2006年11月08日

コーヒー園の害虫・益虫・タダの虫〜C

近代の昆虫の密入国による大発生

・ 1916年のジャパニーズ・ビートル(日本の昆虫)
  日本から輸入したユリの球根に卵が付いていたことから、
  1916年の米国ニュージャージー州から
  日本のマメコガネが大発生して、次第に米国全土に広まり、
  大豆やブドウなどの葉を食害する大害虫になりました。

  米国にはマメコガネの天敵がいなかったために、
  猛烈に繁殖してしまったのでした。

  米国の昆虫学者を日本に派遣して天敵を導入したり、
  ユージェノールなどを誘引剤とする
  トラップ(昆虫採集の仕掛け)を利用するなどの対策で、
  ようやく沈静化できました。

・ 終戦後のアメリカシロヒトリ
  米軍の荷物にアメリカシロヒトリのサナギが
  付いていたことから、1945年(昭和20年)から、
  東京のサクラ、プラタナスなどの街路樹や庭木、
  農地などに、白い毛虫が爆発的に繁殖して、
  食害を受けました。

  これは、主に殺虫剤で対処しました。

  「アメリカ生まれの白いヒトリガ」なので、
  アメリカシロヒトリと命名されたのだそうです。

  アメリカシロヒトリは、森にはいないのだそうです。
  森は自然の生態系が保たれて、天敵が多いために、
  アメリカシロヒトリなどの侵入者を
  受け付けないのだそうです。

・ 1965年(昭和40年)東京都江東区の夢の島で、
  イエバエが大発生し、
  住宅地にハエが移動して「ハエ騒動」が起こり、
  同時にアメリカシロヒトリも大繁殖しましたが、
  これは「昆虫の増殖に都合の良い気象条件が揃った」とか
  「天敵が何らかの理由で減少した」とも言われています。

・ 1918年に東南アジアから沖縄に侵入したといわれる
  ミカンコミバエ・ウリミバエは、
  沖縄農業に大打撃を与えてきましたが、
  復帰の翌年の1973年から、これらの防除事業を開始し、
  9年がかりで、作業に延べ11万人が動員され、
  25億円余の予算を投入し、
  ミカンコミバエは農薬を染み込ませた誘殺板、
  ウリミバエは不妊虫放飼法により、
  1982年に根絶に成功しました。

  ミバエがいるために果樹、ウリ類の
  本土出荷が出来なかった沖縄も、
  現在では芋の特殊病害虫イモゾウムシの
  本土侵入を阻止するために、
  生の紅イモ(サツマイモも)だけが
  本土への持ち込みが禁止されています。


外国からの進入昆虫は、新天地に到着すると、
天敵が少ないので急速に分布を広げて
大発生する傾向にあるようです。

空港の植物検疫カウンターは、無人のことが多くて、
通過されがちですが、
本当はよく注意しなければならないのです。

posted by COFFEE CHERRY at 15:58| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(2) | コーヒーの害虫・益虫・タダの虫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: 街路樹街路樹(がいろじゅ)とは、市街地の道路の両側に沿って植えられた樹木のこと。市街並木ともいう。都市の美観の向上や道路環境の保全、歩行者等に日陰を提供することなどが目的である。一般に、歩道の車道寄り..
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Tracked: 2008-02-01 15:07


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