖縄でのコーヒー栽培の問題点、リスクについては、
いくつかの課題があります。
以下、7つのリスクについてお話しましょう。

1つ目は
「コーヒー栽培は、結果を出すまで時間がかかること」
です。
タネ植えから、収穫出来るまでの期間が約5年と長く、
その間何をして収入を得るのか?
これを考えないとコーヒー栽培に、取り組むことはできません。
そのため農地全部をコーヒー栽培に移行せず、
複合的に取り組むことが、必要だと思います。

2番目は、コーヒー栽培を目的として、
農地や遊休地を借りようとすると、
コーヒーは数十年という、長い時間栽培するものですから、
「なかなか土地を貸してもらえない」
のが、現状です。

3番目は、沖縄につきものの「台風対策」です。
コーヒーの木は成木になっても、
直径10センチにもならない細い木です。
今回の台風2号で考えると、
沖縄のコーヒーの開花は4月から5月が主流ですから、
開花後の結実した小さい実が、
強風で枝葉同士がこすられて実を落したり、
多くの葉が飛ばされたり、幹や枝が折られたりするなど、
コーヒーは風に弱いので、防風対策は絶対に必要になります。

4番目は「セキュリティ対策」です。
バナナやマンゴーなども同様ですが、
収穫泥棒を防ぐには、どうしたらいいのか?という対策も、
考える必要性があります。

5番目は、収穫までこぎつけたとしても、
「加工、脱穀、焙煎をどうするのか?」
という問題です。
今回のフォーラムのテーマにもあるように、
1次産品を出荷するだけではなく、もし加工が面倒であれば、
有償で他の農園に依頼したとしても、
「生豆や焙煎豆は、自分で消費者に売る」
という、一番収益性があることを自分でしないと、意味がありません。
自分でお客様に売るとか、インターネットを利用するとか、
ファーマーズマーケットに自ら出品するとか、
ワゴンや車など、移動カフェみたいな形もあるかと思います。

6番目は「栽培方法」です。
栽培方法とは、どういう理念や方針で、コーヒーを栽培するのか?
という農法を決めることも、大事だと思います。
例えば、私のように、
「森林栽培で、ナチュラルコーヒーを生産する」
とか、また有機栽培をするのか、あるいはEM栽培をするのか、
そういう農法を決めて、それに沿った栽培をすることが、
消費者に対する“安心”だと考えています。

最後の7番目は、
「良い豆を作るのには、こだわりが必要」
です。
「ただ作ればいい」のではなく、安定した品質が不可欠で、
そのためには栽培品種の選定も、大切になってきます。
コーヒー通は、とにかくレベルが高いので、
生産者もたいへんな勉強を、しないといけないのです。
2年前に104歳で亡くなられた、うるま市の和宇慶朝伝先生は、
復帰前の琉球政府の時代に、
1回40〜50人のコーヒー教室を4〜5回開き、
つまり延べ200人近い方が、コーヒー栽培を始めながら
そのメンバーで残ったのは、ただひとり、
恩納村の山城武徳先生だけだったと、
ご本人から直接聞いていますが、
コーヒー栽培は安易に取り組むと失敗する可能性が高いので、
よほどの覚悟と忍耐、それに準備が必要なのです。

ハワイ島のコナ地区に、
ブラジルから初めてコーヒーの苗木が渡ったのが、
1825年、今から186年前のことです。
ハワイに渡ったコーヒーも、ブラジルと違った海洋性気候や、
ハワイ島の火山灰地に適合するまで、
かなりの時間がかかったはずです。
私がコーヒー栽培している国頭村の山では、
現在2千本以上を植えて、これから移植可能な苗木も数千本あり、
目先1万本植えることを目標にして、日々頑張っています。

私は、沖縄でのコーヒー栽培における、
栽培面積や生産量での「ナンバーワン」を目指しているのではなく、
ハワイコナと同等のレベルの、ホンモノ志向のお客様を
必ず満足させられる品質のコーヒー豆を作り上げて、
「オンリーワン」になることにあります。

現在、沖縄でコーヒー栽培されている品種は、
地球でいうと、遠く離れた沖縄の裏側にあるブラジルの品種で、
しかも、日陰栽培向きの品種が主体で栽培されているのが現状です。

そのためコーヒーの木の寿命が早いように思えるために、
私はハワイや台湾、フィリピン、インドなど沖縄と緯度的に、
あるいは気候的に近いところで栽培されている
コーヒーの品種のタネを集めてタネ植えを始めています。
先日台湾の3品種が発芽してきました。

私が借りている山の所有者は大地主なのですが、
「国頭村に雇用をつくってほしい」
といわれています。
コーヒー事業は生産・加工・焙煎・出荷・販売と、
多くの人手を要するので、
障害者や高齢者などの弱者を優先的に雇用して、
弱者の自立支援モデルを作りたいと考えています。
その「国頭村に雇用を創る」という悲願を達成させるために、
取り組んでいきたいと思います。

最後に、
アメリカの発明家トーマス・エジソンの名言(めいげん)として、
「私たちの最大の弱点は、あきらめることにある。
 成功するのに最も確実な方法は、
 常にもう1回だけ、試してみることだ」
と言われたようですが、
良質なコーヒー豆を生産するには、
相当な覚悟が必要であっても、
私は「道は必ず開ける」と信じて、疑っていません。

以上で、私の話は終わらせていただきます。
嘉数先生がご尽力されて開催に至った今日のフォーラムが、
今後の沖縄産コーヒー栽培の
大きなステップになるものと確信して居ります。
事務局やスタッフ、関係者の方々に
このような機会を与えて頂き心より感謝申し上げます。



持ち時間20分のプレゼンでしたが、
緊張し過ぎて少し時間をオーバーしてしまいました。

ヤンバルコーヒーフォーラム110625.JPG
 私の隣の、懇意にさせて頂いている渡嘉敷さんのお話も含めて
 他の生産者の方々のお話や、
 海洋博覧会記念公園財団の常務理事で沖縄植物学の権威花城 良廣先生、
 EM菌の権威・比嘉照夫先生といった専門家からの
 「沖縄でのコーヒー栽培は、沖縄に合った品種を選定すれば充分可能性はある」
 といったお話を伺い、とても勇気づけられました。


こういったコーヒーフォーラムが、
恩納村の山城先生がお元気な頃に行われていたなら
さらに良かったのですが、
戦前の親川仁吉さんや戦後の和宇慶朝伝先生、
山城武徳先生、足立 浩さんといった
諸先輩方の大変な努力が実を結んだものだと
諸先輩方には心から感謝しています。

琉球新報が取材に来られていましたから
近日コーヒーフォーラムの記事が記載されると思います。
posted by COFFEE CHERRY at 17:42| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Business Plan Contest | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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