2007年04月21日

チョウや蛾についてB「沖縄文学」

蛾はともかくとして、
蝶がひらひらと飛び交う姿には、
優雅さと同時にうら悲しさも感じられ、
昔は死者の霊を運ぶものと考えられていたようです。

「沖縄文学」は、
 ・ 奄美
 ・ 沖縄
 ・ 宮古
 ・ 八重山

の4つの諸島にまたがる地域で生まれた文学の総称をいい、
沖縄の古代文学は呪詩と歌謡が中心で、
・言霊信仰に基づいた呪言で唱えたり謡われたりする呪祷文学
・農耕儀礼に関わりが深い叙事文学
・島歌、琉歌などの抒情(じょじょう)文学
・組踊、狂言などの劇文学

で、構成されているようです。


琉球の12世紀〜17世紀ごろにわたって、
琉球方言圏の中の沖縄、奄美諸島に伝わる古代歌謡を、
首里王府が1532年〜1613年にかけて
全22巻に1,544首(重複を整理すると実数1,248首)を
採録したものが、
琉球の古事記や万葉集としての性格を持つ
「おもろそうし」
ですが、
「万葉集」は歌集であり、
「おもろさうし」は歌謡集ですから、
両者には大きな違いがあります。


琉球では、12、3世紀頃、
アヂ(按司)と呼ばれた族長的支配者が
次第に政治的支配者として成長しつつあり、
「鉄器の武器利用や生産用具としての工具・農具への活用」
によって各地の農村の支配者になり、
アヂ達は、
 ・ 支配権拡大のための武力
 ・ 生産拡大のための鉄器利用及び神女による呪力

という2面性を持ちながら、
地域のリーダーとして統率し、
14世紀に入ると、アヂ同士の闘争によって、
社会的勢力が統合されるようになり、
・ 中山(ちゅうざん、浦添城〜首里城・世界遺産)
・ 南山(なんざん、大里城〜現・糸満市高嶺小学校の南城跡)
・ 北山(ほくざん、今帰仁村城・世界遺産)

という三山時代(琉球戦国時代)に突入します。

13世紀から15世紀にまたがる動乱と変革の時代を経て
15世紀の初め(1429年、室町時代)に、
第一尚氏の統一王国になります。

統一王国の成立後は、
 ・ 日本
 ・ 中国
 ・ 朝鮮
 ・ 南方諸国

とも頻繁に交通し、
中継貿易のできる地理的条件を最大に活用したことで、
16世紀の初めには、
王国の首都首里を中心として仏寺、城郭、橋梁などの
造形美術が大きく発展するのですが、
オモロが謡われた時代は、
 ・ 部落時代(5、6〜12世紀)
 ・ 按司時代(12〜15世紀)
 ・ 王国時代(15〜17世紀)

の3時代、
十数世紀というロングランにまたがって
編纂(へんさん)されていることに比べて、
6世紀半〜8世紀までの1世紀半の
歌集を編纂(へんさん)したのが「万葉集」ですから、
「万葉歌」がリッチな富裕・特権階級層の
個人的叙情詩であるのに対し、
「オモロ」は、
一般大衆の生活に密着したフランスのシャンソンのような
叙情詩的労働歌ですから、その性格も違うわけです。

おもろそうし.jpg
おもろさうし写本(仲吉本)は明治末期のものといわれています

「おもろさうし」には、
琉球の酒の歴史にみられる「神酒(みき)」についても
書かれていて、
琉球の酒は、その後中国やタイから蒸留酒が入ることで、
酒の作り方も一新し、
黒コウジを使って、泡盛を作り出すのですが、
この話はまた後日するとして、
「おもろそうし」22巻のうちの
第13巻965「すずなりがふなやれの節」に
「船ゑとのおもろ御そうし」
があり、
「おもろそうし」の中で、
ただ1つ“蝶”が歌われているのです。

 吾がおなり御神の
 守らて おわちゃむ
 やれ ゑけ
 又 弟おなり御神の
 又 綾蝶 成りよわちへ
 又 奇せ蝶 成りよわちへ



 私の姉妹神(おなり御神)が、
 私を守ろうとして、
 船においでになられた。
 美しい蝶に化身し給いて、
 おいでになられた


というような、
よく判らない現代訳が載っていましたが、
 ・ 綾蝶―あやはべる=美しい蝶
 ・ 奇せ蝶―くせはべる=美しい蝶
という意味らしく、
要するに、
「妹の霊が蝶と化して船路を守る」
という歌のようです。


『古事記』の日本武尊(やまとたけるのみこと)は、
大和を目指しながら、
途中の三重県亀山市で病死するのですが、
その後白鳥に化身していますし、
昆虫の幼虫や人間の胎児を形どったともいわれる
古代の勾玉(まがたま)は、
縄文時代では、動物の牙(犬歯)や石、貝などで作られ、
弥生時代には、主に石製のものが多く、
古墳時代になるとヒスイ、メノウ、水晶などを
利用して作られていますが、
勾玉(まがたま)も霊的なものを持っていると
考えられていたように、
蝶や蜂、鳥、コウモリは、
古来からSOUL(魂)-ANIMALと信じられてきました。

沖縄では“魂”のことをマブイ(MABUI)といいますが、
マブイ(魂)は、人を守る霊能力ですから、
家の姉妹は特殊なマブイ(魂)でつながっていて、
マブイ(MABUI 魂)とマムイ(MAMUI守り)が関連することで、
兄弟・姉妹の守護霊として働くことをセヂ(霊力)として
沖縄の宗教の源である「オナリ神」信仰になったようです。


古代中国戦国時代の思想家『荘子』の斉物(せいぶつ)論に
『胡蝶の夢』という、有名な漢詩を残していますが、
これにも蝶が出てきます。

 昔者、荘周夢為胡蝶
 栩栩然胡蝶也
 自喩適志与
 不知周也
 俄然覚、則遽遽然周也
 不知周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与
 周与胡蝶、則必有分矣
 此之謂物化


 昔者、荘周夢に胡蝶と為る
 栩栩然(くくぜん)として胡蝶なり
 自ら喩(たの)しみ志に適へるかな
 周なるを知らざるなり
 俄然(がぜん)として覚むれば、
  則ち遽遽(きょきょ)然とし て周なり
 知らず周の夢に胡蝶と為れるか、
  胡蝶の夢に周と為れるか
 周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん
 此れを之れ物化と謂ふ


昔、荘周(=荘子)は夢で蝶になった
ひらひらとして胡蝶そのものであった
自然と楽しくなり、気持ちがのびのびしたことだった
自分が荘周であることはわからなくなっていた
にわかに目覚めると、なんと自分は荘周であった
荘周の夢で蝶になったのか、
 蝶の夢で荘周になったのかはわからない
しかし、荘周と胡蝶とには、
 間違いなく区別があるはずである
こういうのを、「物化(万物の変化)」というのである



無学な私が、今日は難しい話になってしまいました。もうやだ〜(悲しい顔)

「害虫・益虫・タダの虫」
という定義や概念は、
人間側にとっての利害を基準にして、
一方的に決め付けただけものですから、
逆に昆虫世界から見た“人間”というのは、
さぞ怖ろしい対象になっているに違いありません。

そのため、“害虫”に認定されている虫には、
いつも申し訳なく、心苦しく思っているのです。

070421ハイビスカス.JPG
今日、糸満市「うまんちゅ市場(JA系)」のイベントにて撮影
posted by COFFEE CHERRY at 18:17| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの害虫・益虫・タダの虫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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