2007年05月08日

西原町の玉那覇コーヒー園に伺いました

前回、4月23日に引き続いて2度目の訪問です。

玉那覇コーヒー園1.JPG

樹高を低くピンチされた
元気一杯のコーヒーに迎えられました。

玉那覇コーヒー園2.JPG


西原町の沖縄カントリー倶楽部のあたりは、
運玉森(うんたまもり)といって見晴らしの良い丘陵地ですが、
沖縄戦当時は、この丘の制覇を巡り
日米軍の激しい争奪戦が繰り広げられ、
戦後になっても、不発弾の自然発火により、
いくどとなく山火事が起きました。

当時3歳の玉那覇さんは、
運玉森(うんたまもり)北側すそ野の
小波津集落に住まれていて、
5月4日の日本軍の総攻撃での激戦に巻き込まれて
ご両親と兄を亡くされています。

小波津集落637人の戦死率は54%、
一家の全滅率20%以上、
西原町の戦死率47%以上、
と、
西原町でも多くの住民が犠牲になっています。

恩納村の山城先生も沖縄戦当時は13歳で、
本島西側の部隊に弾薬を運ぶ要員や伝令として動員され、
米艦隊が沖にビッシリと並んでいる光景や、
夜の艦砲射撃の様子を、
よく伺ったものです。

玉那覇さんは、独自に西原町の戦跡調査を行い、
遺族の慰霊案内もされているそうで、
戦後62年を経過した今でも、
沖縄戦の傷跡はまだまだ消えていないのです。


沖縄県内では、コーヒーは4月の開花が最も多いのですが、
その後も徐々に開花が続きます。

まだまだ開花中.JPG

落花が近いコーヒーの花.JPG

収穫されたときに、まだ熟していなかった実が、
今頃遅れて赤くなっていたり、
採り忘れて実が朽ちかかっているものも多数ありました。

収穫し忘れた実.JPG

収穫し忘れた実4.JPG

収穫し忘れた実2.JPG

収穫し忘れた実3.JPG

落花後の花托(かたく)も順調なようです。

花托と花芽.JPG

落花後の花托(かたく).JPG

今年収穫された新豆を頂きました。

今年収穫した新豆.JPG

玉那覇さんの精製加工は、
 ・ 外皮・果肉を取り
 ・ 水洗い
 ・ 天日乾燥

まで、ですから、
パーチメントとシルバースキンは取り除いていないので、
薄茶色をしているのです。

今日頂いた生豆は、
那覇市のCOFFEE potohotoの山田哲史様に焙煎していただき、
ご自身が生産されたコーヒーを1度も飲んだことがない、
と言われる玉那覇さんに、
ぜひ味わって戴きたいのです。

posted by COFFEE CHERRY at 22:02| 沖縄 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 沖縄のコーヒー栽培 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして。
姉妹二人☆那覇の小禄で自家焙煎の珈琲店・田原屋を経営しています、井手といいます。
珈琲豆を焙煎して四年目に入ります。
レキオの記事を見てそちらの農園のことを知りました(^^)是非とも農園を見学して・できれば一度岡田さんの大切な珈琲豆を焙煎したいのですが・・・・よろしければお返事下さい。
Posted by 田原屋 at 2007年05月10日 22:46
初めまして、私もコーヒー栽培に興味があり、同じ西原町なので、是非農園を見学できれば、お願いしたいです。
お返事お待ちしております。
Posted by ピパズ at 2009年11月15日 12:35
那覇に住むコーヒー好きの者です。ベランダに何本かコーヒーの木を植えてありますがまだ花が咲く様子はありません。是非農園を見学させて下さい。夢は自家製のコーヒーを飲むことです。

嘉数
Posted by 嘉数 啓 at 2010年04月24日 15:15
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