2013年09月18日

童話から学習するA3−1

本土が酷暑やゲリラ豪雨、竜巻、突風といった異常気象に襲われ、
一昨日は台風18号が愛知県から宮城県を縦断し、
あちこちに多くの爪跡を残しました。
沖縄は梅雨明け以降、少雨というより
雨不足の日々が続いていました。

それでも、東シナ海を北東方面に進んだ台風17号(9月3、4日)の影響など
ようやく待望の雨が降るようになり、
草木もひと息つけるようになりました。


さて、「花咲じじい」の話が2カ月も過ぎてしまい、
あの時に考えていたことがうまく書ければいいのですけど…。
長くなりますから、興味のない方は飛ばして下さい。

「花咲じじい」の童話は
日本五大童話の中に君臨する、
あまりにも有名なSTORYですから、
あらすじはカットしますが、
この物語は日本人が大好きな、
典型的な勧善懲悪的なお話なのです。

遠山の金さんが、北町奉行の遠山金四郎景元として
奉行所のお白州で
「証拠を出せ」
「金さんを連れて来い」
と騒ぐ悪党に奉行が桜吹雪を見せつけて
悪党たちがついに観念し
ぬれぎぬの善良な人が救われて事件が無事解決、
めでたしめでたしとなるのは
典型的な勧善懲悪のお話です。

今、流行りのドラマ「半沢直樹」の
「やったらやり返す!10倍返しだ!」
も同様だし、
水戸黄門や暴れん坊将軍、大岡越前、鬼平犯科帳、必殺仕事人、
素浪人月影兵庫、江戸を斬る、破れ傘刀舟、
銭形平次、三匹の侍、子連れ狼、半七捕物帖、
桃太郎侍、八丁堀の七人…、
時代劇ドラマにはそれぞれにお約束な展開とお決まりのセリフがある、
観ていて安心の勧善懲悪ドラマですよね。

映画では忠臣蔵や座頭市だってそうだし、
海外でもロビンフッドやウィリアム・テル、
子供向けのウルトラマン、仮面ライダー、スーパー戦隊や
アニメのアンパンマンや宇宙戦艦ヤマト、ポパイ、鉄人28号だってそうだし、
私が子供の頃にテレビで観た月光仮面やまぼろし探偵、少年ジェット、
ナショナルキッド、七色仮面、赤胴鈴之介、怪傑ハリマオ…、
相棒や科捜研の女、浅見光彦シリーズ…、
こういうのも全部勧善懲悪のお話なのです。

こういった、善良な人や善良な行いが奨励されて、
悪者や悪い行いは懲らしめられる勧善懲悪は、
「目には目を、歯には歯を」のハンムラビ法典や
孔子以降の儒教思想、南宋以降の新儒教・朱子学、
仏教の因果応報思想が基になっていて、
こういった思想が主に朝鮮半島を経由してきたこともあり、
韓国ドラマのトンイやチャングム、チュモンなどの韓流時代劇も
勧善懲悪のSTORYになっているわけです。

こういった日本人が大好きな勧善懲悪ドラマですが、
観終わった時はスッキリするものの、
その後時間の経過とともに、
何となくスッキリ感が低減してしまうものです。
(私だけかも)

とにかくあまりにも完全無欠な美学すぎて
理想を追求する純潔な美学というのか、
「現実との違い」
が心のどこかで増殖してきてしまうのです(私は)。

そのため、ドラマを観るにしても、
ただ観るのではなくて、展開やセリフなど、
「なるほどな」
と思うところは私なりに取り入れるように
ドラマから学習するように心がけているのです。

そのため、童話を見ても
「こういうことを伝えたいんじゃないかな?」
と、つい深読みしがちになり、
難解な「星の王子さま」は読むたびに理解度が増し、
「花咲じじい」では、読むごとに
「これは農業的にかなり奥が深い話なんだな」
と、読むごとに新たな発見が次々に出てくるのです。


前置きが長くなりましたが、
「花咲じじい」のSTORYは展開は
3話のドラマ仕立てになっていると思います。

心やさしい老夫婦が我が子同然に大事に育てた白い犬が、
あるとき畑で「ここ掘れワンワン」と鳴き出し、
お爺さんがそこを掘ると、大判小判がザクザクと出てきて、
老夫婦は喜んで、近所にも振る舞い物をして
意地悪で欲深い隣家の老夫婦がこれをねたみます。
悪辣(あくらつ)な隣家の老夫婦は、
無理やり心やさしい爺さん宅の愛犬を連れ去り、
財宝を探させようと虐待します。
しかし犬が指し示した場所から出てきたのは、
期待はずれのガラクタ(ゲテモノ・妖怪・欠けた瀬戸物)でした。
怒り狂った隣人夫婦は犬を鍬で殴り殺し、
飼い主夫婦にも悪態をつきました。

ここまでを最初の第1話としました。
今日も長くなりそうなので、その第1話についてお話しましょう。
(次回は第2話を)

「我が家の庭や畑、コーヒー山でも
 何でも鑑定団で数百万円も評価されるような
 琉球王朝時代のお宝が出てこないかな?」

「我が家の犬も『ここ掘れワンワン』と鳴けばいいのに、
 探査能力がないのかな?」

と思ったところでしょうがないのですが、
それはともかく、
お爺さんがどんなところを掘ったのかを考えてみましょう。

「裏の畑」
想像すると、
おそらく栗拾いやタケノコが取れ、晩秋には落ち葉が積り、
薪(たきぎ)が拾えるような里山があり、
また近くには清い小川も流れ、
蝶や小鳥が飛び交う陽当たりの良い
エデンの園をイメージするような肥沃な土地だったはずです。

ということは、
掘り出した宝物とは
「農作物」
のことで、
畑を農耕に適した平坦地とすると、
「掘る」
とは
「耕す」
ことになりそうです。

心やさしい老夫婦は、
肥沃な土地で丹精込めて農業をして生活をしていたのです。
(あくまで私の個人的な見解です、念のため)

また少し脱線しますが、
韓流ドラマの「名家の娘ソヒ」」(原題「土地」)の43話(全52話)では
興味深いセリフがありました。

「名家の娘ソヒ」は、
『風と共に去りぬ』の韓国バージョンといった風で、
「いつどんな時代にも変わることのない人間の飽くなき欲望と愚かさ、
 それを克服する強さと賢さ、そして優しさ」
をコンセプトに描いていたように思いました。

STORYは、大地主の孫娘のソヒが、
叔父が騙し取った先祖代々の土地を苦労して奪い返すのですが、
時代背景が大正〜昭和20年までのために、
日本の侵略、占領、掠奪、抑制、祖国の誇りとレジスタンス運動、
また、
「下男や下女が人間らしく生きていこうとするのが罪なのか、自由を夢見るのは悪なのか」
といった白丁(ペクチョン)という身分制度や人種差別も描かれていて、
実は私は後半の10回くらいしか観なかったのですが、重厚な内容でした。
(朝鮮を侵略した日本は「悪」と、徹底的に描かれています)

その最終回(52話)「土地は命」では
主人公のソヒは、
命より大事な先祖代々の広大な土地の献上を
日本人の警察署長から強要されるのですが、
「その土地を、欲や名誉、ましてや権威や権力のために欲しようとするから、
 争いごとが絶えないのだ。
 地主を殺して財を奪っても、土地を占領して国を奪ったとしても、
 その原因は、人間の土地への欲望なのだ。」

と悟り、
ソヒは、すべての土地を小作に与えてしまうのです。

興味深いセリフがあったのは、
私が初めてこのドラマを観た、たしか43話(44話かも)でした。
テレビの電源を入れたら、たまたまこのドラマが映っていたのです。
そのセリフを聞いて、その後も観るようになりました。

故郷の平沙里(ピョンサリ、釜山と光州の中間くらいの韓国南部)で
故郷の小作のヨンの臨終場面で、
ヨンが主人公のソヒに、こう言うのです。
「土地自体に“欲”はない。
 天の意思に従って、人間の植えたタネを育み、その実りを与えてくれるだけ」

と。

「土地はほどこした分だけ、恵みとして返して(与えて)くれる」
というのです。

このセリフで
「丹精を込める」
という気持ちを思い出したのです。

「丹精込めて作られた農産物は美味しい」
というのは、
生産農家が、どんな気持ちで苗を植えたのか、
どんな気持ちで天候と向かい合い、
どんな想いで農産物を育ててきたのか、
そういったことが漠然と頭に浮かび、
「農家の真心がこもった生産物だからこそ、
 ありがたく美味しく頂きたい」

だから美味しい、ということもあるでしょうし、
丹精込める気持ちが植物にも通じていることも
有り得るのかもしれません。
草木や犬、猫など人間と同じ生き物ですから。

コーヒー栽培であれば、コーヒーの木の性質を知り、
その木を居心地の良い環境に植え、
コーヒーがストレスを感じない土壌になるように
成長を想い、元気に育む環境を整え、
あくまで主役はコーヒー、人は世話役として
お世話をしてあげる必要があります。

「言うは易く、行うは難し」
の通り、
沖縄でのコーヒー栽培は、
夏季の台風シーズンで
強風により枝葉が揺らされ、こすれて
開花後の緑豆が大量に落下したり、
あるいは倒壊されたり、
といった、他のコーヒー生産地には見られない弊害がある地域ですが、
台風が来ても堪えられる圃場づくり、
かといって、決して過保護にならないように、
常に
「原産地ではこういう環境だったんじゃないのかな?」
ということをイメージしながら、慈愛を持って接すること。

フクギの実20130910.JPG
 名護市内で拾ったフクギの実。
 この量でだいたい30〜40分で拾えます。
 フクギは沖縄の防風林としては最強です。
 ですが生育にとても時間がかかるのです。
 1972年の復帰以降、道路や建物などインフラが最重要視されてきましたが、
 台風銀座の沖縄は、フクギ並木を県内のあちこちに
 造っておけば良かったのに、と思います。
 私はもうすぐ還暦なので「今からフクギの防風林造り」なんて言うと
 周りからバカげていると呆れられますが、
(フクギはタネ植えからだと10年でも大人の背丈まで生長しません)
 樹高10mに達する成木は、私が見れなくとも
 孫子の代で完成すればいいのです。
 フクギの発芽率は悪いのですが、石垣島の仲野さんから
 発芽を良くするノウハウを教えていただきました。



また、不撓不屈(ふとうふくつ)の精神は、
沖縄でのコーヒー栽培には不可欠ですが、
山城武徳先生没後に、タケノコのように新規参入される方々の多くは
「コーヒー栽培は5年で出来る、いや3年で可能かも」
などと勝手に思い込み、
品種選定もせず防風対策も甘く考えたり、
また思わぬ失敗をすると
「沖縄ではコーヒー栽培はムリ」
と、早々と撤退したり、
あるいは、海外産と混ぜるという禁忌を犯すようになってしまうのです。
(「海外産と混ぜてはいけない」というのではありません。
  ブレンドするかしないかは生産者の理念によるものですから。
  海外産とのブレンドなのに沖縄産と詐称せず、
  正々堂々とブレンドだと公表すればいいのです)

台風で思わぬ被災をしても、
それであきらめるのではなく、
被災は自身に原因があるのですから
「どこに問題があったのか」
「どうすれば良かったのか」
を自省、猛省して、
次の対策を講じる必要があるのです。

「不撓不屈(ふとうふくつ)で挑む」
のと
「不撓不屈(ふとうふくつ)の気持ちで挑む」
のとは、似ているようで違います。

自分の手で丹精込めてお世話をして
慈愛を持って木々と暮らす。
そんな「ターシャの庭」的な生活が
私はとても気に入って満足しています。

ターシャの庭.JPG
 5年前に93歳で亡くなられたアメリカの絵本画家ターシャ・テューダーが
 土地の開墾から完成まで数十年かけて、丁寧に丹精込めて庭づくりをされ
 スローライフな生活をされていました。
 花が大好きで、厳冬期は温室でも咲かせていましたね。
 ターシャは生前「自然を人工の畑に代えてきたが、
 耕作する人がいなくなれば畑をもとの山(自然)に還す」と言っていたのですが…。
 ターシャはアイルランドの劇作家ジョージ・バーナード・ショーに傾倒されていて、
 彼の言葉を座右の銘にしています。
 「人は自分が置かれている立場をすぐ環境のせいにするけれど、
  この世で成功するのは立ち上がって自分の望む環境を探しに行く人、
 見つからなかったら創り出す人である」



脱線が長くなりましたが、
「丹精を込める邪心の無い真摯な念」
というのは、
子育てであろうが、モノ作りであろうが
相手に必ず通じるものだと私は信じているので、
「無心で丹精込めることは植物に届いている」
と私は考えています。

そのため、「花咲じじい」では、
心やさしい老夫婦が丹精込めた施しが
「豊作になって還ってきた」
のが、
「ザクザクの宝」
で表わしていると思うのです。

また、
「ここ掘れ、ワンワン」
と鳴いた愛犬の白い犬ですが、
日本人は狼(大神)を崇拝する民族ですし、
民俗学では白い犬や白いヘビは神の使いとも考えますから
「老夫婦は自然からたくさんの恵みを戴いた」
と解釈してもいいと思うのです。
心やさしい老夫婦のことですから、
自然への感謝の気持ちもあったことは言うまでもありません。

今度は、心やさしい老夫婦と対極にある、
隣家の私利私欲の性悪老夫婦を考えてみましょう。

欲得に目がくらんで、自分も宝物を得たいと
心やさしい愛犬シロに探索を強要し、
犬が苦しまぎれに鳴いた場所を掘ると、
そこから出てきたのは宝物ではなくて石やゴミばかりでした。
怒り狂った性悪老夫婦はシロを殺してしまいます。

ここで犬が鳴いた場所を想像してみましょう。
「陽当たりが悪く、小川や井戸もなく水はけも悪い土地で
 おまけに石の多いガレて地力の少ない土地」

をイメージしてしまいます。
さらに
「傾斜地や雑草も放置した管理の悪い土地」
とか
「病害虫が発生しやすい悪劣環境」
も加わってもよさそうです。

とにかく、
心やさしい老夫婦の肥沃で農業に適した畑とは真逆で
意地悪で私利私欲の性悪老夫婦は
「自然の営みを無視した報い、災い、凶作」
と考えてもいいのではないでしょうか。


前述で
「ここ掘れ、ワンワン」
と鳴いた愛犬の白い犬ですが、
日本人は狼(大神)を崇拝する民族ですし、
民俗学では白い犬や白いヘビは神の使いとも考える、

と簡単に書いてしまいましたが、
ここでその説明をしておきましょう。

犬は、たくさんの仔を産み、そのうえお産が軽く、
仔犬の発育も良いので、
「子授け・安産・子育ての神」
として神社に祀られていることが多いのです。

今でも信心深い妊婦の方々は、
子宝に恵まれたことを神様に感謝して、
「妊娠5ヶ月目の戌(いぬ)の日に帯祝い(着帯の祝い)」
(「5」は縁起が良い数であり、
 同時に5か月目は胎児が安定する時期といわれています)
をしますが、
戌の日が選ばれる理由は、
「犬の安産にあやかるため」
といわれています。

妊婦は
「赤ちゃんが岩のように丈夫に育ちますように」
との意味の込められた
「岩田帯(いわたおび)」
という腹帯をおなかに巻き、
神様から大切な子宝を授かったことに感謝し、
神社で安産を祈願するというのが「帯祝い」の風習なのです。

信心深くない私でも、神社でこの安産祈願をしましたから、
今でも多数のママさんは行っているはずです。
当時の私は、ただ昔から続いている日本の伝統的な習わしとしか思わず、
神社に掲示されていた説明も読みませんでしたが、
「古事記」や「日本書紀」に登場する
神功(じんぐう)皇后に由来しているのだそうです。

日本書紀(上).JPG
 現代語訳で書かれているのでとても読みやすいです。
 古事記が全三巻のうち一巻が神代(かみしろ、じんだい、かみよ=神世=神話)、
 日本書紀は神代は全三十巻のうち二巻だけで、
 それ以外は天皇家による皇位継承の歴史が紹介されていて、
 日本の正史となっているのです。



神功皇后は、日本武尊の第2子、
第14代仲哀(ちゅうあい)天皇の后(きさき)で、
夫・仲哀天皇はヤマト王権に抵抗した
熊襲(くまそ、九州南部、古事記では熊曾)討伐後の西暦200年2月に
神に逆らい急死してしまうのですが、
神功皇后は当時すでに臨月でありながらも
住吉大神のご神託を賜り、玄界灘を渡って朝鮮半島に出兵し、
新羅を戦わずして無血で降伏させ、
さらに高句麗・百済をも支配下に治めて、
帰国後に筑紫国(つくしのくに、現・福岡県北部)で御子を出産しました。
(後の第15代・応神天皇、16代は仁徳天皇)
その後大和に戻った神功皇后は、子の応神天皇を皇太子に立て、
日本書紀によれば西暦201年〜269年までの
実に68年間も天皇不在のまま政ごとを執り仕切ったという、
日本史上、女傑の中の女傑なのです。

そのため、
明治時代に発行された紙幣(改造紙幣1、5、10円券)で
最初に肖像が描かれたのも、この神功皇后だし、
切手(旧高額5円、10円)の肖像画にもなり、
端午の節句に飾られる五月人形(武者人形)も
長きにわたり神功皇后だったのです。

古事記・日本書紀のすべてがわかる本.JPG
 古事記と日本書紀を対比させ、カラーで表や挿絵が多く、
 見やすく判りやすいです。読者対象が中高生なのかも。



「古事記」にも「日本書紀」にも神功皇后は登場するのですが、
今から約1300年前の奈良時代に完成した日本の歴史書・日本書紀
「巻第九 気長足姫尊」
(おきながたらしひめのみこと=神功(じんぐう)皇后、
 なお古事記では中巻・仲哀天皇に息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)として表記)
では、
夫・仲哀天皇が亡くなった後、
神功皇后は身重ながら200kmの海を越えて朝鮮半島に出兵するのですが、
大将の印であるオノとマサカリを持って
出兵兵士に向かい、
こう檄(げき)を飛ばすのです。
(以下は前画像「日本書紀(上)233〜234ページの書き写し」

「金鼓(かねつづみ)が[乱れて]節なく、旌旗(せいき)が錯乱すれば、
 天子の旗や軍旗が乱れる時には、軍隊は統率されない。
 財[物]を貧り欲が多く、私[事ばかり]を思い[家]内を心配していると、
 かならず敵のために虜にされる。敵が少[数]でも軽んじるな。
 敵が強くとも屈してはならなぬ。女を犯し暴れるのを許すな。
 投降する者を殺すな。
 終(つい)に戦に勝ったなら必ず[恩]賞がある。
 背走したなら自[明]のこと有罪だ。」

と。
何とも勇ましいですよね。
その後は、こう書いてあります。

「このとき、たまたま皇后の出産の月であった。
 皇后は、それで石を取って腰に挿しこみ、祈って
 『事が終わって戻って来て日に、この土[地]で産むように』といった。
 その石は、今伊都の県の道の辺にある。
 さて荒魂(あらたま)をさしまねいて軍の先鋒とし、
 和魂(にぎたま)を請(しょう)じて王船の鎮(しづめ)とした。」


「伊都県」とは今の和歌山県でしょうか?
「荒魂」とは、荒ぶる魂、神の祟りは荒魂の表れで、
天変地異を引き起こし、病を流行らせ、
人の心を荒廃させて争いへ駆り立てる神の働きをいうようです。
「和魂」は少し意味合いが違い、
雨や日光の恵みなど、神の優しく平和的な働きで、
神の加護は和魂の表れなのだそうです。

日本書紀の世界.JPG
 日本書紀の中に描かれている時代から6つのテーマを選び、
 それについての詳細な記述があり、
 得られる充実感のある本でした。



日本書記では、神功皇后が神と同体で、
卑弥呼や台与(とよ、卑弥呼の後継者で卑弥呼の死後、邪馬台国の女王になった)
であるような書き方をしているのですが、
それはともかく、神功皇后は臨月の時に
卵形の石2個をお腹に巻きつけて冷やし、
出産を15ヵ月まで遅らせたというのです。

この石は鎮懐石(ちんかいせき)と呼ばれ、
「事を終えて無事出産するように」
と祈念が込められた石で、
鎮懐石をはさんだ帯が「岩田帯」の起源なのです。

出産を15ヶ月まで遅らせながらも無事に後の応神天皇をご出産されたことから、
神功皇后は『安産・子育ての女神』として、
多くの妊婦の方々やママさん達から、絶大な信仰をあつめているのです。 

神功皇后が新羅を攻めたのは今から1813年前の西暦200年、
この年は中国では袁紹と曹操との覇権をかけた官渡の戦いがありました。
203年には劉備玄徳が、諸葛孔明を軍師として迎える三顧の礼、
208年は曹操軍と孫権・劉備連合軍との赤壁の戦いがあり、
まさに三国志真っ盛りの時代が、
日本では神話や卑弥呼が登場するヤマト王権の時代なんですね。

ともかく神功皇后は安産の女神として、
また犬も安産の神として、
「妊娠5ヶ月目の戌(いぬ)の日に帯祝い(着帯の祝い)」
が信仰されているわけです。

神社の入り口には、神社を守る守護獣、
無角の獅子と有角の狛犬(こまいぬ)とが一対に置かれていることが多く、
神社の境内のキツネでも龍でもヘビでも、
神道では動物は「神様の使い」とされ“神使(しんし)”とよばれています。

獅子は中国の唐の時代に、おそらく遣唐使が帰国便で日本に導入し、
狛犬は唐時代の獅子が、仏教とともに朝鮮半島を経由して
日本に伝わったとされていますが、
沖縄のシーサーやシンガポールのマーライオンも含めて、
古代オリエントからシルクロードを通って中国に伝わり、
そこから朝鮮半島や日本、琉球、シンガポールに波及したものです。
要するに、シーサーも狛犬もこれらはスフインクスの親戚なのです。

「ここ掘れワン、ワン
と鳴いた白い犬は、そのへんの犬ではなく
神代の神使として登場していたのです。
(次回、第2話に続く)

ロブスタ種20130910.JPG
 今年の5月10日にタネ植えしたロブスタ種です。
 タネ植えから4か月でこの状態は、
 沖縄のコーヒー栽培としては驚異的な生育の速さです。

posted by COFFEE CHERRY at 17:06| 沖縄 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お元気そうですね。
カネホーラ種の苗、楽しみですね。
成長が早い様ですが、発芽までの時間もアラビカ種(約2か月)より短く早いのでしょうか。

先ほど地震が有りました、思わず本棚を押さえました。
Posted by まめこがし at 2013年09月20日 02:53
おはようございます。
ことしもSCAJ(9/25〜27)に行ってきました。初日に合わせて休みが取れなかったので
最終日となってしまい、イベントも少なく収穫は貧小でした。

そんな中で小笠原産の生豆を紹介しているブースを見つけました。
生産量は少なく、現状で数十キロが限界との事でした。
豆を見る限り、熟度が低く、品質を云々する対象では有りません。
100%国産豆の現状と可能性を紹介と言うところでしょうか。
ただ、量も少ない為でしょう。丁寧に扱われた生豆だという事は見て取れました。
Posted by まめこがし at 2013年09月28日 06:22
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