2012年10月27日

コーヒー栽培はやっぱり自然栽培がいい

幕末の昌平坂学問所というと現在の東大にあたりますが、
そこで儒官をしていた佐藤一斎が57〜66歳の頃に
書き記した語録255条の「言志後録」の147条に、

草木の移植には、必ず其の時有り。
培養には又其の度(ど)有り。
太(はなは)だ早きこと勿(なか)れ。
太だ遅きこと勿れ。
多きに過ぐること勿れ。
少なきに過ぐること勿れ。
子弟の教育も亦(また)然(しか)り。


草木を移植するには、必ずそれに合った時期がある。
草木を育てるために与える肥料にも
適度な程合いというものがある。
速すぎてはいけないし、遅すぎてもいけない。
多すぎてもいけないし、少なすぎてもいけない。
子弟の教育もこれと同じである。


と、あるように、
植物の栽培では、
「肥料をただあげればいいわけではなく、施肥の量や時期がある」
というわけですね。

コーヒー20121027-1.JPG
コーヒー山の、最も東側のコーヒーです。
相次いだ大型台風の多くは、例年型の東や北東からの風で、
コーヒー山の東側は大きな谷があることから、
東側は大打撃かもしれないと心配していたのですが、
ご覧のとおり無傷で安心しました。


戦後、特に昭和30年前後に林野庁が
「林地施肥」
という、
農地と同様に森林にも肥料を撒いて
樹木の成長速度を早めようとしたことがあるのですが、
結果は頓挫しています。

なぜかというと、
肥料が途切れると
「肥料切れ現象」
という、
樹勢が悪化したり、病害虫が発生したりといった
生育不良の樹木が多く出たからです。

野菜は数か月で収穫できるのですが、
樹木は最低でも10年以上の長い年月がかかり、
面積も農産物の耕作地と森林とでは
圧倒的に森林の方が広大で、
コスト面を考えただけでも破綻してしまうのですが、
さらに肥料の力で急速に生長した樹木は強度も低くなり、
風害に弱くなる傾向もあるのです。

ということは、
森林栽培でのコーヒーは風に要注意なのに困りますよね。

子供を過保護に育てて、
ある日突然スパルタ式にするようなものですから、
子供だって即座に順応できずに混乱したり、
グレてしまうことだってあるかもしれませんが、
それとまったく同じことなのです。

コーヒー20121027-2.JPG
 コーヒー山で最も西側のコーヒーです。
 今回の大型台風は、揃って返しの風(西風)が猛烈でしたから、
 ふだん台風の影響が最も無い西側のコーヒーが
 少し暴風にあおられたように見受けられますが、
 それでも元気なので安心しました。


コーヒーの木の寿命は、放任しておくと100年を超えますから、
本来自然のままにしてあげるのが一番なのです。

県内ではコーヒー栽培に鶏糞を撒く生産者が多いはずです。
恩納村の山城先生も、東村の足立浩志さんもそうしていました。

堆肥の効用は、私も人並みに知っていて、
私の今の環境では、鳥や豚、牛の堆肥をタダで大量に作ることが出来ますが、
私はコーヒー山では堆肥は使いません。

その理由は上記のように、
不健康な木になる可能性があるからですが、
さらに、例えば鶏糞を例に上げると、
鳥は6割を未消化で排泄しますから、
「何を食べたのか」
がとても重要になります。
養鶏は伝染病が怖いので、
多くの予防ワクチンをエサに投入しています。
エサも配合飼料で、米国のトウモロコシや小麦が主成分ですが、
それが本当に安全なのかも疑わしい。
となると、未消化で排泄したものが、
土壌を汚染すると考えるなら、
「堆肥は完熟発酵してから使う」
のは当たり前にしても、
「安全とはいえない堆肥を使うことが、そもそも有益なのかどうか」
と考えると、
私の答えはNOなので、堆肥は使いたくない、
それで有機栽培ではなく、自然栽培派なのです。

在来種の森林は弱肉強食の大変な競争で構成されているのですが、
そんな中に外来種のひ弱いコーヒーを植えるのですから、
コーヒーだって生存競争に巻き込まれて大変なのですが、
何とかやんばるの森林内の秩序に調和してもらうために
私が黒衣(くろこ)のように介添えや補足をしていきたいと考えているのです。

クワ20121027.JPG
 自宅庭のクワの木です。
 相次いだ大型台風で葉がすべて吹き飛ばされ、
 ようやく再生に向けて新芽や葉が出始めたところです。
 やんばるの多くは、こういった現象になっています。


フクギ20121027.JPG
 自宅のクロキです。
 フクギやクロキといった沖縄で古来から防風林にされていた木は
 相次ぐ大型台風でもビクともせず、葉も飛ばされていません。
 とても頑丈な樹木ですが、成長はコーヒー以上に遅いのです。
 それでも、こういった台風に強い木で
 頑強な防風林を構築していく必要性があります。


今日は吉田松陰が江戸伝馬町の獄で斬首され、29年2カ月の生涯を閉じた日です。
もちろん当時は旧暦ですから厳密には今日ではないのですけど。
1859年(安政6年)10月27日ですから、153年前になりますね。

辞世の有名な句、
身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂
は、
10月25日に
「留魂録(りゅうこんろく)」
という、松陰の遺書の書き出しに書いてある歌です。

ちなみに、
松陰の生まれ育ったのは松本村で、
松下村熟(しょうかそんじゅく)とは、
松下=まつもと
「松本村の熟」
という意味のようです。
posted by COFFEE CHERRY at 22:59| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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