2014年07月07日

台風8号が明日沖縄本島に最接近

東京都台東区の入谷鬼子母神の境内などで
下町に夏の訪れを告げる「入谷朝顔市」が始まったようです。


朝顔を売る露店が並んで、特に夕方以降は電球が点いて風情があり、
私も東京に居た頃には何度も行ったことがあります。
雰囲気に飲まれて一度だけ威勢の良い露店で鉢を買ったことがありましたが、
F1種で観賞用の“使い切り”のため、
朝顔市の直後に行われる「ほうずき市」同様、
「ひやかしで見るだけ」参加が恒例になりましたね。

朝顔は、実が膨らんで、枯れたように茶色くパリパリしてきたら
黒いタネを取って、翌年の春ごろに播種(はしゅ)をするのが楽しみなのに、
命を観賞用にしてしまうのは、ちょっとね。


さて、明日昼ごろに、
沖縄には「非常に強い」勢力の台風8号が
現時点では久米島の西側を北東に進む予報が出ています。
(進路は微妙に西よりに変わり、徐々に西側の宮古島に近づきつつあるような)

久米島と沖縄は約100kmも離れていて、
これは東京を起点とすると水戸や箱根、甲府、宇都宮のあたりに相当します。
なので、台風の中心が通過する久米島や座間味諸島では大変ですが、
沖縄本島の、しかもやんばるは今回の台風は
それほど脅威ではなさそうと楽観視しています。

といっても、今日はさすがにコーヒー山には行けず、
自宅周辺の台風対策をしています。

コーヒー苗木20140707-1.JPG
 こういう鉢は暴風の当たらない場所に一時避難させるか、
 鉢を横にして台風通過後に起こす、というモノグサ対策もあります。


移植したバナナ子株20140707.JPG
 最近移植したバナナ子株。
 これは暴風で折れたら「しょうがない」と
 あきらめざるを得ません。


豚糞堆肥と国頭マージ20140404.JPG
 コーヒー山の地主が自ら我が家の近くまで
 わざわざ運んでいただいた国頭(くにがみ)マージと豚糞堆肥です。
 この画像は4月初めに撮影。


豚糞堆肥と国頭マージ20140707.JPG
 上の画像のままだと豚糞堆肥は大雨でドロドロに流出してしまうので、
 頂上に穴を開け、米ヌカと糖蜜などを入れて
 ブルーシートをかけて発酵させているのですが、
 暴風で吹き飛ばされるので、
 画像のように、周りを押さえたのですが
 どうなるのかな、少し不安。


台風の大まかな進路が判れば、
時計と逆回りに吹く暴風がどっちの方角からか、
あらかじめ判るので、
そういう対策をするのです。

沖縄タイムス台風8号記事画像20140707.jpg
沖縄タイムスの台風8号の記事に出ていた画像です。

朝日新聞DIGITALの記事(2014年7月7日13時20分)を以下にコピペしましょう。
台風8号「沖縄に特別警報の可能性」 気象庁が警戒促す
 大型で非常に強い台風8号は7日、
勢力を強めながら沖縄の南海上を北上し、
8日午前には中心気圧が910ヘクトパスカル、
最大風速が55メートルの猛烈な台風になって沖縄に接近する恐れがある。

気象庁は7日夜にも沖縄県に特別警報を発表する可能性があるとの見通しを発表。
「7月としては過去最強クラスの台風。最大級の警戒が必要」
と呼び掛けた。

 気象庁によると、台風は7日正午現在、
沖縄の南海上を時速25キロで北北西へ進んでいる。
中心気圧は930ヘクトパスカル、最大風速は50メートル。

沖縄では8日にかけて風が強まり、久米島や宮古島で最大風速55メートル、
沖縄本島で50メートルの猛烈な風が吹き、
総雨量は500ミリに達する恐れもある。

 台風は沖縄に接近した後に進路を東寄りに変え、
8日午後には九州南部も風速15メートル以上の強風域に入る見込みだ。
その後も非常に強い勢力を保ったまま9日から10日にかけて西日本に近づく見込みという。

 台風の特別警報発表の指標は沖縄では
中心気圧910ヘクトパスカル以下か最大風速60メートル以上。
仮に特別警報発表となると、
昨年9月の大雨で京都、福井、滋賀の3府県に出されて以来となる。

となっています。

聞きなれない「特別警報」とは、
昨年8月末から適用された最大限の警戒警報ですが、
久米島周辺はともかく、本島北部のやんばる地区としては、
2〜3年前に5回もやんばるを縦断したり大接近した大型台風の方が
威力が凄まじかったので、
「それを超えることはないだろう」
と、
そういう意味で楽観視しているのです。

WEATHERNEWSによると、
現在の台風の速度は時速25km、
これは
100m14秒=1500m3分36秒、
日本陸上競技連盟のHPの「日本記録」によると、
男子1500mは3分37秒42、
これだと速さがよくわかりにくい、
高校女子1600mリレーの日本記録が3分37秒86(大阪・東大阪敬愛高校、2009年)、
要するに
「原付バイクの法定速度は時速30kmなので、それよりちょっと遅い速さ」
で進んでいるわけです。

2〜3年前のやんばるを襲った大型台風は、
あちこちの林道崩落や北部の漁港などでもかなりの被災がありましたが、
やんばるの森も、いまだに復調途上なのです。

恩納村の山城武徳先生が現役で頑張っていられた頃は、
台風の翌日に農園がどの程度被災するものなのか、
アポも取らずに見学に何度も押し掛けたものです。
今から考えると、身勝手さが恥ずかしいですが、
山城先生は嫌がりもせず、
後片付けをしながら親切に丁寧に教えていただきましたが、
懐かしい想い出です。

当時は、
私がまだテスト圃場用地も借りられない時期で、
「コーヒーが風に弱い」
といっても、どのくらい弱いのか、
台風が来たらどうなるのか、
防風林はどのくらい持ち堪(こた)えられるのか等々、
未知なことが多く、台風のピークにさえ、
コーヒーがどういう状況なのか、どのくらいで主幹が折れるのか、
現場で見たいと思っていたものです。

コーヒー山は、今回の大型台風は、まず問題ないはずです。
春に中島さんと井上さんにアドバイスを頂いて、
日照を入れるために、一部を少し切り開いたのですが、
それが今までとどう違うのか、あるいは大差ないのか、
その結果を早く知りたいところです。


今日は7月7日で七夕ですが、
http://www.jishujinja.or.jp/tanabata/yurai/
「台風の被災がないように」
とかは願いません。
もちろん、被災が無く無事でありたいですが、
そういう意味ではなく、
「沖縄は台風が年に4〜5回は接近、または上陸」
と、
台風を受け入れる気構えがないと
何も出来ないということなのです。

4〜5月にかけて赤い花を咲かせるデイゴの出来をみて
今年の台風は多いとか少ないとか、言う人がいます。
「デイゴが見事に咲くと、その年は台風の当たり年だとか、
 天災(干ばつ)に見舞われる」

という迷信が沖縄にはあるのです。

THE BOOMの「島唄」の歌詞の出だしは
デイゴの花が咲き 風を呼び 嵐が来た
デイゴが咲き乱れ 風を呼び 嵐が来た
繰り返す悲しみは 島渡る波のよう

ですが、
これは迷信に基づくものです。



「当たるも八卦、当たらぬも八卦」
と、
靴飛ばしの天気占いをするより、
「年に4〜5回会う、海外の南方の友」
と視点を変えると、
別に海外の友ではなく、国内の友だとしても
これはもう相当親しい仲になるはずです。
毎年4〜5回も会うなら、
相手の気心も充分に理解する必要がありますよね。
多少、気まぐれで乱暴なところがあっても、
それを受け入れられる度量を、
天から試されているのだと思うのです。

そう考えると、
沖縄でのコーヒー栽培の場所は
おのずから判ると思うのです。

コーヒー苗木20140707-2.JPG
 自宅の庭のブロック塀の外側に置いてあるコーヒー苗木。
 ここはバナナが植えてあるように
 コーヒー苗木は遮光されていますが、
 同時に暴風の被災は受けにくいです。

コーヒー苗木20140707-3.JPG
 これも上記と同様です。
 画像上部の黒いグチャグチャしたのは
 バナナの花の果軸に付いた花苞ですが、
 2〜3年前の大型台風でやんばるバナナは
 すっかり疲弊してしまい、昨年は収穫ゼロ、
 今年に入り、ようやく開花し始めましたが、
 房の段数も例年の3割程度で、
 バナナは復調途上ですね。


ライバル視以前の問題で、
沖縄で真剣にコーヒーを栽培している人たちからすると
ただただ迷惑なだけなのですが、
海外産を沖縄産と偽装している悪名高い業者、
ここはどんな大きな台風が来ても
毎年豊作のことでしょう。
posted by COFFEE CHERRY at 17:53| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月13日

台風とどう向き合うかを改めて考える

6月11日(水曜)15時に、南大東島の西南西で台風6号が発生し、
北北東の小笠原方面に向かっていましたが、
昨日12日(木曜)には温帯低気圧に変わり、
Wethernewsによると、その後消滅して低気圧になって、
現在伊豆大島方面に進んでいるようです。

ということは、11日〜12日にかけて
大東島地方では飛行機や船が欠航になり、
沖縄本島では強風注意の予報が出ていましたが、
バナナが倒壊するほどの強風も吹かず、
むしろ昨日は久々の、おだやかな晴天でしたね。

大東諸島は、住居表示では沖縄県島尻郡北大東島とか南大東島となり、
私が前に住んでいた南風原(はえばる)町も島尻郡南風原町、
「ケラマブルー」で有名な東シナ海の慶良間(けらま)諸島も沖縄県島尻郡なので、
島尻郡はかなり広範囲に及ぶのですが、
大東諸島は宮崎県の真南で、沖縄本島からは約400kmも離れています。

約400kmという距離は、
東京駅から東海道新幹線では「岐阜羽島〜米原間」、
東北新幹線だと「古川〜くりこま高原間」、
直線距離では東京駅〜大阪・梅田駅間が約403kmですから、
沖縄本島と大東諸島は関東と関西くらい離れているので、
台風の影響も時間差も、だいぶ違ってくるのです。

沖縄は「台風の通り道」とか「台風銀座」といわれますが、
台風は例年25個前後発生するうち、
毎年4〜7個は沖縄地方を通過し、
農産物などにかなりの被害を出すのですが、
近年台風は大型化し、微速停滞型も増え、
また進路も読みにくくなりました。

恩納村の山城先生のコーヒー農園は
ハイビスカス(アカバナー)の防風林で
東側と北側を重視した造りになっていましたが、
近年の大型台風では、
最大風速が40km/sが限界のハイビスカスでは耐えられませんし、
防風対策は「より堅固で全方位」必要になりました。

台風というと、本土のNEWSでは、新人アナなどが岸壁などで、
おおげさな突撃リポートをするのがお馴染みですが、
本土では土砂災害、人的被害が多く、
土砂災害は、その直接的な気象より
人為的な地形改変を起因としているようです。

沖縄で建造物の倒壊、損傷や人的被害が少ないのは、
・沖縄の人は台風慣れしている
・家屋のほとんどが鉄筋コンクリート造り
 (屋根が赤瓦の場合でも漆喰で塗り固められているので飛散することもほとんどない)
・大きな川はなく(二級河川以下)海までの距離も短く
 降雨で雨水は海へ流れてしまう
・屋敷を石垣や防風林で囲い台風に備えているところが多い
 (防風林には、フクギ、ガジュマル、イヌマキ、フクギ、ハイビスカスなど)

などが理由と思われますが、
近年土砂災害は増えています。

2、3年前の大型台風の被災では、
やんばるの林道はあちこちが崩落して通行止めになり、
現在でもまだ復旧工事を続行中のところさえあります。

テレビの観光番組で海外の美しい街並みを観ていると、
沖縄はコンクリ造りの家屋が多く、
それも白色に統一されているわけではなく、
風水やユタなどの信心なのか、
中には緑色とか紫色、あるいはドピンクなどの家屋まであって
首里城のような赤瓦の屋根の街並みを期待された方は
その統一感のなさに違和感すら覚えることでしょう。

観光的見地としては、
ロマンティック街道と古城街道とが交差する中世都市ローテンブルク、
アジア側とヨーロッパ側の2大陸にまたがる大都市イスタンブール、
世界遺産のベルン旧市街などの美しい街並みの景観のように
沖縄も伝統的な赤瓦の屋根住宅の街並みであってほしいのですけど、
都市景観の統一基準の前に、台風がそれを阻んでいるのです。


さて、沖縄でのコーヒー栽培は、
近年チャレンジ希望者は増えつつも、
実際の取り組みまで至るのはほとんどいないのが現状だと思います。

県内の最近の新聞でも、
コーヒーが少量収穫出来ただけなのにコーヒーの里宣言したいとか、
売ることばかり優先するグループとかの記事を目にしたくらいで、
目立った動きはありません。

「沖縄でのコーヒー栽培のやり方が判らない」
というより、
とにかく時間がかかり過ぎる、
「10年は辛抱しないと」
というのが、
言葉では何となく理解できたような気がしても、
実際にやってみると、大小さまざまなハードルが次から次へと現われ
奥穂や谷川岳で山岳マラソンをやるようなものですから、
途中の落伍者が多かったり、
あるいは楽観的な見通しが立たないなら最初からスタートラインに立たないとか、
難レースを完走するまで我慢できる変人は少ない、
ということだと思います。

「タネ植えから初収穫まで5年」
というのは、
故・山城先生が言われたことで、
それは、
「すべてのリスクを考えない、最短期間」
のことを言われているのですが、
ほとんどの方はその「5年」を真に受けて、
それをさらに2〜3年に短縮できないかと
こぼれタネによる自生苗を使ってしまうのです。

実は私もその「5年説」を真に受けしていたのですけど。
しかも自生苗も一時重宝していた時期がありましたね。

でも、自生苗の使用は、私としては良い結果は出ませんでした。
山城先生でも自生苗は使いませんでしたし、
海外のコーヒー農園でも使っていないようです。
なので、私は自生苗は卒業し、
時間がかかってもタネ植えから行うようになりました。

沖縄は「台風の通り道」のために、
沖縄でのコーヒー栽培では、
今日の主題になりますが、
「台風とどう向き合うか」
を考え、防風対策を講じる必要があります。

これが甘いと、今まで私が知り得る限り、
半壊、全壊ですべて失敗、撤退しています。

ハイビスカス防風林を7m間隔の並列にした造りの山城方式に対し、
本島南部の南風原町でのテスト圃場の時は
ハイビスカス防風林を5mの正方形ブロックに区切り、
山城方式より堅固にしたのですが、
周りは農薬・化学肥料のかぼちゃ畑ですから、
自然栽培の私のテスト圃場から
・ハブが出てきた
・害虫が出てきた
・雑草が生え過ぎ
・ハイビスカスが道路に覆ってきた

などの理由で、
無断で除草剤を撒かれたり、
テスト圃場に入り込んで重機を転回したり等々
かなりの嫌がらせを受けて、
おまけに集落では孤立して村八分状態でしたけど、
・ハイビスカスの剪定と防風強度
・風の通り具合と害虫の関係
・微生物の多種共存の有用性
・コーヒーの支柱について
・台風でのコーヒーの被災進捗状況

など、多くのことを学び、
コーヒー山に活かすことが出来ました。
進化中というより、まだまだ無知だらけですけど。

本当は誰でも失敗はしたくないので、
事前に対策を立てたいところですが、
ほとんどは失敗をして、原因を考え仮説を立て、それから対策を立てる
ということを繰り返していますから、
必ずしも
「3歩進んで2歩下がる」
のではなく、
「3歩進んで4歩下がる」
あるいは5歩も6歩も下がる時もあるのです。
むしろ、その方が多いかもしれません。

その時に
「もうダメだ」
とあきらめるのか、
「私は無知すぎるな」
とくじけずタフになるのか、
そこも分かれ道ですよね。

沖縄でのコーヒー栽培では台風と向き合うのは大切ですが、
世間一般のコーヒー栽培のイメージは
「熱い陽射しの晴天に、見渡す限りのコーヒー農園」
という、
ブラジルのプランテーション農場ですから、
そのイメージを優先した農園造りが沖縄では多いです。

外見の見た目は良いかもしれないけど、
それは台風には無防備で間違いなく被災します。

「台風が来なければいいな」
「今年は台風は来ないさ」
とか
「台風が来ても何とか無事であってほしい」
といった、
「困ったときの神頼み」
ではなく
「やることやって神頼み」
にしないと。

ふだん信心深くないくせに、
初詣に行って、神社の祭壇に10円を投げて
「二拝二拍手一拝だったっけ?」
と神社参拝マナーを思い出して
重大なお願いをいくつも神様に要求したって
効き目があるわけないのと同じことなのです。

出来るだけ被災しない、良くいえばギリギリの防風対策、
ふつうにいえば「テーゲー(=大概、適当)」の対策をして
失敗するケースが多々あるのです。
この事例は多すぎて紹介できません。

南城市の知念農園でも、
本島南部を襲った3年前の大型台風で壊滅的な被災をして
以降コーヒー栽培はしていません。
ここでは山城方式で行っていましたから、
それでは近年の大型台風到来時代では、もう通用しないということなのです。

コーヒー山は、やんばるのほぼ中央に位置する民有林ですから、
森を覆う照葉樹林などから、森林内のコーヒーが守られるので
沖縄でのコーヒー栽培は森林栽培が最適だと思います。

また、台風では塩害も考えないといけません。
海抜80m、海岸から1kmの我が家からは藍色の太平洋が見えます。
黒潮海流を北上する台風の暴風は東風ですから、
太平洋から吹き付けてくるのですが、
海抜80m、海岸から1kmに位置する丘陵地でも
潮は横殴りに立っていられない勢いで吹き付けてきます。
車は潮で茶色い錆びが広がってしまいます。

東村の諸井清二さんのコーヒー農園は
ヒロ・コーヒーから県道70号線を約10km南下した右側の丘陵にあり、
海側に傾斜した地形で海が見えていたので、
私の住んでいるところとかなり似ている環境ですが、
ここも10年以上前の台風で壊滅しています。
(ここでは防風対策がほとんどされていなかったこともありますけど)

コーヒーにも耐塩性の品種がありそうですが、
現段階ではまだ入手出来ていません。
沖縄のニューワールドでいうと、
1号は塩害にも弱いけど、生育にも時間がかかる。
生長に時間がかかるのは故国ブラジルでも同じ。
ようやく収穫期を迎えたかと思うと、その後数年で枯れ始める。
2号はアマレロ.(Amarero)、ポルトガル語で「黄色」、
つまり黄色い実が成るのですが、これも塩害に弱い。
1号に比べると沖縄向き。ただこれも長寿にはならない。

「ニューワールド系は塩害を受けやすい」
ということは沿岸での栽培には不向きといえます。
コーヒー山は海岸から約5kmも離れているので、塩害はありません。
また、ニューワールド系は中米品種などに植え替えています。

私の住む集落の古老は
「東海岸で柑橘類果樹がほとんど栽培されないのは、台風の暴風のため。
 柑橘類は西海岸で盛んなのはそのため」

と言われました。
台風銀座の沖縄で、コーヒー栽培をしようと決意したら、
「どう売るか」
ではなく、
「台風と向き合い、コーヒーが長く元気に生育出来る場所」
を確保し、
同時に
「その土壌に向く品種探し」
が必要で、
さらに
「10年以上辛抱する不退転の覚悟」
が要るとなると、
私のように世俗を離れたボヘミアン的生活をするのも
止むを得ないことなのです。

長らくお休みしてご免なさい。

ヤンバルクイナの餌付け201405-1.JPG
 我が家の台所を出た庭のブロック塀の向こう側に
 コーヒー苗木を定植してあります。
 (小さな支柱があるところ)
 見にくい画像ですみません。


ヤンバルクイナの餌付け201405-2.JPG
 コーヒー苗木を定植したあたりは、
 出来るだけ自然な環境にしたいために落ち葉を撒くのですが、
 国の天然記念物ヤンバルクイナが毎日、
 出没するようになりました。
 おそらく虫やミミズを食べに来るのだと思います。
 あわてて撮影したのでピンボケになってしまいました。


ヤンバルクイナの餌付け201405-3.JPG
 最初の頃は人の気配を感じ取っただけで、
 警戒してすぐに逃げ去っていた彼(彼女?)ですが、
 最近はブロック塀を歩いたり、私を見ても様子を伺い、
 逃げなくなって、仲間を連れてくるようになりました。
>
posted by COFFEE CHERRY at 09:45| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月25日

マルハニチロ系のマラチオン混入事件は「木を見て森を見ず」〜3-2

今日も長いダラダラ話なので、
見たくない人は早く退散して下さい。

マルハニチロホールディングスの子会社
「アクリフーズ」群馬工場で製造した冷凍食品から
農薬「マラチオン」が検出された中毒事件は、
群馬県警が、ついに関与したと思われる工場契約社員を特定し、
偽計業務妨害容疑で逮捕する方針を固めたようです。

同社の発表によると、1月20日の時点で、
同社群馬工場生産品対象商品数(想定)640万パックに対し、
回収数は、消費者からの返品が39万9247パックと
同社倉庫に返品済みの流通在庫509万7048パックで、
合計549万6295パック、つまり回収率は「85.9%」に上っています。
(消費者からの問い合わせは、累計95万4713件)

厚生労働省の1月21日の発表によると、
アクリフーズ群馬工場の冷凍食品による
健康被害が疑われる症状の発生件数は、
全国の自治体より公表された資料を取りまとめた累計件数は
「全国で2799件」
だそうですが、
返品回収率が高まったことで、
今後の被害の拡大は、それほど心配しなくても良さそうですね。

アクリフーズは、
「卑劣な犯人が意図的に農薬を混入した」
と、
いわば被害者といわんばかりの態度をとっているように見受けられますが、
同社は消費者からの最初の苦情を把握してから
商品回収の公表まで1か月半も要して
それが被害を拡大させてしまったことは見過ごせません。

被害を過少申告し、商品回収を避けようとする姿勢は
カネボウ化粧品(東京)の美白化粧品による白斑(はくはん)被害問題と同類で、
消費者第一といいながら、実際は利益第一主義だったのですから。

アクリフーズの企業理念は、
「アクリフーズが社会に存在する価値は何か。
 社会的使命、存在意義を定義しました。
 アクリフーズは、「食べる」場面で、
 お客様に美味しい、楽しい、嬉しい、すごいの感動を味わって頂くために、
 冷凍食品の限りない可能性を追求し、
 皆さまの明るく味わい豊かで、安全な食生活に貢献しています」

と冒頭にあり、
その後、
 ・食の感動をひろげる
 ・食の可能性をひろげる
 ・食の安心、安全をひろげる

が書かれています。

最後の「食の安心、安全をひろげる」では以下のように書かれています。
 何よりも身体に良いもの、安心で安全なものを提供することが、
 私たちアクリフーズの最も大切な社会的使命です。
 素材から生産、そしてお客様の口にお運びいただくまで、
 「アクリフーズなら大丈夫」と信頼される揺るぎない食品ブランドになるよう、
 努める所存です。


この立派な理念の通りなら、最初の苦情があった時に、
すぐに調査をして回収を指示していたはずです。

アクリフーズのHPによると
4年前の平成21年にISO22000の認証を取得しています。
ISO22000はISOの食品安全マネジメントシステムの規格で
この規格には
 ・緊急事態対応
 ・トレーサビリティシステム
 ・回収
 ・HACCP

等のシステムを包含していますが、
ISOではハインリッヒの法則を全社員に周知徹底教育されますから
(1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、
 その背景には300の異常が存在する)
それが最も認識していなければならないはずの
経営幹部が欠如していたことになるのです。

もう7年前になりますが、
 ・2007年1月 不二家が消費期限切れの原料を使っていた(JAS法違反)
 ・2007年6月 ミートホープが牛ひき肉の偽装表示(JAS法違反)
 ・2007年8月 石屋製菓が「白い恋人」などの賞味期限を改ざん(JAS法違反)
 ・2007年10月 赤福が消費期限の改ざん(JAS法違反)
 ・2007年10月 比内鶏の産地偽装(JAS法違反)
 ・2007年11月 船場吉兆の原産地表示違反、消費期限改ざん(不正競争防止法違反)

があり、
不二家や赤福はISO認証の立派な老舗で、永く
「消費者に愛されてきた銘菓」
を作り続けてきた企業であるにもかかわらず、
経営幹部の意識改革がなければ、
羊頭狗肉(ようとうくにく)、看板に偽りありと、
かえって不信を買うことになるのです。

立派な会社の社長室には、
仰々しく企業理念や社訓などが額縁に入れられて掲げられていますが、
いくらそれを暗唱したところで、それを遵守出来ないなら、
それは過去の遺物、化石に他なりません。
草葉の陰で創業者は泣いていることでしょう。

昨年、大阪の新阪急ホテルから始まった食品偽装でも
ホテル
 ・大阪新阪急ホテル
 ・ザ・リッツ・カールトン大阪
 ・シェラトン 都ホテル大阪
 ・天王寺都ホテル
 ・大阪国際交流センターホテル
 ・宝塚ホテル
 ・ウェスティン 都ホテル京都
 ・名鉄グランドホテル
 ・帝国ホテル
 ・ホテルオークラ
 ・椿山荘
 ・ハイアットリージェンシー東京
 ・都ホテル ニューアルカイック
 ・沖縄都ホテル
 ・奈良万葉若草の宿三笠
 ・大和屋本店旅館
 ・山のホテル
 ・箱根ハイランドホテル
 ・宮崎フェニックスリゾート シーガイア
 …


百貨店
 ・高島屋
 ・三越伊勢丹
 ・大丸松坂屋
 ・小田急百貨店
 ・そごう西武
 ・東武百貨店
 ・東急百貨店
 ・松屋
 ・丸井
 ・京王百貨店
 ・銀座三越
 …


日本を代表するホテルや百貨店、レストランなどが、
次々と偽装表示を公表しました。
(懲りない不二家は2007年の不祥事に続き、レストラン63店で、
 小さい牛肉を接着したステーキを「成形肉」と表示せずに提供しています)

一流の「お・も・て・な・し」をしているはずの立派なホテルや百貨店、大企業や
老舗、ISO認証企業などが食品偽装するようでは、
消費者は何を信じていいのか判らない、情けない時代になり下がり、
同時に、企業CMに惑わされることなく、
消費者がますます賢くなければいけない時代に入った、といえそうです。

白い恋人や赤福の2007年の食品偽装の、
さらに7年前の2000年(平成12年)3月、
雪印乳業大樹工場(北海道)で停電事故が起き、
脱脂粉乳の原料が高温のまま放置されたことで
黄色ブドウ球菌の毒素が大量発生。
この原料を再溶解した低脂肪乳などを同社大阪工場が原料として
乳児用粉ミルク「メガミルク」を製造、出荷し、
6月には最初の食中毒患者の届け出が保健所にありましたが、
雪印乳業(株)は事件直後の対応に手間取り、
商品の回収や消費者への告知に時間を要したため、
被害は13,420人に及んでしまいました。

その波紋が治まらない、2年後の2002年(平成14年)1月、
雪印乳業の子会社・雪印食品の牛肉偽装による交付金不正受給が発覚し、
親会社の雪印乳業は廃業・解散に至ったのですが、
そのグループ子会社として分社化していたのが雪印冷凍食品で、
「雪印の名前が社名にあると再建の足手まとい」
とばかりに、
2002年10月に「株式会社アクリフーズ」に社名を変更し、
2003年にニチロ(現マルハニチロ)に買収されて
アクリフーズは現在に至っているのです。
私は当初agricultureから「アグリフーズ」と社名を名付けたと思っていたのですが、
「アクリフーズ」なんですね。

社名はコロコロ変わっても、悪しき伝統はしっかり受け継いでいたことが
今回の被害を拡大させた主因といわれてもしょうがないのです。

同社は茨城県邑楽(おうら)郡大泉町、
地図で見ると埼玉県行田市の北、群馬県足利市の南、
栃木県佐野市の南西(佐野市というと西さんのご自宅があるところですね)に位置して、
太平洋戦争前、陸軍の九七式戦闘機や四式戦闘機「疾風」、一式戦闘機「隼」など
終戦までに計2万9925機の航空機を生産した中島飛行機があった軍事産業の拠点地で、
(三菱が設計した零戦の全体の約2/3も中島飛行機が生産)
それが戦後、三洋電機や富士重工業の工場になったようです。

大泉町にはアクリフーズの他に、
富士重工業大泉工場や味の素冷凍食品関東工場、
三洋電機東京製作所、凸版印刷群馬工場など大手の工場があり、
ブラジルやペリー出身の日系人も多く、
町の全人口の約15%近くが日系人が占めているようです。

三洋電機では最盛期は1万人以上の従業員を抱え、
年間数億円の法人税を納入していたようですが、
三洋の業績不振とともに工場の雇用環境も悪化し、
三洋は2009年(平成21年)パナソニックに買収されて以降、
昨年2013年5月には旧三洋の人員9割を削減するリストラ計画が発表されました。

企業城下町は、その企業が発展している時は好景気に沸きますが、
衰退期はOK牧場の決闘シーンの砂ぼこりが舞うような、
平家物語の冒頭部分、
 祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
 娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらは(わ)す。
 おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
 たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。

を感じてしまいます。
企業城下町は全国にありますが、
千葉県浦安市のオリエンタルランドのように
勢いがある企業があればいいですけどね。

アクリフーズの現在の従業員は294人、
その雇用形態は約8割がパートと嘱託(半年更新の期間工)で、
同社は中国山東省にも生産拠点があり、
そこから派遣された中国人研修生も含め外国人は11人だそうです。

朝5時〜23時の交代制、月給基本給14万2000円、
大手の工場の作業風景は、チャップリンの映画で、
機械に操られ人間の尊厳が失われるという「モダン・タイムス」を
私は連想してしまいます。
チャップリンが機械工になり、ネジを締める単調な作業ばかりすることで、
休憩中もその癖が治らず、上司の鼻や社長秘書のスカートのボタンを締めようとしたり、
道行く女性の服のボタンを締めようとしたりして病院に送られ、
工場はクビになる、という場面を。

アクリフーズ群馬工場では、現在生産ラインはストップ、
従業員は返品回収された商品の検査業務をしているようです。

経営幹部は保身を考え、しわ寄せは従業員に回る、という
いつもながらの構図ですね。
アクリフーズの夕張工場の製品からは異物の混入は見つかっていないのですが、
同社製冷凍食品の販売不振に伴い、
夕張工場でも減産と従業員の自宅待機も始まっているようです。

ところで、PB(プライベートブランド)商品というと、
ナショナルブランドとほぼ同品質の製品を、
より安価に仕入れることが出来て利益率が高まるために、
大手のスーパーやコンビニ、家電やホームセンター、ディスカウントストアなど
あらゆる分野で見かけるようになりましたが、
例えばセブンイレブンのPB商品「セブンプレミアム」は
必ず製造業社名入りになっています。
「誰が作ったか分からないのではお客様の信頼は得づらい」
という考え方なんですね。

「そんなの当たり前でしょう」
と思われるでしょうけど、
「安全・安心」を売りにしているイオンや西友などのPB商品の裏には
製造会社名が記されていないのです。

今回のアクリフーズ冷凍商品の回収に際しても、消費者の多くは、
PB商品も返品回収対象だとしたら、
製造会社名が記されていないと判りようがないですよね。
PB商品の製造会社の明記義務付けも
法の改正をすべきだと思います。

昨年の食品偽装では、
クマエビを「車海老」、バナメイエビを「芝海老」、
インドエビを「大正海老」と表記していたことも
消費者を欺いたのだから立派な詐欺だと思いますが、
まだメスを入れていない食材があるのです。
それは「お米」です。

魚沼産コシヒカリが、魚沼地区の生産量の数十倍が
全国に出回っているのは有名な話ですよね。

ブレンド米には内訳表示が法的に義務化されていないことで、
ブレンドした米の産地や生産年もきちんと表示しなくていいというのですから、
本来食用には向かない加工米や超古米などをブレンドしても
合法的に「国産米」として出荷出来てしまうのです。

日本人の主食のお米偽装は、根が深く歴史も長く、
いわばパンドラの箱なのです。

こうしたなか、存在感の薄い消費者庁は、来月から半年ほどの間、
食品表示の監視を担当する農林水産省の食品表示Gメンと、
お米の産地表示を監視する米穀流通監視官の合わせた約200人に、
消費者庁の職員を兼務させて、
外食のメニューについても監視させることにしたようです。

食品表示Gメンたちが、
「違反の疑いがあるケースを見つけた場合は、
 消費者庁が立ち入り検査をするなど必要な調査を行った上で、
 再発防止を命令するなどの措置を取る」
というのですが、
結果は期待薄でしょう。
こういうことは昨年の食品偽装前にやっておくべきことだからです。

沖縄のコーヒー栽培でも、
「実物見本を見せて注文を取り、実際に消費者に渡すのはニセモノ」
という古典的な詐欺の手口をするところがあり、
純粋に沖縄産を目指す生産者からすると大迷惑なところがまだあるのです。
くわばらくわばら。
posted by COFFEE CHERRY at 17:41| 沖縄 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月19日

童話から学習するA3−3

ようやく童話の最終回の3回目ですが、何かと慌ただしく、
遅れに遅れて師走に入ってしまいました。

私のコーヒーブログは、
本当は栽培日誌的に書きたいのですが、
最近は道を外れています。
今日もダラダラと長いので、
興味のない方は、どんどん飛ばしてください。

前回から日数が開き過ぎてしまったので、
もう一度「花咲爺」の歌詞を想い出してみましょう。

花咲爺
作詞・石原和三郎  作曲・田村虎蔵

 うらのはたけで、ポチがなく、
 しょうじきじいさん、ほったれば、
 おおばん、こばんが、
     ザクザクザクザク。

 いじわるじいさん、ポチかりて、
 うらのはたけを、ほったれば、
 かわらや、せとかけ
      ガラガラガラガラ。


  しょうじきじいさん、うすほって、
  それで、もちを ついたれば、
  またぞろこばんが、
      ザクザクザクザク。

  いじわるじいさん、うすかりて、
  それで、もちを ついたれば、
  またぞろかいがら、
     ガラガラガラガラ。


  しょうじきじいさん、はいまけば、
  はなは、さいた かれえだに、
  ほうびはたくさん、
      おくらにいっぱい。

  いじわるじいさん、はいまけば、
  とのさまの、めに それがいり、
  とうとうろうやに、
      つながれました。


この「花咲爺」の六番までの歌詞について、
一番と二番、三番と四番、五番と六番と
二番ずつの構成に分けていたので、
今回の第3幕は、歌詞でいう五番と六番の部分に当たります。

花咲爺の第2幕は、
意地悪爺さんが怒って臼を燃やしてしまうところで終わったので、
今日の第3幕のあらすじは、
やさしいお爺さんは、
犬の化身である臼を燃やした灰を返してもらい
大事に供養しようとするのですが、
再び犬が夢枕に出てきて、
「桜の枯れ木に灰を撒いてほしい」
とお爺さんに頼みます。
その言葉に従って灰を撒いたところ、枯れ木に花が満開に咲き、
たまたま通りがかった殿様がそれを見て感動し、
やさしいお爺さんを褒めて、たくさんの褒美を与えるのです。
このときのセリフが、あまりにも有名な「枯れ木に花を咲かせましょう」ですね。
それを見ていた隣の意地悪爺さんが、
またまたその真似をして枯れ木に灰を撒くのですが、
花が咲くどころか殿様の目に灰が入ってしまい、
怒った殿様に牢屋に入れられてしまう。

という、
「花咲爺」の物語の、いわばハイライトの場面であり、
農業的にも最も考えさせられる場面でもあるのです。

やさしいお爺さんが撒いた灰は、
愛犬の化身というべき臼を燃やした灰ですから
草木灰(そうもくばい)になります。

草木灰の主要成分は、
根の発育を促進するため「根肥」といわれ、
植物の生理作用を円滑に行う働きをして生長促進をはかり、
病気や寒さなどに対する抵抗力をつける作用があるK(カリウム)や、
開花・結実に役立つため「実肥(花肥)」とよばれるP(リン酸)、
光合成をする葉緑体の構成成分として不可欠のMG(マグネシウム)、
細胞と細胞とを強固に結びつける働きや、根の正常な発育を促し、
また土壌酸度を調整するCa(カルシウム)、
植物体中の酸化・還元や生長の調整などの整理作用に関与するS(硫黄)、
葉緑素ができる過程で欠かせない鉄、
葉緑素やビタミンの合成に関わるマンガン、
新芽や根の生育を促進するホウ酸、
新しい葉を作るのに役立つ亜鉛、
葉緑素をつくる銅などが含まれている立派な有益な肥料なのです。

枝葉のたき火後20131203.JPG
 背丈くらいに積み上げた枝葉を焼き、草木灰をつくります。
 要するに、ふつうの「たき火」です。
 私の三重県の実家では、
 お茶や米、野菜などを栽培する農家でしたが、
 草木灰やもみ殻燻炭、卵の殻、ワラなどを多用する有機農法でしたから、
 私も化学肥料は使わない農法に徹していて、
 コーヒー山やバナナ園では草木灰も、もちろん使っています。
 画像のように白い灰は、高温になりすぎたのかも。
 白い灰は効き目が薄いといわれていますから、
 このたき火は勢いよく燃えすぎて、ちょっと失敗かも。


枝葉のたき火20131104.JPG
 先月のたき火画像です。
 こういう感じで、木の原形が残るような燃え方の方が
 草木灰としての効果があるそうです。
 現状の草木灰の使い方は、完熟豚糞と混ぜて
 コーヒーの木の幹の周りに撒いています。
 その中には粉炭も入れています。


童話・花咲爺の物語では、
やさしいお爺さんだけでなく、意地悪爺さんも灰を撒いているのですが、
やさしいお爺さんは効果があり、
意地悪な爺さんは逆効果になっていますよね。

これは撒く時期や撒き方の教訓を説いているような気がします。

栄養剤や栄養ドリンク、サプリメント、薬など、
人は元気で健康な時には、こういうのはふつう飲まないですよね。
忘年会や新年会でお腹が一杯の時に
消化剤を飲むことはあるでしょうけど、
そんな時に栄養剤は飲まないでしょう。
そう考えると、施肥もいつでもOKではなく、
撒く時期や、撒く量、撒き方の適否があるはずです。
例えば、出産後、
「産後の肥立が良い」とか「悪い」
という言葉を聞いたことがあると思いますが、
「産後の肥立ち」
とは、ご存じのように
「妊娠や出産を終えた女性の身体が日を追うごとに健康を回復すること」
を意味してます。

果樹に置き換えると、
子孫である実(タネ)を付けて完熟期を迎えた頃が“出産”に相当し、
木はヘトヘトになって、回復のための滋養強壮が必要になるといえるはずです。

また、意地悪爺さんは、
「灰をただ撒いた」
ということも考えられます。
草木灰はまとめて地面に置くと泥状に固まったり、雨で流れてしまうこともあるので、
土に鋤(す)くのが一般的です。

また、
「臼を焼いて草木灰を撒いた」
ことを広義にとらえて、
古来から行われている焼き畑農業を考えてみると、
昨年だったか、NHKBSの
「マメの木が森を救う!」
という番組を興味深く観たことを想い出します。

ケンブリッジ大学の熱帯生態学者マイク・ハンズ博士が
永年焼畑農業の研究をした結果、
「焼畑により土地が痩せる」
というのです。

ハンズ氏は、焼畑農法を「破壊的」として、
より「建設的」な農法への転換を提唱していました。

焼畑とは、文字通り森林を焼いて畑を作ることですが、
「森を焼いたその年の農産物の収量は上がるのだけど、
翌年以降は収量が落ちてゆき、いずれその土地は作物が育たなくなる」
というのです。

なぜ、
「作物が育たなくなるのか?」
というと、
ハンズ氏が言うには、
「焼畑により、土中のリンが不足してしまう」
からだと。

「リン」は、前述していますが、
農業肥料の三大要素「窒素・リン酸・カリウム」の1つで、
「花肥」「実肥」とも呼ばれるように、
花を咲かせ、実を実らせるのには、欠くことのできない栄養分で、
焼畑は、その貴重な「リン」を失ってしまうだけでなく、
「土そのもの」も流出してしまうことも問題なのだと。

森林には、地面を強い直射日光から守る「サンシェード」のような役割があり、
森林の覆いがなくなってしまうと、地面は乾きやすくなり、
乾いた土は風に飛ばされやすくなってしまい、
降雨時も、樹木のワンクッションが失われ、雨水は地面を直撃し、
表土が流れやすくなってしまう、というのです。

そのため、ハンズ氏は
「地球上でもっとも持続的で生産性の高い生態系である森に学ぶべき」
と言い、
それらの問題点を解決しようと提唱するのが、
森林の仕組みを再現する
「アレイ・クロッピング(Array cropping)」
という農法で、
番組ではホンジュラスで実践中のようでした。

「アレイ」とは、「列」を意味し、
「マメ科の樹(インガ)を列上に植えておき、その木の間で農作物を育てるという方法」
が効果的な農法だというのです。
私としては、このへんからちょっと違和感が…。

ハンズ氏は、
・マメ科植物が窒素を固定して肥料にするだけでなく、
 樹から落ちた葉もそのまま養分として農作物の成長を促す。
・インガがある程度大きく成長したら、地上に光が届くようにするために
 一定の高さで剪定し、枝を刈り取るため、燃料として薪を確保することもできる。

と、
唱歌「故郷(ふるさと)」の歌詞、
「うさぎ追いしかの山 こぶな釣りしかの川 夢はいまも巡りて 忘れがたきふるさと」
のような、
日本の田舎の里山で行われていたことを想い出させるような理にかなった方法で、
この農法だと、従来のように次々に畑を移動させる必要もなく、
固定した一定の土地を畑として毎年利用できるというメリットが生じる、
というのです。

「同じ場所で焼畑を繰り返すからリンが不足する」
ことは正論でしょうが、
「畑を焼かなくとも同じ農産物ばかり作れば、連作で有効成分は微減する」
こともいえるはずです。

要するに
「アレイ・クロッピング農法はアグロフォレストリー(森林栽培)の手法の一つ」
というだけで、
この農法より中南米の中小零細規模で行われているアグロフォレストリーの方が
私としては参考にしたいと思います。
第一「インガ」というマメ科植物が
ホンジュラスでは元気に生育するかもしれませんが、
沖縄のやんばるに向くのかどうか、
苗木の入手方法だって判りません。

沖縄にもマメ科植物は
・デイゴ
・ホウオウボク
・カエンボク
・センナ
・ソウシジュ
・ハギ
・ツル植物のカズラ系

など多くあり、
コーヒー山に自生している在来系マメ科植物を中心に
アレロパシーを考慮して植えればいいので、
「インガが世界を救う」
わけではないと思います。
その土地にあったやり方をすればいいのです。

コーヒー山はやんばるの中心あたりだし、
村有林や国有林だって近くにあるので、
まさかコーヒー山の中でたき火をするわけにはいきませんから、
我が家のバナナ園前で焼いた草木灰をコーヒー山に持ってきて撒く、
という方法を行っています。

前述のハンズ氏の焼畑研究からすると、
意地悪爺さんは、
「同じ場所で毎年のように焼畑を続けたことで
 リン酸などが減少し、荒地になってしまった」

ということなのかもしれません。

「スパイラル」
は、意地悪爺さんのような悪循環からすると“負”ですが、
やさしいお爺さんのように、
計画や行い次第では“良”もある、
ということを教える戒めなんですね。


Wikipediaの「花咲か爺」を検索すると、
その「解釈」欄の後半には、
「この話の花を咲かせるモチーフは中世末以降、
 千手観音の信仰を背景として民間に普及した
 「枯れ木に花を」のたとえの形象化であると言われる。」

と記してありますが、
これをもう少し補足すると、
江戸時代初期の「竹斎(ちくさい)物語」という仮名草紙小説に
それが書かれているのです。

この小説の成立が1621年(元和7年)といいますから、
江戸幕府第2代将軍秀忠時代の後期、
・1615年(元和元年)に大坂夏の陣、豊臣氏滅亡、
・1616年(元和2年)に家康が75歳で死去、
・1618年(元和4年)家光乳母のお福(=春日局)が大奥法度(はっと)を定める
・1623年(寛永元年)家光が第3代将軍になる

だいたいそのあたりの頃です。

江戸時代後期に、
十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の作で、有名な
「東海道中膝栗毛」
という滑稽本が大ベストセラーになりました。
ひょうきんな弥次郎兵衛と喜多八が、
江戸品川を振り出しに東海道を下り、伊勢参りをすませて、
京都大阪を見物するという道中もので、
弥次喜多珍道中としても知られていますが、
この初刷りが、
「1802年(享和2年)から1814年(文化11年)にかけて」
といわれていますから、
「竹斎(ちくさい)物語」
は、
東海道中膝栗毛から180年以上前の滑稽文学になるのです。
十返舎一九も、「竹斎物語」から
かなり刺激を受けていると判ります。

「竹斎物語」の著者は、
伊勢松坂生まれの医師・富山道冶(とみやま どうや)、
私は三重県出身ですが聞いたことがない名前です。
藪(やぶ)医師竹斎(ちくさい)を主人公にした諸国遍歴の物語です。
仮名草子2巻2冊で、
主人公のやぶくすし竹斎(ちくさい)が都で食い詰め,
睨(にら)み之介という下僕をつれて
東海道を京から名古屋を経て江戸に下る道中の名所旧跡の見聞や失敗談を、
狂歌などを交えて滑稽に描いていて、
現代の腕の悪い医者を指す、
「ヤブ医者」
の起源でもあるそうです。

この小説は、
天下泰平にして、峰の松も平かに、
徳川松平の御代も慶び長き、慶長の頃、
世の中は平和にして治まりぬ。
その頃、山城の国にヤブ医者の竹斎という一風変わった瘦せ法師がおった。
貧に窮す故、何事も心に叶わず、
自然と自堕落な身形となり医者の十徳もヨレヨレに汚れ
病家からのお呼びも儘ならず。
「げにや家、貧にしては親知乏しく賤しき身には人も疎ましいものにやあらん」
と、芦刈の謡曲にも謠(うた)えり。
然る様にては都に住めども益もなし。
論語の教えにもあるように、賢きより賢からんとするには色を変えよ、とある。
繁盛する医者の上をゆくにはその方法を変えねばなるまい。
ここは一番、都を打ち捨てて田舎へ下ろうと思い立つ。
さても、恨の介ならぬ、睨の介なる用心棒を呼び寄せて、
汝も承知の様に我は天下一の藪医者を任ずるも、
なにせ病者も寄りつかぬ故、この上は諸国をめぐり歩いて
心の赴くままに住まいしようぞ、との存念なるが、
そなたの存念は如何に?と問わば、げにも仰せの通り、
かかる憂き都を捨て、田舎へ下り、心の赴くままの所で暮らすべきなり。
この睨の介もいづくまでも、御供いたしましょうぞ、と申されけり。

と、始まります。

この物語の後編2巻目の始めのあたりに、
千手観音の記述が出てきます。

睨みの介の申しける、田舎へ下るつもりなら、
ぐずぐずしても何かせん、急ぎ御下り召されよと、
三條大橋打ち渡り、良き病者の粟(会わ)田口、
病を問へば関(咳)寺の小町鐘突く、
つくつくと寝られぬ程に後より、
医者を大津の浦に来て病者の色を三井(見い)寺の左の脈は比叡(ひえ)の山、
伝教大師の御歌を思い出してやかくばかり。

あぬくたらさんみゃくぼだいの病者達、
我が行先に冥加をばあらせ給へと手をとりて、
みぎり(右)の脈はかすかにて、
如何にも堅き石山の寺の本尊千の手の千手観音尊しや、
誓いを聞くも有難く、枯れ木に花と聞くにつけ、療治の甲斐もありたれば、

何とし、信楽壺の中、ねりねり薬取りいだし、
飲めば心も潔く(いさぎよく)、命も長き瀬田の橋、病も泡と消えゆかん。

粟津が原を打ち渡り、睨みの介と竹斎は主従二騎にて過ぎ行けば、
今井の四郎兼平に少し姿は鳰(似お)の海、
舟は数々浮かべども御足無ければ乗せもせず、
海原遠く出船の漕がれて物を思はする、
余りの事の悲しさに睨みの介は一首とぞ、詠じけりとて哀れなり、
   弓張の月の入るより川岸を早く離るる矢橋舟かな
あたりの舟子、これを聞き、
優しの人の云いごとや、御足無くとも乗り召されよとて、
返し歌
   津の国の難波入江の舟ならば御足無くとも只乗はせめ
誠に歌さへ鄙びたり、舟人こぞりて泣きにけり、


と書かれているように、この時代では、
「千手観音の徳度は枯れ木にも花を咲かせるほど」
と言い伝えられていたようです。

それで、花咲爺では
「枯れ木に花を咲かせましょう」
と。
童話でも、調べるとなかなか奥が深いです。

海竜祭の夜.JPG
 諸星大二郎氏の「妖怪ハンター」シリーズの「海竜祭の夜」にも
 「花咲爺論 序説」があることを知り、本を知人から借りました。
 諸星氏は考古学や歴史学の史料まで使い、
 豊富な知識に支えられた奇抜な発想をするSF・伝奇漫画家です。
 私の子供時代の週間少女フレンドの、
 楳図かずお「ヘビ女」、望月あきら「サインはV」、手塚治虫「リボンの騎士」、
 少年画報の「まぼろし探偵」、「さるとび佐助」、「赤胴鈴之助」、「黄金バット」…、
 そういった昔の少年少女雑誌風の、懐かしい泥臭い絵柄で描かれています。


「妖怪ハンター」の主人公は、稗田(ひえだ)礼二郎という
イケメン考古学者で、妖怪バスターでもあるようです。
古事記の編纂者の一人、稗田阿礼(ひえだのあれ)をもじったネーミングなのでしょう。
「花咲爺論 序説」は以下のような論法です。

「花咲爺」は、もともと焼畑農耕民の間の伝承で、
日本でも焼畑の行われていた縄文中期から、
すでに言い伝えられていている。
灰を撒いて枯れ木に花を咲かすのは、
山林を焼いた灰による生命力の復活であり、
焼畑は何年かの周期で、最初の土地に戻ってきて
また火をいれて畑にする。
欲深い爺さんに殺された犬の墓に生えた木から臼を作ると、
その臼がまた金銀を生むが、
動物から植物の変身、
農具である臼が金銀を生むというのは豊穣を意味している。
動物を殺すことによって、その生命力が植物に転化し豊穣をもたらすのは、
大地に対して、ある種の供養が行われていた古代の儀礼の名残りで、
犬が代用される前は、人間が人身御供(ひとみごくう、神への生贄)であった。


うーん、こじつけが多いように感じて、説得力があるようで無い、
ちょっと違うような気がします。

これなら、前回の最後のあたりに書いた、
民俗学で「花咲じじい」の祖型といわれる、
中国の雲南省東部の、犬を主人公とする民話
「狗耕田(くこうでん)」
の方が、
より花咲爺の物語に近いような気がします。


童話も、子供の頃は誰でも読んだと思いますが、
その後見向きもしなくなり、そのうち関心もなくなり、
「たかが童話」
ですが、
改めて花咲爺を読み直すと、
灰を撒くことが農業的に効果があり、
物語では方や成功、一方では失敗という対比になっていることも、
私のように数えきれないほど失敗を積み重ねてきた立場からすると、
花咲爺は、なかなか考えさせられるところが多く、
「されど童話」
なのです。

亜熱帯の沖縄ですからコーヒー栽培は露地栽培でも可能ですが、
土壌や台風銀座であることも含めた気候環境なども鑑(かんが)みると、
単純に
「苗木を生育させて、やがて開花し、実が出来た、万歳」
というのでは、
「ただ植えただけ、ただ実が出来ただけ」
で、
「品質的に本当に良い実かどうか」
というのは、また別の次元の話になるはずです。
何を、どこをゴールに考えるのか。

そう考えると、コーヒー栽培も
「されどコーヒー」
なのです。


犬と農耕の話も書こうかと思いましたが、
さらに長くなるので、それはまた機会があった時にでも。
posted by COFFEE CHERRY at 12:51| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月01日

童話から学習するA3−2

今日は
「花咲じじい」
の第2話についてお話しましょう。
当ブログでは、こういった
本来のコーヒー栽培から少し外れた内容が多いので、
嫌いな方はどんどん飛ばして下さい。

「花咲爺」の歌は、
私は幼稚園に行かなかったので(過疎で保育園や幼稚園が無い)
たしか小学校の音楽の授業で習ったと思うのですけど、
歌詞やメロディは今でもよく覚えていますが、
この歌は1901(明治34)年に発表された古い曲で
現在まで歌い継がれてきていたのです。

私が「花咲じじい」のSTORYを3幕に分けたのは、
「幼年唱歌(初の下)」に発表された、この
「花咲爺」
の歌詞から、単純に3つに分けただけなのです。



花咲爺
作詞・石原和三郎  作曲・田村虎蔵

  うらのはたけで、ポチがなく、
  しょうじきじいさん、ほったれば、
  おおばん、こばんが、
       ザクザクザクザク。

  いじわるじいさん、ポチかりて、
  うらのはたけを、ほったれば、
  かわらや、せとかけ
       ガラガラガラガラ。

  しょうじきじいさん、うすほって、
  それで、もちを ついたれば、
  またぞろこばんが、
  ザクザクザクザク。

  いじわるじいさん、うすかりて、
  それで、もちを ついたれば、
  またぞろかいがら、
       ガラガラガラガラ。

  しょうじきじいさん、はいまけば、
  はなは、さいた かれえだに、
  ほうびはたくさん、
       おくらにいっぱい。
六、
  いじわるじいさん、はいまけば、
  とのさまの、めに それがいり、
  とうとうろうやに、
       つながれました。

この「花咲爺」の六番までの歌詞で、
一番と二番、三番と四番、五番と六番が
それぞれ正直じいさんと意地悪じいさんの対比になっていますよね。

「幼年唱歌」の「唱歌」というのは、
明治初期から第2次大戦終了時まで、
文部省が編纂した
旧制学校(尋常小学校、高等小学校、国民学校)教育用に作られた歌で、
「幼年唱歌」というのは、
幼稚園向けの童謡という意味のようです。

「花咲爺」は1901(明治34)年、
「幼年唱歌(初編 下巻)」に発表されましたが、
同年には「幼年唱歌(二編 上巻)」には
「うさぎとかめ」「おおやま」、
(二編 下巻)には「牛若丸」が、
この前年の明治33年には
(初編 上巻)に「きんたろう」「ヒライタヒライタ」、
(初編 中巻)に「さるかに」「うらしまたろう」、
明治35年には
(四編 下巻)に「二宮尊徳」が発表されています。

中米品種2年苗木20130930.JPG
 山城先生の2品種が沖縄では広く栽培されていますが、
 画像の中米品種は、これでタネ植えから2年弱と
 山城先生の2品種より1年は成長が早いのです。
 画像の大きさは、もう充分に定植出来る大きさですから、
 「この品種は沖縄では2年で定植出来る」
 ということです。


この明治34年は、
1894年(明治27年)から1895年(明治28年)にかけて行われた日清戦争で
大日本帝国が勝利し、
日露戦争は1904年(明治37年)2月から始まる間の
軍国主義の真っただ中という時期でした。

また、沖縄県からの集団移民では
「沖縄移民の父」と称される金武村出身の當山久三の尽力で
1899 年(明治29年)、30名が那覇港を出帆し、
鹿児島・神戸で横浜に渡り(横浜で3人が検査不合格で下船)、
同年12月30日、チャイナ号(外国船・5,900総トン)で27人が横浜港を出航、
翌年1月8日にオアフ島のホノルル港に到着し、
26人が上陸を許可されました。
(上陸不許可1名の理由は不明)

當山久三は「沖縄の偉人」にも必ず登場します。
彼は、金武の尋常小学校で教師をした後、
上京して移民問題に関心を持ち、
民権運動で活躍する謝花(じゃはな)昇
(県費留学生として学習院、東京山林学校で学ぶ、沖縄の偉人の一人)
とともに政治結社をたちあげるなどして帰郷します。
その後、沖縄の現状を目の当りにし、
移民問題に積極的に取り組み、
当時の県知事・奈良原繁
(薩摩藩出身で生麦事件でリチャードソンに斬りつけたといわれている人、
 知事在任中は行政や商権を鹿児島出身者で固め、
 人頭税などの旧慣温存策の姿勢を緩めず県民は重税と貧困にあえいでいた)
と交渉し、
このハワイへの移民団が実現されたのです。

沖縄県からハワイへの第2回移民は、
その3年余後の1903年(明治36年)に農業自由移民として
40人(県統計上は45人)が送り出され、
この時も當山久三が引率しています。
この時の彼は
「いざ行かむ 我らの家は五大州 誠一つの金武 世界石」
と詠んでいます。

1904年(明治37)になると、ハワイへの移民は増加(262人)し、
また、メキシコとフィリピンへの移民も開始され、
翌1905年(明治38年)には仏領ニューカレドニア島、
(ハワイ移民1,233人)
1906年(明治39年)にはペルー移民、
(ハワイ移民は4,467人、翌年は2,525人)
1908年(明治41年)にはブラジル移民も開始されました。
(タイタニック号が北大西洋上で沈没したのは1912年)

その後、沖縄県から世界各国への移民が継続し、
とくに大正時代から昭和10年代までに大部分が送り出されました。
沖縄県は1960年代まで、移民が常態的に行われています。

沖縄から移民を送り出した背景としては、
1868年の明治維新にともない、それまでの薩摩藩の植民地から
1879年(明治12年)の「琉球処分」で沖縄県が設置されたものの、
琉球王朝時代の古い制度がそのまま残る「旧慣温存政策」が続けられ、
沖縄の近代化は立ち遅れ、農村は重税と貧困にあえいでいる中、
日清戦争後の全国的なインフレや台風などによる影響から飢饉がおこっていたこと。
また第二次世界大戦前までは、
近代的な産業の発達していない、経済的基盤が弱い
将来が暗い沖縄に見切りをつけ、
辛くとも新天地で出直そうと出稼ぎの覚悟を決めたり、
戦後は米軍統治による土地接収などにより生活基盤が破壊されたことなどが
移民への決意の大きな要因なのです。

また、琉球王朝時代からの地割制度の崩壊により土地が私有化され、
農民が土地から解放され、土地を売却あるいは抵当にして、
海外渡航費の捻出が可能になったことや
移民斡旋、や移民指導者の存在、
1898年(明治31年)に沖縄で一般化された徴兵令から
出稼ぎ移民に行くことで徴兵を免れる徴兵忌避、
あるいは渡航先に親族縁者や同胞が居るという安心感も、
移民への要因だったはずです。

また、NHK大河ドラマの新島八重が、
明治30年頃にどうなっていたかというと、
1874年(明治7年)の第2回京都博覧会で、
(前年の第1回で初めて外国人の入京が認められたが、この時はローマ字活字が無かった)
八重が英訳(組版と校正を担当)した英文の京都名所案内が刊行されました。
兄・覚馬を頼って山形県米沢から上京したのが1871年(明治4年)ですから、
その英語力の上達も驚かされます。
1890年(明治23年)1月には新島 襄は病気のため46歳で急逝(八重45歳)、
襄の死後、八重は、襄の門人たちと性格的にそりが合わず、
同志社とは次第に疎遠になります。

襄の死から3か月後には、
八重は日本赤十字社の正社員となり、
1894年(明治27年)から始まった日清戦争では、
広島の陸軍予備病院で4ヵ月間篤志看護婦として従軍し、
40人の看護婦の取締役として、怪我人の看護だけでなく、
看護婦の地位の向上にも努め、その時の功績が認められ、
勲七等宝冠章が授与されています。
皇族以外の女性としては初めて政府より叙勲を受けた
栄誉ある受勲といえましょう。
さらに1904年(明治37年)の日露戦争では、
大阪の陸軍予備病院で2ヶ月間篤志看護婦として従軍し、
その功績で勲六等宝冠章も授与されています。

また、京都府河原町の
新英学校及女紅場(にょこうば、日本で二番目の女学校)で
八重が長井機織教導試補時代に知りあった
当時の茶道教授・13代千宗室(円能斎)の母とのコネで
1894年(明治27年)入門し、
円能斎直門の茶道家として茶道教授の資格を取得、
茶名「新島宗竹」を授かり、京都に女性向けの茶道教室を開き、
裏千家流を広めることに貢献しています。
また女紅場時代の教授には華道家元池坊の当時の家元だった42世池坊専正もいて、
1896年(明治29年)に、専正から「池坊入門」の免状が交付されていることから、
華道の心得も習得していたのです。
会津の誇りや気骨を失わず、洋式砲術を学び、英語も学び、
教育者であり、看護婦で茶道・華道も修め、
八重は本当にタフでパワフルな女性でした。
弱きを挫(くじ)き強きに媚びる、
目立ちたがり屋でパフォーマンス能力だけが優れる
有害な現首相とは比べ物になりません。

そういう情勢下の1901(明治34)年に唱歌「花咲爺」が発表されたのです。

中米品種今春タネ植えした苗木20130930.JPG
 これも中米品種ですが、今春タネ植えした苗木です。
 プランターで発芽させ、先月黒ポリポットに分けました。
 これも従来の沖縄栽培品種より半年以上成長が早いです。
 やはり沖縄の気候環境や土壌への適・不適品種があるということです。
 こういう栽培比較テストの重要性を認識しているのは
 私の知る限り、残念なことですが私以外にはわずか一人だけなのです。



前置きや脱線が多くて、とても読みにくいと思いますが、
毎度毎度申し訳ありません。
さて、今日のテーマ、
「花咲じじい」
の第2幕に移りましょう。
前述の唱歌「花咲爺」の歌詞、三番と四番になります。

家族同然の愛犬を殺されたのに、
「心やさしいお爺さんが淡々と遺体を引き取り、裏庭に埋めるのが不自然」
と思う私は、
まだまだ人間が出来ていない、というのか、
徳が足らないというのか、
まだまだ精進が足りないからでしょう。

私は、この第2幕では、
裏庭に埋められた愛犬の亡骸は、
地中でバクテリアやきのこなどの菌類やミミズなど分解者の働きにより、
最終的には無機物までに分解され、
心やさしいお爺さんが植えた苗木の養分として吸収され、
る物質循環として
木がスクスクと元気に生長する、という
生態系における物質循環や適性施肥の有効性を説いているのだと思います。

臼からザクザクと出てくる宝物は、樹木の様々な恵み、
単に木の実や果実といった天からのご褒美という意味だけではなく、
木材や薪炭、落ち葉(=腐葉土)、
二酸化炭素吸収と酸素供給、
木陰の癒し、風よけなども意味しているように思います。

一方、意地悪爺さんは、というと
またしてもガラクタばかりがザクザクと出てきました。
目先の利得に惑わされ、
肥料過多による肥料焼けなどの悪影響や、
土づくり作業の粗放化による地力低下、
あるいは、手当たり次第に木を切り倒したことで
地面を押さえていた根が枯れ、大雨などで裏山が崩壊、
土砂に襲われるという場面も連想されます。

意地悪爺さんは自らの悪行を省みず、
怒って臼を燃してしまいます。
怪盗ルパンと星一徹を足して2で割ったような
悪辣(あくらつ)ぶりで
こんな人と隣り合わせに住みたくないですね。

花咲爺20131001.JPG
 名護市立図書館で借りた「日本の昔ばなし(U)」。
 花咲爺を含めて全70の昔話が載っています。
 それぞれに言い伝えや伝承民話があったと思うと
 民俗学もなかなか興味深いですね。


「花咲じじい」
のSTORYが確定したのは江戸時代で、
もともとはどういったところから伝承されてきたのか、という学説は、
明治時代の民俗学者・柳田國男説が研究し、
これが基本になっていたようです。

柳田説は、
一寸法師や座敷童などのように
背の低い神や人を「小さ子(ちいさご)」と呼び、
何らかのかたちで福をもたらすとする小さ子信仰が
日本の神話や伝説にあり、
また、灰をまいて雁を取る「雁取り爺」は東北で「犬コムカシ」と呼ばれ、
「川上から流れてきた木の根っこから生まれた犬が狩猟で獲物をもたらす」
という異常誕生の「小さ子」のモチーフを有し、
「花咲じじい」の祖型である、
というのが定説化したようですが、
昭和60年頃に、
当時学習院大学の国文学教授の吉田敦彦・古川のり子らは、
花咲爺伝承について
「ハイヌヴェレ型神話である記紀の
 オオゲツヒメ殺し・ウケモチノカミ殺し神話と同系列の神話」
という新説を発表しました。
ハイヌウェレ型神話とは、聞きなれない言い方ですが、
世界各地に見られる食物起源神話の型式の一つで、
「殺された神の死体から作物が生まれた」
という神話で、
「オオゲツヒメ殺し」
というのは、
横溝正史氏や松本清張氏などの推理サスペンス小説の題名ではなく、
古事記や日本書紀に出てくる神話です。

スサノオは高天原で悪さをして、
「天の岩戸」事件の騒動を起こしたために高天原を追放され、
髭を剃り、爪を切られたとされています。
かくしてスサノオは高天原を追放されますが、
そのスサノオは食事の神であるオオゲツヒメの元へ立ち寄り、食事を要求します。
オオゲツヒメは鼻、口、肛門から様々な食べ物を取り出せるという
まか不思議な能力を持っていて、
それらを綺麗に盛り付けてスサノオの馳走にしようとしました。
スサノオは覗き見でこれを目撃してしまいます。
スサノオは、
「カラダの中から出した汚物を食べさせる気か」
と激怒し、スサノオはオオゲツヒメを斬り殺してしまうのです。
すると、オオゲツヒメの頭からは蚕が、目からは稲が、
耳からは粟が、鼻から小豆が、
陰部からは麦が、肛門からは大豆が発生した、

というのです。

これが
「オオゲツヒメ殺し」
で、吉田・古川説では、
すでに縄文時代に存在していた、
死体から植物が生まれるハイヌヴェレ型神話が
古事記と日本書紀の体系神話に取り入れられ、
その後幾多の時代的変容を遂げながら「花咲じじい」が成立した、
という新しい学説でしたが、
民俗学者の多くは、
「日本国内のこととしては無理が多く、中国の華南においてこそ適当だ」
という認識を持たれているようです。

日本古代史「神話・前節」の最前線20131001.JPG
 名護市立図書館で借りた「日本古代史 神話・伝説の最前線」
 この図書館は蔵書数が少ないので、
 どんどんリクエストすることにしています。
 「一人3冊くらいまでなんですけどねえ」
 と時々言われても気にならなくなりました。


最近の民俗学者の主流は、
古来、犬祖神話や犬と農耕に関わる信仰や習俗の行われてきた
中国の雲南省東部の雲貴(うんき)高原およびその周縁地域に、
犬を主人公とする狗耕田・兄弟分家型説話が特に多く分布しており、
その型の説話が「花咲じじい」の祖型である。
これらは農耕起源神話の系統をひく説話で、
基本的には狗耕田(くこうでん)・兄弟分家説が我が国に伝流し、
隣の爺型パターンをとる花咲じじいとして国内に流布したとみるべきだ、
という考え方が定説になっているようです。

「花咲じじい」の原型といわれる中国の民話「狗耕田(くこうでん)」は、
中国で犬は「狗(く)」なので、
タイトルからすると、
「犬が田を耕す」
という意味ですが、
その内容は、簡略すると以下の通りで
筋書きは兄弟の葛藤になっています。

あるところに兄弟がいました。
父親が死んで遺産を分配することになりました。
強欲な兄は財産のほとんどを奪い、
弟には、一匹の犬と僅かな荒れ地だけが残りました。

弟が引き継いだ犬は、
たいそう働き者(犬)で鋤(すき)を曳いて牛馬のように田を耕し、
そのおかげで弟は食うに困らない富を得ることができました。

それを見ていた兄は、弟から犬を借りて、田んぼを耕さそうとしますが、
犬は働きません。
兄は収穫することができず、税金を取られて財産を(わずかに)失います。
怒った兄は犬を縛り、棒で叩き殺してしまいます。
なかなか帰ってこない犬を探しにきた弟は、
無残に棄てられた犬の死骸を発見して涙を流します。

弟は、その死骸を丁重に葬ってあげたところ、そこから竹が生えました。
弟がその竹を揺すると、金塊・銀塊が雨のように降ってきました。
それを見ていた兄が真似ると、糞尿や、土塊、瓦片が降り、
兄はひどい目に遭ってしまいます。
兄は怒って竹を切り倒してしまいます。

弟は悲観にくれますが、切り倒された竹で弟は籠を作りました。
弟が籠を置いて呪文を唱えると、
獲物(雁などの鳥の卵、魚)が沢山獲れるようになりました。
それを見ていた兄は、また真似をしますが、
呪文がいい加減だったり、間違えた呪文だったため、
採れるのは雁の糞、毒蛇などでした。

怒って兄は、籠を薪にしたため、焼かれて灰になります。
悲しんだ弟は、その灰を畑にまくと、
作物は人の10倍取れるようになり、一生生活に困らない富貴を得ますが、
四度それを真似て、畑に灰をまいた兄は、
どんなに耕しても人の1割しか作物が採れず、
とうとう父親の財産がなくなってしまいました。


この狗耕田(くこうでん)は兄弟、
花咲じじいでは隣の爺型パターンでの対比が描かれていますが、
共に仏教の教え、
「物事の成立には必ず原因と結果がある」
という因果論を根本にしたSTORYです。

悪い結果にも良い結果にも、
そこに必ずそうなるべき原因が先に存在しているというのです。

仏教では、
悪い結果が嫌ならば、悪を生みそうな原因を作らないことが大切で、
この世には偶然という現象は一切無くて、
すべてが原因から起こる必然が起こり、流れて行くのが
この世だというのです。

生命の行為・行動(体、言葉、心でなす三つの行為)には
その結果である果報が生じるとする業論があり、
果報の内容如何により、人の行為を善行と悪行に分け(善因善果・悪因悪果)、
人々に悪行をなさずに善行を積むことを勧めています。

「善因善果」
とは、
よい行いをしていれば、いずれよい結果に報いられるということで、
「悪因悪果」
とは、
悪因は悪い結果をまねく原因、
悪果は悪い報いや結果ですから、
人の行いの善悪に応じて、その報いが現れる因果応報の悪い方が
悪因悪果なのです。

老子の第五十章「天寿を全うするには」の後半には
仏教の因果論の本質を、
「人間の人生・幸・不幸に違いが生じ、運命が分かれるのは、
 その人間の物事への執着具合による」

と表現されています。

「花咲じじい」
は、
単なる童話にとどまらず、
なかなか奥が深く考えさせられます。

次回は最終回の第3幕ですね。

イボイモリ20130930-1.JPG
 昨日コーヒー山で出会ったイボイモリ。
 咬まれる怖さよりも触りたくない感じです。
 彼は沖縄を中心とした南西諸島の湿度の高い森林に生息していて、
 環境省レッドリスト絶滅危惧II類、
 および沖縄県と鹿児島県の天然記念物に指定されています。
 冬にドングリの実を付けるスダジイの根元の地面の穴に居たのを発見しました。
 もちろん撮影後は元の場所に戻しましたよ。
 肉食系で、ミミズや陸棲の巻貝、小昆虫などを食べるようです。


イボイモリ20130930-2.JPG
 イボイモリは正面から見ると可愛く、
 サンショウウオのような感じでしょうか。
 コーヒー山での絶滅危惧種での出会える頻度ランキングとしては、
 (県の天然記念物)オキナワキノボリトカゲと(国の天然記念物)アカヒゲは毎回、
 (国の特別天然記念物)ノグチゲラは、
 往路復路も合わせると年20回前後、
 (国)リュウキュウヤマガメは自宅付近も含めると年5〜10回、
 (国)ケナガネズミは2年前に死骸を見ただけ、
 (国)ヤンバルクイナは自宅の庭の水槽に毎日水浴びをしに来るくらいで
 自宅付近では見ない日はありませんが、
 コーヒー山では鳴き声はするものの姿を見たことは皆無、
 (国)ヤンバルテナガコガネは夜行性で枯れた大木の穴に生息しているらしく、
 密猟者っぽいのは夕方見かけますが、ヤンバルテナガコガネ自体には
 まだ出会ったことはありません。
 また、(県)コノハチョウは飛来しているのは年に10回程度は見かけますが、
 停まって翅を閉じた姿は枯れ葉とそっくりになるので、
 見逃しているのだと思いますが、撮影はゼロです。

posted by COFFEE CHERRY at 23:01| 沖縄 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月18日

童話から学習するA3−1

本土が酷暑やゲリラ豪雨、竜巻、突風といった異常気象に襲われ、
一昨日は台風18号が愛知県から宮城県を縦断し、
あちこちに多くの爪跡を残しました。
沖縄は梅雨明け以降、少雨というより
雨不足の日々が続いていました。

それでも、東シナ海を北東方面に進んだ台風17号(9月3、4日)の影響など
ようやく待望の雨が降るようになり、
草木もひと息つけるようになりました。


さて、「花咲じじい」の話が2カ月も過ぎてしまい、
あの時に考えていたことがうまく書ければいいのですけど…。
長くなりますから、興味のない方は飛ばして下さい。

「花咲じじい」の童話は
日本五大童話の中に君臨する、
あまりにも有名なSTORYですから、
あらすじはカットしますが、
この物語は日本人が大好きな、
典型的な勧善懲悪的なお話なのです。

遠山の金さんが、北町奉行の遠山金四郎景元として
奉行所のお白州で
「証拠を出せ」
「金さんを連れて来い」
と騒ぐ悪党に奉行が桜吹雪を見せつけて
悪党たちがついに観念し
ぬれぎぬの善良な人が救われて事件が無事解決、
めでたしめでたしとなるのは
典型的な勧善懲悪のお話です。

今、流行りのドラマ「半沢直樹」の
「やったらやり返す!10倍返しだ!」
も同様だし、
水戸黄門や暴れん坊将軍、大岡越前、鬼平犯科帳、必殺仕事人、
素浪人月影兵庫、江戸を斬る、破れ傘刀舟、
銭形平次、三匹の侍、子連れ狼、半七捕物帖、
桃太郎侍、八丁堀の七人…、
時代劇ドラマにはそれぞれにお約束な展開とお決まりのセリフがある、
観ていて安心の勧善懲悪ドラマですよね。

映画では忠臣蔵や座頭市だってそうだし、
海外でもロビンフッドやウィリアム・テル、
子供向けのウルトラマン、仮面ライダー、スーパー戦隊や
アニメのアンパンマンや宇宙戦艦ヤマト、ポパイ、鉄人28号だってそうだし、
私が子供の頃にテレビで観た月光仮面やまぼろし探偵、少年ジェット、
ナショナルキッド、七色仮面、赤胴鈴之介、怪傑ハリマオ…、
相棒や科捜研の女、浅見光彦シリーズ…、
こういうのも全部勧善懲悪のお話なのです。

こういった、善良な人や善良な行いが奨励されて、
悪者や悪い行いは懲らしめられる勧善懲悪は、
「目には目を、歯には歯を」のハンムラビ法典や
孔子以降の儒教思想、南宋以降の新儒教・朱子学、
仏教の因果応報思想が基になっていて、
こういった思想が主に朝鮮半島を経由してきたこともあり、
韓国ドラマのトンイやチャングム、チュモンなどの韓流時代劇も
勧善懲悪のSTORYになっているわけです。

こういった日本人が大好きな勧善懲悪ドラマですが、
観終わった時はスッキリするものの、
その後時間の経過とともに、
何となくスッキリ感が低減してしまうものです。
(私だけかも)

とにかくあまりにも完全無欠な美学すぎて
理想を追求する純潔な美学というのか、
「現実との違い」
が心のどこかで増殖してきてしまうのです(私は)。

そのため、ドラマを観るにしても、
ただ観るのではなくて、展開やセリフなど、
「なるほどな」
と思うところは私なりに取り入れるように
ドラマから学習するように心がけているのです。

そのため、童話を見ても
「こういうことを伝えたいんじゃないかな?」
と、つい深読みしがちになり、
難解な「星の王子さま」は読むたびに理解度が増し、
「花咲じじい」では、読むごとに
「これは農業的にかなり奥が深い話なんだな」
と、読むごとに新たな発見が次々に出てくるのです。


前置きが長くなりましたが、
「花咲じじい」のSTORYは展開は
3話のドラマ仕立てになっていると思います。

心やさしい老夫婦が我が子同然に大事に育てた白い犬が、
あるとき畑で「ここ掘れワンワン」と鳴き出し、
お爺さんがそこを掘ると、大判小判がザクザクと出てきて、
老夫婦は喜んで、近所にも振る舞い物をして
意地悪で欲深い隣家の老夫婦がこれをねたみます。
悪辣(あくらつ)な隣家の老夫婦は、
無理やり心やさしい爺さん宅の愛犬を連れ去り、
財宝を探させようと虐待します。
しかし犬が指し示した場所から出てきたのは、
期待はずれのガラクタ(ゲテモノ・妖怪・欠けた瀬戸物)でした。
怒り狂った隣人夫婦は犬を鍬で殴り殺し、
飼い主夫婦にも悪態をつきました。

ここまでを最初の第1話としました。
今日も長くなりそうなので、その第1話についてお話しましょう。
(次回は第2話を)

「我が家の庭や畑、コーヒー山でも
 何でも鑑定団で数百万円も評価されるような
 琉球王朝時代のお宝が出てこないかな?」

「我が家の犬も『ここ掘れワンワン』と鳴けばいいのに、
 探査能力がないのかな?」

と思ったところでしょうがないのですが、
それはともかく、
お爺さんがどんなところを掘ったのかを考えてみましょう。

「裏の畑」
想像すると、
おそらく栗拾いやタケノコが取れ、晩秋には落ち葉が積り、
薪(たきぎ)が拾えるような里山があり、
また近くには清い小川も流れ、
蝶や小鳥が飛び交う陽当たりの良い
エデンの園をイメージするような肥沃な土地だったはずです。

ということは、
掘り出した宝物とは
「農作物」
のことで、
畑を農耕に適した平坦地とすると、
「掘る」
とは
「耕す」
ことになりそうです。

心やさしい老夫婦は、
肥沃な土地で丹精込めて農業をして生活をしていたのです。
(あくまで私の個人的な見解です、念のため)

また少し脱線しますが、
韓流ドラマの「名家の娘ソヒ」」(原題「土地」)の43話(全52話)では
興味深いセリフがありました。

「名家の娘ソヒ」は、
『風と共に去りぬ』の韓国バージョンといった風で、
「いつどんな時代にも変わることのない人間の飽くなき欲望と愚かさ、
 それを克服する強さと賢さ、そして優しさ」
をコンセプトに描いていたように思いました。

STORYは、大地主の孫娘のソヒが、
叔父が騙し取った先祖代々の土地を苦労して奪い返すのですが、
時代背景が大正〜昭和20年までのために、
日本の侵略、占領、掠奪、抑制、祖国の誇りとレジスタンス運動、
また、
「下男や下女が人間らしく生きていこうとするのが罪なのか、自由を夢見るのは悪なのか」
といった白丁(ペクチョン)という身分制度や人種差別も描かれていて、
実は私は後半の10回くらいしか観なかったのですが、重厚な内容でした。
(朝鮮を侵略した日本は「悪」と、徹底的に描かれています)

その最終回(52話)「土地は命」では
主人公のソヒは、
命より大事な先祖代々の広大な土地の献上を
日本人の警察署長から強要されるのですが、
「その土地を、欲や名誉、ましてや権威や権力のために欲しようとするから、
 争いごとが絶えないのだ。
 地主を殺して財を奪っても、土地を占領して国を奪ったとしても、
 その原因は、人間の土地への欲望なのだ。」

と悟り、
ソヒは、すべての土地を小作に与えてしまうのです。

興味深いセリフがあったのは、
私が初めてこのドラマを観た、たしか43話(44話かも)でした。
テレビの電源を入れたら、たまたまこのドラマが映っていたのです。
そのセリフを聞いて、その後も観るようになりました。

故郷の平沙里(ピョンサリ、釜山と光州の中間くらいの韓国南部)で
故郷の小作のヨンの臨終場面で、
ヨンが主人公のソヒに、こう言うのです。
「土地自体に“欲”はない。
 天の意思に従って、人間の植えたタネを育み、その実りを与えてくれるだけ」

と。

「土地はほどこした分だけ、恵みとして返して(与えて)くれる」
というのです。

このセリフで
「丹精を込める」
という気持ちを思い出したのです。

「丹精込めて作られた農産物は美味しい」
というのは、
生産農家が、どんな気持ちで苗を植えたのか、
どんな気持ちで天候と向かい合い、
どんな想いで農産物を育ててきたのか、
そういったことが漠然と頭に浮かび、
「農家の真心がこもった生産物だからこそ、
 ありがたく美味しく頂きたい」

だから美味しい、ということもあるでしょうし、
丹精込める気持ちが植物にも通じていることも
有り得るのかもしれません。
草木や犬、猫など人間と同じ生き物ですから。

コーヒー栽培であれば、コーヒーの木の性質を知り、
その木を居心地の良い環境に植え、
コーヒーがストレスを感じない土壌になるように
成長を想い、元気に育む環境を整え、
あくまで主役はコーヒー、人は世話役として
お世話をしてあげる必要があります。

「言うは易く、行うは難し」
の通り、
沖縄でのコーヒー栽培は、
夏季の台風シーズンで
強風により枝葉が揺らされ、こすれて
開花後の緑豆が大量に落下したり、
あるいは倒壊されたり、
といった、他のコーヒー生産地には見られない弊害がある地域ですが、
台風が来ても堪えられる圃場づくり、
かといって、決して過保護にならないように、
常に
「原産地ではこういう環境だったんじゃないのかな?」
ということをイメージしながら、慈愛を持って接すること。

フクギの実20130910.JPG
 名護市内で拾ったフクギの実。
 この量でだいたい30〜40分で拾えます。
 フクギは沖縄の防風林としては最強です。
 ですが生育にとても時間がかかるのです。
 1972年の復帰以降、道路や建物などインフラが最重要視されてきましたが、
 台風銀座の沖縄は、フクギ並木を県内のあちこちに
 造っておけば良かったのに、と思います。
 私はもうすぐ還暦なので「今からフクギの防風林造り」なんて言うと
 周りからバカげていると呆れられますが、
(フクギはタネ植えからだと10年でも大人の背丈まで生長しません)
 樹高10mに達する成木は、私が見れなくとも
 孫子の代で完成すればいいのです。
 フクギの発芽率は悪いのですが、石垣島の仲野さんから
 発芽を良くするノウハウを教えていただきました。



また、不撓不屈(ふとうふくつ)の精神は、
沖縄でのコーヒー栽培には不可欠ですが、
山城武徳先生没後に、タケノコのように新規参入される方々の多くは
「コーヒー栽培は5年で出来る、いや3年で可能かも」
などと勝手に思い込み、
品種選定もせず防風対策も甘く考えたり、
また思わぬ失敗をすると
「沖縄ではコーヒー栽培はムリ」
と、早々と撤退したり、
あるいは、海外産と混ぜるという禁忌を犯すようになってしまうのです。
(「海外産と混ぜてはいけない」というのではありません。
  ブレンドするかしないかは生産者の理念によるものですから。
  海外産とのブレンドなのに沖縄産と詐称せず、
  正々堂々とブレンドだと公表すればいいのです)

台風で思わぬ被災をしても、
それであきらめるのではなく、
被災は自身に原因があるのですから
「どこに問題があったのか」
「どうすれば良かったのか」
を自省、猛省して、
次の対策を講じる必要があるのです。

「不撓不屈(ふとうふくつ)で挑む」
のと
「不撓不屈(ふとうふくつ)の気持ちで挑む」
のとは、似ているようで違います。

自分の手で丹精込めてお世話をして
慈愛を持って木々と暮らす。
そんな「ターシャの庭」的な生活が
私はとても気に入って満足しています。

ターシャの庭.JPG
 5年前に93歳で亡くなられたアメリカの絵本画家ターシャ・テューダーが
 土地の開墾から完成まで数十年かけて、丁寧に丹精込めて庭づくりをされ
 スローライフな生活をされていました。
 花が大好きで、厳冬期は温室でも咲かせていましたね。
 ターシャは生前「自然を人工の畑に代えてきたが、
 耕作する人がいなくなれば畑をもとの山(自然)に還す」と言っていたのですが…。
 ターシャはアイルランドの劇作家ジョージ・バーナード・ショーに傾倒されていて、
 彼の言葉を座右の銘にしています。
 「人は自分が置かれている立場をすぐ環境のせいにするけれど、
  この世で成功するのは立ち上がって自分の望む環境を探しに行く人、
 見つからなかったら創り出す人である」



脱線が長くなりましたが、
「丹精を込める邪心の無い真摯な念」
というのは、
子育てであろうが、モノ作りであろうが
相手に必ず通じるものだと私は信じているので、
「無心で丹精込めることは植物に届いている」
と私は考えています。

そのため、「花咲じじい」では、
心やさしい老夫婦が丹精込めた施しが
「豊作になって還ってきた」
のが、
「ザクザクの宝」
で表わしていると思うのです。

また、
「ここ掘れ、ワンワン」
と鳴いた愛犬の白い犬ですが、
日本人は狼(大神)を崇拝する民族ですし、
民俗学では白い犬や白いヘビは神の使いとも考えますから
「老夫婦は自然からたくさんの恵みを戴いた」
と解釈してもいいと思うのです。
心やさしい老夫婦のことですから、
自然への感謝の気持ちもあったことは言うまでもありません。

今度は、心やさしい老夫婦と対極にある、
隣家の私利私欲の性悪老夫婦を考えてみましょう。

欲得に目がくらんで、自分も宝物を得たいと
心やさしい愛犬シロに探索を強要し、
犬が苦しまぎれに鳴いた場所を掘ると、
そこから出てきたのは宝物ではなくて石やゴミばかりでした。
怒り狂った性悪老夫婦はシロを殺してしまいます。

ここで犬が鳴いた場所を想像してみましょう。
「陽当たりが悪く、小川や井戸もなく水はけも悪い土地で
 おまけに石の多いガレて地力の少ない土地」

をイメージしてしまいます。
さらに
「傾斜地や雑草も放置した管理の悪い土地」
とか
「病害虫が発生しやすい悪劣環境」
も加わってもよさそうです。

とにかく、
心やさしい老夫婦の肥沃で農業に適した畑とは真逆で
意地悪で私利私欲の性悪老夫婦は
「自然の営みを無視した報い、災い、凶作」
と考えてもいいのではないでしょうか。


前述で
「ここ掘れ、ワンワン」
と鳴いた愛犬の白い犬ですが、
日本人は狼(大神)を崇拝する民族ですし、
民俗学では白い犬や白いヘビは神の使いとも考える、

と簡単に書いてしまいましたが、
ここでその説明をしておきましょう。

犬は、たくさんの仔を産み、そのうえお産が軽く、
仔犬の発育も良いので、
「子授け・安産・子育ての神」
として神社に祀られていることが多いのです。

今でも信心深い妊婦の方々は、
子宝に恵まれたことを神様に感謝して、
「妊娠5ヶ月目の戌(いぬ)の日に帯祝い(着帯の祝い)」
(「5」は縁起が良い数であり、
 同時に5か月目は胎児が安定する時期といわれています)
をしますが、
戌の日が選ばれる理由は、
「犬の安産にあやかるため」
といわれています。

妊婦は
「赤ちゃんが岩のように丈夫に育ちますように」
との意味の込められた
「岩田帯(いわたおび)」
という腹帯をおなかに巻き、
神様から大切な子宝を授かったことに感謝し、
神社で安産を祈願するというのが「帯祝い」の風習なのです。

信心深くない私でも、神社でこの安産祈願をしましたから、
今でも多数のママさんは行っているはずです。
当時の私は、ただ昔から続いている日本の伝統的な習わしとしか思わず、
神社に掲示されていた説明も読みませんでしたが、
「古事記」や「日本書紀」に登場する
神功(じんぐう)皇后に由来しているのだそうです。

日本書紀(上).JPG
 現代語訳で書かれているのでとても読みやすいです。
 古事記が全三巻のうち一巻が神代(かみしろ、じんだい、かみよ=神世=神話)、
 日本書紀は神代は全三十巻のうち二巻だけで、
 それ以外は天皇家による皇位継承の歴史が紹介されていて、
 日本の正史となっているのです。



神功皇后は、日本武尊の第2子、
第14代仲哀(ちゅうあい)天皇の后(きさき)で、
夫・仲哀天皇はヤマト王権に抵抗した
熊襲(くまそ、九州南部、古事記では熊曾)討伐後の西暦200年2月に
神に逆らい急死してしまうのですが、
神功皇后は当時すでに臨月でありながらも
住吉大神のご神託を賜り、玄界灘を渡って朝鮮半島に出兵し、
新羅を戦わずして無血で降伏させ、
さらに高句麗・百済をも支配下に治めて、
帰国後に筑紫国(つくしのくに、現・福岡県北部)で御子を出産しました。
(後の第15代・応神天皇、16代は仁徳天皇)
その後大和に戻った神功皇后は、子の応神天皇を皇太子に立て、
日本書紀によれば西暦201年〜269年までの
実に68年間も天皇不在のまま政ごとを執り仕切ったという、
日本史上、女傑の中の女傑なのです。

そのため、
明治時代に発行された紙幣(改造紙幣1、5、10円券)で
最初に肖像が描かれたのも、この神功皇后だし、
切手(旧高額5円、10円)の肖像画にもなり、
端午の節句に飾られる五月人形(武者人形)も
長きにわたり神功皇后だったのです。

古事記・日本書紀のすべてがわかる本.JPG
 古事記と日本書紀を対比させ、カラーで表や挿絵が多く、
 見やすく判りやすいです。読者対象が中高生なのかも。



「古事記」にも「日本書紀」にも神功皇后は登場するのですが、
今から約1300年前の奈良時代に完成した日本の歴史書・日本書紀
「巻第九 気長足姫尊」
(おきながたらしひめのみこと=神功(じんぐう)皇后、
 なお古事記では中巻・仲哀天皇に息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)として表記)
では、
夫・仲哀天皇が亡くなった後、
神功皇后は身重ながら200kmの海を越えて朝鮮半島に出兵するのですが、
大将の印であるオノとマサカリを持って
出兵兵士に向かい、
こう檄(げき)を飛ばすのです。
(以下は前画像「日本書紀(上)233〜234ページの書き写し」

「金鼓(かねつづみ)が[乱れて]節なく、旌旗(せいき)が錯乱すれば、
 天子の旗や軍旗が乱れる時には、軍隊は統率されない。
 財[物]を貧り欲が多く、私[事ばかり]を思い[家]内を心配していると、
 かならず敵のために虜にされる。敵が少[数]でも軽んじるな。
 敵が強くとも屈してはならなぬ。女を犯し暴れるのを許すな。
 投降する者を殺すな。
 終(つい)に戦に勝ったなら必ず[恩]賞がある。
 背走したなら自[明]のこと有罪だ。」

と。
何とも勇ましいですよね。
その後は、こう書いてあります。

「このとき、たまたま皇后の出産の月であった。
 皇后は、それで石を取って腰に挿しこみ、祈って
 『事が終わって戻って来て日に、この土[地]で産むように』といった。
 その石は、今伊都の県の道の辺にある。
 さて荒魂(あらたま)をさしまねいて軍の先鋒とし、
 和魂(にぎたま)を請(しょう)じて王船の鎮(しづめ)とした。」


「伊都県」とは今の和歌山県でしょうか?
「荒魂」とは、荒ぶる魂、神の祟りは荒魂の表れで、
天変地異を引き起こし、病を流行らせ、
人の心を荒廃させて争いへ駆り立てる神の働きをいうようです。
「和魂」は少し意味合いが違い、
雨や日光の恵みなど、神の優しく平和的な働きで、
神の加護は和魂の表れなのだそうです。

日本書紀の世界.JPG
 日本書紀の中に描かれている時代から6つのテーマを選び、
 それについての詳細な記述があり、
 得られる充実感のある本でした。



日本書記では、神功皇后が神と同体で、
卑弥呼や台与(とよ、卑弥呼の後継者で卑弥呼の死後、邪馬台国の女王になった)
であるような書き方をしているのですが、
それはともかく、神功皇后は臨月の時に
卵形の石2個をお腹に巻きつけて冷やし、
出産を15ヵ月まで遅らせたというのです。

この石は鎮懐石(ちんかいせき)と呼ばれ、
「事を終えて無事出産するように」
と祈念が込められた石で、
鎮懐石をはさんだ帯が「岩田帯」の起源なのです。

出産を15ヶ月まで遅らせながらも無事に後の応神天皇をご出産されたことから、
神功皇后は『安産・子育ての女神』として、
多くの妊婦の方々やママさん達から、絶大な信仰をあつめているのです。 

神功皇后が新羅を攻めたのは今から1813年前の西暦200年、
この年は中国では袁紹と曹操との覇権をかけた官渡の戦いがありました。
203年には劉備玄徳が、諸葛孔明を軍師として迎える三顧の礼、
208年は曹操軍と孫権・劉備連合軍との赤壁の戦いがあり、
まさに三国志真っ盛りの時代が、
日本では神話や卑弥呼が登場するヤマト王権の時代なんですね。

ともかく神功皇后は安産の女神として、
また犬も安産の神として、
「妊娠5ヶ月目の戌(いぬ)の日に帯祝い(着帯の祝い)」
が信仰されているわけです。

神社の入り口には、神社を守る守護獣、
無角の獅子と有角の狛犬(こまいぬ)とが一対に置かれていることが多く、
神社の境内のキツネでも龍でもヘビでも、
神道では動物は「神様の使い」とされ“神使(しんし)”とよばれています。

獅子は中国の唐の時代に、おそらく遣唐使が帰国便で日本に導入し、
狛犬は唐時代の獅子が、仏教とともに朝鮮半島を経由して
日本に伝わったとされていますが、
沖縄のシーサーやシンガポールのマーライオンも含めて、
古代オリエントからシルクロードを通って中国に伝わり、
そこから朝鮮半島や日本、琉球、シンガポールに波及したものです。
要するに、シーサーも狛犬もこれらはスフインクスの親戚なのです。

「ここ掘れワン、ワン
と鳴いた白い犬は、そのへんの犬ではなく
神代の神使として登場していたのです。
(次回、第2話に続く)

ロブスタ種20130910.JPG
 今年の5月10日にタネ植えしたロブスタ種です。
 タネ植えから4か月でこの状態は、
 沖縄のコーヒー栽培としては驚異的な生育の速さです。

posted by COFFEE CHERRY at 17:06| 沖縄 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月07日

最近の出来事から想うこと

今日は暦の上では「立秋」ですが、
名古屋では名古屋で37度、福岡では35度の予報が出ていました。
やんばるは日中34度ですから、
陽射しは暑くとも、気温的には本土の猛暑より
いくぶん涼しいと言っていいのでしょうか。
それでも昨年よりは暑い気がします。

明日8日(木曜)から夏の高校野球が始まります。
プロ野球はまったく観ませんし、
高校野球は県代表戦だけは観て応援しています。
全国の球児たちは例年予選から本大会まで酷暑の中で試合を強いられていますが、
近年異常気象が常態化していて、夏季の本土は明らかに亜熱帯化しています。
高野連は昔からの伝統を重視していますが、
熱中症で選手がバタバタと倒れて社会的な問題になるまでは
開催時間など何も変えられないのでしょう。

沖縄県代表は沖縄尚学。
春の選抜では、沖縄尚学は開会式直後の第一試合に登場して
福井県代表の敦賀気比に11対2の大敗をしてしまい、
選手は頑張った結果なのですが、
県民はその驚愕に拍子抜けしてしまいました。
(その後、敦賀気比は準決勝で、優勝した埼玉県代表の浦和学院に敗退)
先月は沖縄大会の準決勝、決勝戦を、たまたまテレビで見れたのですが、
春からの成長が顕著とはとても思えず、
今年はあまり期待しないで応援することにします。
尚学の登場は11日(日曜)の第二試合、
相手は京都代表の福知山成美、
ここは強いのか弱いのかはまったく知りません。
当日は尚学のイケメンの比嘉公也監督を応援することにしよう。


沖縄地方は、もうだいぶ長いこと降雨がありません。
本土は異常気象で局地的豪雨が相次いでいるようですが、
沖縄地方は強い太平洋高気圧が貼り付いていて
本島には台風も来ないのです。
接近すらありません。

7月中旬には先島(宮古列島・八重山列島)に台風7号が襲来しましたが、
雨が少なく、塩害が広がっているようですし、
宮古島では地下ダム枯渇の可能性も心配されています。
大東島ではさとうきびも枯れだしているようです。
久米島(7月は0mm)は今月末から断水の予定。
久米島でもそういう状況であれば座間味諸島はもっとひどいはずです。
米穀データバンクによると、2013年産のコメ(水稲)は、
沖縄県産米が全国で唯一「不良」(他の46都道府県は「やや良」か「平年並み」)。

本島では、沖縄気象台によると
那覇の7月の降水量は4・5ミリ(平年比3%)で、
これは1890年の統計開始以降、
123年間で最も雨の少ないという記録的な少雨らしのですが、
やんばるの、特に山岳地帯だけは、まれに降雨があります。
雨雲っぽいグレーの雲が出ながら降雨がない日はけっこうありますね。
先週の7月31日(水曜)には、
やんばるには大雨洪水注意報が発令され、
一時的に大雨が降りました。
ありがたいことです。
台風は来れば来るでイヤなのですが、
来なければ来ないで雨をもたらさないので困るわけです。
雨は出来れば五風十雨、10日に一度は降ってほしい…。
しかも局地的豪雨ではなく、しとやかに、
しかも出来れば私の就寝中に…。
人間って勝手なものですね。

「酷暑も極限を超えたとき涼風が吹く」
という格言があるように、
何ごとも極限まで我慢しないといけないのです。
便利過ぎた世の中は我慢することを忘れさせているようです。


台風は
「大掃除」
と解釈すれば“恵み”となります。
 ・雨をもたらし、水資源を潤沢にする
 ・病害虫を吹き飛ばす
 ・年末の大掃除のように、家の補強や外回りの片づけが出来る
 ・海水がかき回され高い海水温が下がる

など、
台風はデメリットばかりでもないのです。

8月7日の夕暮れ20130807.JPG
 自宅から西側の山岳に夕陽が沈むところです。
 今日の夕方19時半に撮影しました。
 少し前まではこの時間帯でも明るかったのに
 日が短くなっているのが感じられます。



自然界の摂理に従い、有るがままの姿を尊び、
「来る者は拒まず、去る者は追わず」
という、
荘子の不去不来の境地というか、
自然体、平常心が大事なのです。


中国宋代の「無門関(むもんかん)」という公案集の
第十九則「平常是道」では、
南泉禅師に入門して間もない20歳前後の若い修行僧・趙州(じょうしゅう)が
「如何なるか是道」
(「道とはどんなものでしょうか?」)
と、師の南泉(当時50歳前後)に問い、
南泉は
「平常心是道」
(「ふだんの心こそが道である」)
と答えています。

ここでいう“道”とは、
禅宗なので「仏道」のことで、
一般的な
「何ごとにも心が動じない、揺れ動かない」
といった平常心とは違うようです。

日曜劇場「半沢直樹」の小木曽次長は
上司にはモミ手でこびるくせに、
部下の前になると「オイ、コラ」と威張りまくります。
ミスは部下の責任、手柄は横取りという
とにかくズルく立ち振る舞う上司はどこの会社にもいるものですが、
「そういう人の前でも決して心を乱さず、聖人君子でいるべき」
と説いているのではないのです。

轢き殺された子ハブ20130807.JPG
 首や胴を車で轢かれた子ハブです。
 今日の夕方、自宅のすぐ前で撮影しました。
 体長約80cmなのでまだ1歳にはなっていないはずです。
 ハブは猛毒があり咬傷事件は年間約100件あるのですが、
 人を感知したらすぐに攻撃してくることはありません。
 ハブでもヒメハブでもアカマタでも、
 ヘビの嫌がる半径1mに入らないように気をつけることです。
 ハブとは何度も遭遇していますが、
 危害を加える気がなければ、ヘビはそれを察知して先に離れて行きます。
 近郊のあちこちでハブが鎌で裂かれて放置されている光景を目にしますが、
 仲良くは出来なくとも、「共生する道はないのかな」と思うのです。


お茶をいただく時にはありがたく頂く、食事の時には感謝して頂く、
植物の命を尊び植え替え作業をする、読書をする、テレビを観る、
新聞を読む、孫の世話をする…、
日ごろの日常をふり返ると、何かと邪念を交えることが多く、
真実を歩むことが少ない。
それでも歩むべき道から外れないこと。
求道とはどの道であっても容易なものは何一つない。
日常生活を怠惰に過ごしてムダにせず、
当たり前のことを当たり前に行う心を大切にして、
道を求め続けることが肝要だ、
「平常是道」はそういうことを説いているようです。

そういう意味では私もまだまだ精進が必要です。
それでもコーヒー栽培では一条の光が見えてきました。

今日は「童話から学習するA」の予定でしたが、
間が空いてしまったため、
いろいろ感じることを書いてしまいました。
「花咲じじい」は本当に次回に。

自宅庭に侵入したヤンバルクイナ20130807.JPG
 自宅の庭にヤンバルクイナが侵入するようになりました。
 しかも私が見ている前でも平然と。
 「何もしない」と見抜かれているのでしょうか。
 あわてて撮影するので、ほとんどがピンボケで
 何とか見れる画像はこの1枚でした。
 画像のあたり(南側)からは2羽、この反対側(北側)からは1羽、
 見分けはつきませんが、いつも同じヤンバルクイナと思われます。
 黒澤明監督の「七人の侍」で、
 野武士軍団が村を襲撃してくるシーンを連想してしまいます。

posted by COFFEE CHERRY at 23:22| 沖縄 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月29日

童話から学習する@

日本童話宝玉選(小学館)によると、
五大童話(五大昔噺)というのは、
・桃太郎
・花咲じじい
・舌切り雀
・さるかに合戦
・かちかち山

で、
それが十大童話になると、
・金太郎
・浦島太郎
・文福茶釜
・一寸法師
・こぶとり

が加わるようです。

私は数年後に還暦老女になるのに
「いい歳して童話なんて」
と思われるでしょうけど、
永く読み継がれてきた童話には、
「人が生きていく上の生活の知恵」
や、
「こうすると危険な目に遭う」
といった教訓などが
子ども向けに単純明快なstoryに創られていて、
登場人物も動物などの姿を借りるとか、
最後の下りが
「めでたしめでたし」
とか
「二人で幸せに暮らしました」
あるいは勧善懲悪や因果応報など、
シンプルさゆえに、人間社会や物事の本質をとらえているので、
サン・テグジュペリの「星の王子さま」を、
良くも悪くも人生経験を積んだ大人になってから
改めて読んで、
「なるほど、こういうことだったのか」
と、人生哲学を納得するようなところが童話にもありそうです。

今日のテーマは、本当は「花咲じじい」なのですが、
前置きが長くなりそうなので、それは次回にして
今日は童話が、いかに奥が深いのかを考察してみましょう。

たとえば「桃太郎」を例題にしてみましょう。
日本人なら誰でも知っているこの物語は、
「鬼退治という大きな課題を適所適材で達成した」
「具体的な目標を持って準備をして精進すれば、必ずや達成できる」
というお話ですよね。

桃太郎は、家来をなぜ犬と猿と雉(キジ)を撰んだのでしょうか?
鬼退治に加勢を求めるのであれば、
trong> ・犬よりは狼あるいは猪(いのしし)
 ・猿よりは熊
 ・雉(キジ)よりは鷲(わし)

スズメバチや毒ヘビと入れ替えたり追加しても良かったでしょうし、
あるいは実在しなくとも龍でも選択したり、
西遊記の孫悟空のように、
主人公には超常的な神通力を持たせることも出来たはずなのに。

旧暦や陰陽道(風水)では、
鬼が出入りする方角を艮(こん、丑寅=北東)として、
「鬼門」
といい、
ここから死者(=鬼)が出入りするといわれ
「良くない方角」
とされてきました。
現代でも家を建てる時、
玄関や窓、風呂やトイレなどの水まわりを作ると
家の中に災いを招く原因になるといわれて
迷信だと思いながらも何となく気になるものですが、
今から1200年ほど前の平安初期、平安京を守護するため
都の艮(丑寅=北東)の方角に比叡山延暦寺を建て、
江戸幕府でも鬼門にあたる上野に寛永寺を建て、
さらに江戸城を囲むように五色不動
 ・目黒不動(目黒区 瀧泉寺)
  ・目青不動(世田谷区 最勝寺)
  ・目白不動(豊島区 金乗寺)
 ・目赤不動(文京区 南谷寺)
 ・目黄不動(台東区 永久寺)

を配置し、
さらに江戸の真北に当たる日光山(二荒山)に
東照宮を配置して北方の守りとしていました。
科学が発達していない不安の多い時代、
祟(たた)りや災いを打ち消す精神安定剤や鎮静剤的なことが
昔は全国津々浦々に伝播しました。
このあたりの
「鬼門を封じる」
ことが、
物語の原点であったようです。

桃太郎に出てくる鬼が島の鬼が、
なぜ頭に角を出し、虎の縞模様のパンツをはいているのかというと、
鬼門が丑寅の方角ということで
「丑(牛)の角と寅(虎)の縞模様の黄色と黒の柄」
が起因しているようです。

ゲゲゲの鬼太郎も、妖怪なので
黄色と黒地ストライプのちゃんちゃんこも、それが理由だろうし、
鬼太郎と同じ柄のスズメバチだって、こんな配色になったのは
風水的な何かの因縁があるのかもしれません。

ともかく桃太郎の方角説は、
江戸時代後期に「南総里見八犬伝」の著者・滝沢馬琴が書いた「燕石雑誌」の中で
「鬼が島は鬼門をあらわせり、これを逆するに西の方申酉戌をもてす」
と書かれたのが始まりのようですが、
 (馬琴は桃太郎=源為朝説も唱えています。
  また源為朝は1156年の保元の乱に敗れ、伊豆大島に流刑になるのですが、
  海の途中、嵐に遭い沖縄本島本部半島の
  今帰仁(なきじん)村運天(うんてん)に漂着した、という伝説もあります。
  沖縄から黒潮海流で伊豆大島に流されることはあっても、この逆はちょっと…。
  まあ源義経のチンギスハン説やイエスキリストの墓の青森説もあるくらいですから
  伝説はなんでもアリなのです)

これによると
丑寅(うしとら、北東)の鬼門を封じるために
 ・犬=戌(イヌ、西北西)
 ・猿=申(サル、西南西)
 ・雉=酉(トリ、西)

選ばれているのです。

「でも、未申(ヒツジサル、南西)が抜けているよ」
と言われるかもしれませんが、
羊はもともと日本には生息していない動物なので
作者も、さすがに撰びようがなかったのだと思われます。

また、
 ・「イヌ」は忠誠心
 ・「サル」は知恵、行動力、勤勉
 ・「キジ」は勇気

の象徴ともいわれています。

「イヌ」は、東京・渋谷駅前のハチ公に代表されるように
「犬は三日の恩を三年忘れず、猫は三年の恩を三日で忘れる」
といわれますから、
桃太郎が忠義忠孝の人間に成長した、とも解釈できます。

「サル」は「猿知恵が働く」ともいわれますが、
西遊記に登場する孫悟空に代表されるように
知恵や行動力、勤勉などのイメージがあり、
桃太郎が積極的で行動力があり、
知恵を働かせることも出来る人間になった、とも解釈できます。

「キジ」は意外かもしれませんが、勇気のある鳥なのです。
「キジも鳴かずば撃たれまい」
というのは、
「雉は鳴かなければ居所を知られず、撃たれることもなかったのに」
という意味だけからすると、
「そんなの勇気ではない、キジはバカじゃないか」
と思われるでしょうけど、
本当は敵の目から家族を守るために、
離れた場所で父鳥がおとりになっているのです。
キジの母鳥は山火事になると、
卵を守るために巣の上で焼け死ぬともいわれるくらい
とても勇気のある鳥だといわれています。
キジを登場させたことで、
「桃太郎が勇気のある人間に成長した」
とも解釈できるのです。

また、陰陽五行説によると、
「木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず」
 (木は燃えて火になり、火が燃えたあとには灰(=土)が生じ、
  土が集まって山となった場所からは鉱物(金)が産出し、
  金は腐食して水に帰り、水は木を生長させる)

つまり、
「木→火→土→金→水→木」
の順に相手を強める影響をもたらす「五行相生」、
あるいは、
「水は火に勝(剋)ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つ」
 (水は火を消し、火は金を溶かし、金でできた刃物は木を切り倒し、
  木は土を押しのけて生長し、土は水の流れをせき止める)

「水は火に、火は金に、金は木に、木は土に、土は水に影響を与え、弱める」
という「五行相剋」、
また陰陽五行説では、桃は邪気を払い清める果物です。
「桃の節句(旧暦3月3日ひなまつり)」は、
子供から邪気を払い清めるという行事ですから
桃太郎というタイトルにもうなづけますし、
陰陽五行説では黄色は力の象徴なので
桃から生まれた桃太郎が黄色い「きびだんご」を持って
鬼に立ち向かうというstoryや
物語に登場するキーワード、
「桃、黍(キビ)、申(サル)、酉(キジ)、戌(イヌ)」
は理にかなっているのです。

また、
金気は巳(ミ=ヘビ)で生まれ(生)、
酉(トリ)で最盛期を迎え(旺)、丑で果てる(暮)、
つまり、酉(トリ)はもっとも強い金の気を持っているようです。

十二支の巡りの順から行くと、
猿、キジ、イヌで、
「キジがもっとも強い家来」
ということになり、
「なぜキジが家来に?」
というより、
物語としては、キジは無くてはならない存在のようですね。

さらに、桃太郎ご一行様は海を渡って鬼が島へ行きますが、
陰陽五行説では、
万物万象の
 ・木(もく)
 ・火(か)
 ・土(ど)
 ・金(ごん)
 ・水(すい)

の中で、
海は水ですから、
水に配当された十二支では北の子(ね)にあたり、
鬼門(北東)を封じるために海を渡る、
鬼は海(水)の向こうの島にいるので、
「土」を象徴する「きびだんご」をお供に与えた、
というように、
物語は陰陽道から成り立っているようです。

また、色鮮やかな韓国料理は、
 ・五味(甘、辛、酸、苦、塩)
 ・五色(赤、緑、黄、白、黒)
 ・五法(焼く、煮る、蒸す、炒める、生)

といった陰陽五行思想に基づいているようで、
十二支や方角、色など、
食道もなかなか奥が深いですね。

桃太郎伝説は、wikipediaを見ても
「ゆかりの地」は岡山県だけでなく、
香川県や奈良県、愛知県などにあり、
たとえば岡山の桃太郎伝説では、
桃太郎が吉備津彦命(きびつひこのみこと)で、
鬼が温羅(うら)一族となっています。

大和朝廷が中国地方を制圧する際に派遣したのが吉備津彦命で、
当時中国地方に大きな勢力を持っていたのが温羅(うら)一族でした。
温羅(うら)は一説によると朝鮮半島の百済(くだら)からやってきた渡来人で、
当時まだ青銅文明だった日本において、
すでに高度な鉄の文明を築いていたことで、
大和朝廷にとっては邪魔な存在にあり、
攻め滅ぼしたことを原点にしているようです。

吉備津彦命の家来の中に、
 ・犬飼部犬飼健命(いぬかいべのいぬかいたけるのみこと)
 ・猿飼部楽々森彦命(さるかいべのささきもりひこ)
 ・鳥飼部留玉臣(とりかいべのとめたまおみ)
がいたとか、
もっともらしい補足もあるのですが、
肝心の鬼ヶ島がどこにも出てこないのでは
キビ団子を売りたいがためのこじつけとも思えますよね。

香川の桃太郎伝説によると、
吉備津彦命の弟・稚武彦命(わかたけひこのみこと)になっています。
鬼は瀬戸内海を中心に悪さをしていた海賊で、
この海賊を倒すために稚武彦命が鬼ヶ島に出向き、
悪党を退治したという話になっています。
鬼ヶ島は現在の女木島(めぎじま)で
香川県高松市に「鬼無(きなし)」という地名は、
桃太郎が鬼を退治して鬼がいなくなったことから
その地名になったというのですが…。

「ゆかりの地」はともかく、桃太郎側の戦力を分析してみましょう。
イヌには鋭い牙があり、俊敏で咬みつくことができますよね。

サルの得意技は何でしょうか?
パワー型のレスラーのようなゴリラなら突進して行けるでしょうけど、
ジャングルの密林をターザンのように木々を移動するサルでは、
さほど脅威でもないし、
だいいち島ではジャングルがあるとは考えにくい。
となると、さるかに合戦での青柿投げの妙技でしょうか。
さるかに合戦では、ずる賢いサルは悪役でしたが、
ダルビッシュのような素晴らしいコントロールを持ったピッチャーだと
いえそうです。
さるかに合戦でのサルは、堅い青柿をカニに投げつけて、
カニはそのショックで子供を産むと死んでしまい、
カニの子供達は栗、臼、蜂、牛糞と連合して
親の敵を討とうと計画を立て、
カニはみごと親の復讐を果たしています。

サルはおそらく地面の石ころ、あるいはキビ団子を
針も通すような精度のコントロールで
鬼に投げ当てたのでしょう。
私が子供の頃の繁華街では
鬼のお腹にボールを投げて鬼を退治するゲームがありましたが、
それも、サルが石を投げたことが原点なのではないかと。

では、キジの得意技は何でしょうか?
鷹(たか)や鷲(わし)のように
攻撃能力、殺傷能力のある爪を持っているわけでもなく、
孔雀(くじゃく)の羽ばたきは威嚇ではなくて求愛活動のようですし、
キジというと
「キジも鳴かずば撃たれまい」
というように、
有名な「ケーン」というより「ギ―ン」と、
錆びついたブランコのような、
鳥肌が立つような異様な鳴き方をするのですが、
キジは大声チャンピオンとして参戦したのかもしれません。
いきなり大声を出して鬼をひるませる役割だったのかも。

リーダーの桃太郎は、
仕事や地位に必要な特性を把握して、
ふさわしい人を割り出す「適所適材」でサル・キジ・イヌを選抜し、
人の能力や特性を評価して、ふさわしい地位や仕事につける「適材適所」で
部下のそれぞれの能力にあてはまる任務を与え、
軍団の能力やスキルを最大限に高めて敵地に乗り込み、
それぞれの武器を効果的に使って鬼と戦い、
部下の連携playで鬼を降参させたのです。


神話学者・高木敏雄氏の「桃太郎新論」では
「なぜ梨や林檎(りんご)ではなく桃なのか?」
にこだわり、
「桃は邪気を祓う霊物であり、長生不老の仙果であり、
 太郎が老夫婦に育てられるのと桃が不老長寿の果物であることは無関係でない」

としています。

また、福澤諭吉は、
自身の子供たちのために、
家庭での約束や決まりごとなどを毎日半紙に一枚ずつ書いた、
家訓のような小冊子
「ひゞのをしへ」
では、
「桃太郎は盗人だ」
と非難しています。

原文
「もゝたろふが、おにがしまにゆきしは、たからをとりにゆくといへり。
 けしからぬことならずや。
 たからは、おにのだいじにして、しまいおきしものにて、たからのぬしはおになり。
 ぬしあるたからを、わけもなく、とりにゆくとは、
 もゝたろふは、ぬすびとゝもいふべき、わるものなり。
 もしまたそのおにが、いつたいわろきものにて、
 よのなかのさまたげをなせしことあらば、
 もゝたろふのゆうきにて、これをこらしむるは、はなはだよきことなれども、
 たからをとりてうちにかへり、おぢいさんとおばゝさんにあげたとは、
 たゞよくのためのしごとにて、ひれつせんばんなり。」


現代文訳
「桃太郎が鬼ヶ島に行ったのは宝を獲りに行くためだ。
 けしからんことではないか。
 宝は鬼が大事にして、しまっておいた物で、宝の持ち主は鬼である。
 持ち主のある宝を理由もなく獲りに行くとは、桃太郎は盗人と言うべき悪者である。
 また、もしその鬼が悪者であって世の中に害を成すことがあれば、
 桃太郎の勇気においてこれを懲らしめることはとても良いことだけれども、
 宝を獲って家に帰り、お爺さんとお婆さんにあげたとなれば、
 これはただ欲のための行為であり、大変に卑劣である」


「逆説もまた真なり」
「逆転の発想」
…、
うーん、偉人とされている福沢諭吉だけに説得力がありますが、
幕末〜倒幕から開国の勝者の弁というか
「勝てば官軍」
式の言いたい放題にも聞こえますよね。

過激な倒幕派の長州は
「幕府をつぶして一から国を作りなおすことこそ、
 真に日本を改革する道だ」

という考えで、
これに朝廷絶対主義の岩倉具視を始めとする公家たちが同調し、
薩摩を巻き込み戊辰戦争に至るのですが、
NHK大河ドラマ「八重の桜」で
「朝敵(逆賊)の会津を討伐せよ」
というのでも、
禁門の変で京都御所に発砲したことで朝敵となったのは長州で、
御所を守ったのは会津なのですから、
結果、
「勝てば官軍」
で、
勝った方は何を言っても正論化されてしまうのが世の中の常なのです。


ともかく、童話も細部を見ればみるほど
なかなか奥が深そうですよね。

コーヒー栽培も、
「ただ早く大きくなぁれ」
式に、
小学校の花壇で、ジョーロで水やりをするとか、
「コーヒーは5年で初収穫」
と勝手に決めつけたうえで、さらに
「であれば、苗木を入手すれば2年短縮の3年で出来る」
と、
単純な算数式に考える人が現れたり、
「え〜ぃ、面倒な栽培は誰かに任せて、売り方を先に考えよう」
という本末転倒な人や、
「ほんの一部だけ栽培し、大規模でやっていることにして、
 海外産を沖縄産として偽装しちゃおう。
 生豆で出さなければバレやしないさ。」

という詐欺師までいて、
沖縄のコーヒーは、恥ずかしい話ですが
開国前の幕末の様相です。

尊王攘夷派、公武合体派、佐幕開国派、
倒幕攘夷派、倒幕開国派、大政奉還派、保守派
などで国中が大混乱になっていたような。

純粋な沖縄産であるうえで、
「各農園が品質に切磋琢磨する」
そういう当たり前の体制を切に望むところです。
でも、そんなのいつになるのかな?

コーヒー栽培も、
「たかがコーヒー、されどコーヒー」
というように、
「沖縄の気候環境や土壌に向く品種は何なのか?」
に始まり、
タネ植えにしても、時期や蒔き方、タネの上に載せる土の厚み、
タネ植えの土など多くの課題があります。
発芽した苗の移植時期、移植方法、ポット苗木の保管方法もあります。
もっともっと課題はありますよ、長くなるのでここでは書きませんが。

移植作業20130622.JPG
 プランターで発芽させ、発芽後約1年経過の中米山岳品種。
 試行錯誤の末、現在は1プランターで120個のタネを蒔いています。
 発芽率は平均約70%。
 「これでは密植えでは?」という意見もあると思いますが、
 高密度播種条件でもコーヒーは発芽率の低下が見られないので、
 互いに競わせて発芽させるタネの競争原理を考慮して
 最近はこの方法で行っています。
 プランターから発芽苗を半分ほど土ごと取り出して水に約30分漬け、
 根が切れないように細心の注意を払い、
 1本ずつポットに移植します。


誰でも最初は「たかがコーヒー栽培」から出発するのですが、
深く関われば関わるほど、
いろいろな課題や問題が噴出して
それを時間をかけて1つ1つ克服して、
「3歩進んで2歩戻る」
ならいいのですが、
「2歩進んで3歩戻る」
ような場面も多々あり、
「されどコーヒー」
コーヒー栽培は、なかなか侮れないのです。

次回のこのテーマでは、
「花咲じじい」
を掘り下げてみたいと思います。
posted by COFFEE CHERRY at 11:37| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月26日

ブラーミニメクラヘビと共生する

苗木移植ポッでは、
やんばる産純度100%の落葉を
ポットからこぼれるくらい多めに入れるのが私の手法ですが、
ポット苗木を置く地面の上にも
落ち葉をフカフカになるくらい敷き詰めています。

コーヒー山から南方面20130626.JPG
 コーヒー山から南側はこんな感じです。
 やんばるの中央山脈で、南約5kmに
 本島最高峰の与那覇岳(標高503m)があります。


なにしろやんばるは森林地帯ですから
落葉や腐葉土はタダでいくらでも手に入るので
「これでもか」
というばかりに豪勢に使えるのが嬉しいですね。

落葉を惜しみなく使う20130626.JPG
 ポット苗木には落ち葉がこぼれるくらい
 「持ってけ泥棒」というくらい
 贅沢に入れるのが私の手法です。


落葉を多用するのは
「出来るだけ自然に近い環境にしたい」
という思いと、
微生物などの働きで、
「ポット内の土を軟らかい状態に保ちたい」
という考えがあるからです。

落葉や腐葉土を使う作業時には
ミミズやヤスデ、ムカデはもちろん、
ダンゴムシ、クモ、トビムシなどの土壌生物の他にメクラヘビとも
よく出会うことになります。

植え替え20130626.JPG
 昨年3月にプランターでタネ植えして4月に発芽した中米山岳品種です。
 ブラジル品種の倍の生育度で、これはやんばるに合いそうです。
 発芽後、約1年しか経っていないわりには根も充分伸びて
 徒長もせず元気いっぱいです。
 作業中には土壌動物がたくさん出てきます。


ブラーミニメクラヘビ20130626-1.JPG
 長さは約20cm、グレーのミミズっぽい。
 画像の左側が頭部です。
 20cm級のハブムカデも土から飛び出してくるので、
 メクラヘビやフトミミズが現れても驚かず
 平然と作業ができるようになりました。


メクラヘビの正式な名前は
「ブラーミニメクラヘビ」
というのですが、
メクラヘビはミミズがいる場所で、
やや湿った腐葉土からよく出てきます。

ブラーミニメクラヘビ20130626-2.JPG
 黄色いポリバケツに入れると、
 よけいミミズと判別しにくいですね。
 ヘビなので肉食性ですが口が小さいので、
 アリの卵や幼虫、サナギ、シロアリ、トビムシなどを
 地中で捕食しているようです。
 ということは植物の根が吸収しやすいように
 有機物を分解するどころか、
 そういう小動物を食べてしまう有害動物?
 それでもアリを食べるなら有益な土壌動物と判断しています。
 メクラヘビは観葉植物の鉢の中の土に紛れ込んで
 あちこちに移動分布して生息域を拡大しているようです。


彼女は目が退化して口も小さく、一見ミミズにしか見えないのですが、
白っぽいグレーで胴も何となく細かいウロコっぽく、
動きがミミズと違うのです。

なぜ彼女というのかというと、
メスだけでオスがいない、したがって交尾もなく
単為生殖で卵を産んで増える生態だからです。

ヤンバルオオフトミミズ20130626.JPG
 今日出会ったヤンバルオオフトミミズは30cm超級の特大、
 メクラヘビよりずっと大きくて、こっちの方がヘビのように見えます。


ミミズは姿を現すと大暴れしたり、
土中のミミズトンネルに逃げこもうとしたり、
地表ではクネクネ逃げようとするのですが、
メクラヘビは吸血鬼ドラキュラのように日光が大の苦手のようで
とにかく日陰を求めて逃げ惑い、
土の中に素早く潜ろうとします。
その動きも何となくヘビっぽい。

メクラヘビはミミズや微生物などのように
落葉や有機物を分解しませんが、
姿が似ているミミズと同類の土壌動物ととらえて、
ミミズもメクラヘビも、見つけ次第
ポット内の土に混ぜ込むようにしています。


6月23日(日曜)の、
月が地球に最も接近する時と満月が重なる「スーパームーン」現象、
沖縄地方は20:12ということで、とても期待していました。
満月は地平線から少し上がったところに位置し、
海面に映る月影、澄み切って雲も無い、
というとても良いロケーションでしたが、
「いつもの満月より大きい」
とは思えませんでしたね。
「いつもの満月より少し明るいかも」
とは感じましたが。
デジカメ撮影しましたが失敗。

電気がない時代、
たとえば江戸時代では街灯はありませんし、
夜間無灯火での出歩きを禁止されていたこともあり、
夜間は提灯(ちょうちん)を持たないと外出できなかったことや、
盆踊りの起源が仏教伝来よりもずっと前の縄文時代から
祖先崇拝の儀式を夏の満月の月明かりで行われ
現代に受け継がれていることなど、
満月や海面に映る月影、月明かりなどを見ながら
ぼんやりと考えてしまいました。
^^
posted by COFFEE CHERRY at 20:55| 沖縄 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月23日

慰霊の日

1年で昼の時間が最も長い夏至も過ぎ、
今年もあっという間に後半に入りました。

宮古島を直撃して東シナ海から九州手前で消滅した台風4号は、
やんばるには強めの風と雨だけで、被災はありませんでした。

しかも雨はひとしきり強く降ってはやみ,やんでは降りを繰り返し
梅雨明けして日照りを心配していましたから
むしろ感謝したいくらいです。


今晩8時12分は「スーパームーン」という
月が地球に一番近づき、さらに満月になるタイミングが揃い、
今年最大の満月が見られるようですが、
今日の沖縄は「慰霊の日」でもあります。

昭和20年の沖縄戦では、住民を巻き込んだ激しい地上戦の末
20万人余りの尊い命だけでなく、沖縄の文化財、自然がことごとく奪われました。
太平洋戦争で唯一、日本国内の一般住民が地上戦に巻き込まれた戦いでした。

沖縄戦における20万人を越す戦死者のうち、
約半数の9万4000人余りの戦死者は兵隊以外の一般県民や子供でした。

この沖縄戦で、沖縄防衛第三十二軍司令官牛島満中将と同参謀長の長勇中将が
糸満の摩文仁で自決した日が昭和20年6月23日の未明とされていて、
この日を日本軍の組織的戦闘が終結した節目としてとらえ、
沖縄慰霊の日が制定されているのです。

牛島司令官は、自決前の6月19日に
「全将兵ノ三ヶ月ニワタル勇敢戦闘ニヨリ
遺憾ナク軍ノ任務ヲ遂行シ得タルハ同慶ノ至リナリ。
然レドモ、今ヤ刀折レ矢尽キ、軍ノ命旦夕ニ迫ル。
既ニ部隊間ノ連絡杜絶セントシ、軍司令官ノ指揮困難トナレリ。
爾後(じご)各部隊ハ各局地ニオケル生存者ノ上級者コレヲ指揮シ
最後マデ敢闘シ悠久ノ大義ニ生クベシ。」

いう最終命令を出し、
自らは無責任に命を絶ちました。

一般人や学徒動員された青少年たちは米軍に包囲され、
艦砲射撃で無差別に砲撃され逃げまどい、
残存将兵による斬り込み攻撃や、
やんばるの山岳地帯でゲリラ戦が続き、
沖縄戦が正式に終結するのは、
日米両軍の代表が嘉手納基地内で降伏調印を行う9月7日、
日本がポツダム宣言を受諾し、無条件降伏した8月15日よりも
23日も後のことなのです。

私は毎年「慰霊の日」を迎えるたびに、
「牛島司令官が自決した6月23日は日本軍兵士の英霊に対する慰霊であり、
本当の慰霊の日は9月7日であるべきじゃないのかな?」

思うのです。

アメリカの言いなりの現総理は富国強兵の憲法に変えたいのでしょうけど、
戦後68年も経っても、沖縄は今でも遺骨や不発弾がザクザク出てくる現実や、
嘉手納基地からベトナムを空爆するB52戦略爆撃機が
枯葉剤を積み込んだ可能性が高いことなどを知っているのでしょうか?


話は戻って、今日は満月ですが
私は植え替えは満月に向かって行うようにしています。
月の満ち欠け、つまり月のリズムで農業をしているのです。
古来の農業のやり方ですね。

月の満ち欠けの周期は30日弱ですから、
1ヶ月に1回の割合で満月と新月が現れます。
1年に12回満月になるので、
1年を12に分けた単位を「月」というのですが、
月がまったく見えない新月新月から始まり、
新月から数えて3日目が三日月、
それから半月(上弦)になり、
新月から15日目満月、
それから半月(下弦)、三日月を経て新月
を繰り返しているわけです。

「満月の日は殺人・交通事故が激増する」
説のアメリカの精神科医アーノルド・L・リーバー博士の著書
「月の魔力」(藤原正彦・訳、東京書籍)でも、
満月または新月の時期に出産数が増加すると書かれています。

水生生物は、種類によって満潮、
あるいは干潮のいずれかに産卵するという傾向があるそうですから、
人類水生起源説のあり、進化の起源を辿れば水生生物だった人間にも、
そういう傾向が残っていても不思議ではありません。
そもそも、女性の生理周期が28日なのも、月の影響といわれています。
コーヒーも開花時期は月の満ち欠けに関係しています。

私がコーヒーの植え替えを半月(上弦)から満月の時期に行うのは、
植え替える苗木が引力で引っ張られる、つまり
「生長するエネルギーが高まっている時期」
と考えているからです。

コーヒー苗木20130620-1.JPG
昨春3月にタネ植えした中米山岳品種の苗木です。
発芽後まだ約1年でここまで生長するのは
今までテストした中では最高に早く、
やんばるの気候風土や土壌に適した品種だといえます。


コーヒー苗木20130620-2.JPG
梅雨が明けても、やんばるの山岳地帯ではにわか雨も多く、
この先の生育が楽しみです。

posted by COFFEE CHERRY at 15:20| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月28日

新たな試み

旧暦1月16日に当たる3日前の月曜日は、
沖縄では
「ジュ―ルクニチ(十六日祭)」
という、
亡くなった人たちのグソー(あの世)のお正月の日でした。
沖縄は祭事・慶事がとても多く、
また娘の産後の肥立が良くないので、
うっかり見過ごしてしまいました。

沖縄におけるコーヒー栽培の問題点というと、
台風による被災や沖縄の気候や土壌環境に最適な品種選択ももちろんそうですが、
これらについてはまた後日記述するとして、
今日は
「コーヒーは桃栗三年柿八年の世界で、とにかく時間がかかる」
という問題について考え、
またある新しい試みを始めましたので
今日はそれについて記述します。

2012年5月上旬のコーヒー双葉20130228.JPG
 コーヒーをタネ植えすると、まず土中で根を出し、
 その根と幹がタネをモヤシのように持ち上げて、
 子葉を出す、つまり最初に出す2枚ペアの双葉を開きます。
 この段階では、コーヒーの生長としては
 「まだ根が出ただけ」
 という段階です。
 生まれたばかりの魚の稚魚は、おなかに大きな卵黄を抱えていますが、
 それと同様に、双葉にはタネが持っていた栄養分がそのまま入っています。
 双葉の役割は、その次に出す本葉を発芽させることで、
 本葉を出すと双葉の役割を終えて、双葉はほどなく黄色くなって葉を落とすのです。
 本葉が栄養を溜めて、主幹や枝葉、つぼみを作り花を咲かせ実をつけるという
 その後の生長を見届けることなく枯れてしまう姿には
 「ものの哀れ」の哀愁を感じてしまいます。
 この画像は昨年5月上旬に撮影したものです。


一般に、コーヒーノキは
「タネ植えから初めて開花させ、初めて収穫出来るまで約5年必要」
といわれ、
沖縄でもおおむねその通りなのですが(品種によって微妙に違う、ハワイ種はやや早い)、
「そんなに長く待てない」
という対策として、
「タネ植えから発芽などをカットして、てっとり早く苗木を調達し、そこから始めればいい」
といった安直な考えがふつう頭に浮かぶものです。
実際に私もそうした時期がありました。

最近、沖縄ではなぜかコーヒー栽培ブームになり、
セミナーや講演が行われるようになって、
コーヒー苗木は、奪い合いの様相を呈しています。

たしかに苗木が入手できれば、
苗木を定植して元気に生育させられれば
「収穫期が早まる」
のですが、
ここでも問題なのは、
「その苗木の品種はなに?」
「その苗木は、そもそも元気なの?」
「そのポットの土の種類は?」
「何年苗木なの?」
「タネは状態がよく元気だった?」
「苗木の根はどうなっていると考えられる?」
「その苗木は日なたに置かれていたの?日陰に置かれていたの?」

といった、
栽培環境や品種などを熟慮せず、
ただ苗木の入手だけが目当てであれば、
その結果は、都はるみの「好きになった人」の
歌詞のフレーズのようになってしまうのも必然といえるのです。

また、運よく元気な苗木を入手したとしても、
それを定植する適期や移植方法、植える場所の適否、防風対策の有無など
いろいろな課題があるのですが、
どうもコーヒー栽培を簡単に考えている方が多いように見受けられます。

「桃栗三年柿八年」
原田知世主演映画『時をかける少女』に出てくるセリフでは、
この後、
「ゆずは9年で成り下がり、ナシの馬鹿めは18年」
と言うのですが、
コーヒーも10年くらいのところに混ぜて欲しいくらいの辛抱さが不可欠なのに、
「早く、しかも楽に」
という楽観的で、価値観より損得を第一に考えた参入者の方々は、
過去、例外なく挫折して去っていきました。
こういう人たちの共通点は、
「石の上にも三年」
何事にもとにかく時間がかかる、という考えが欠如していることです。

数えきれないくらい失敗を繰り返しても、
私がバカだからだとあきらめず、
しぶとさだけが取り柄の私ですが、
ひと頃熱中していた、
「こぼれタネから自然に発芽した自生苗」
も、
その後の生育に難があることが判り、この方法も断念し、
「時間がかかっても、苗木はタネ植えからつくるのが確実」
という初心に立ち返るに至りました。

その後、
香川県のブルーベリーの有機栽培の西園寺さんや
岐阜県の中山さんの助言もあり
「苗木は3年目までに、いかに元気よく生育させられるか」
という考え方に、私もようやく目覚め、
豚糞堆肥を一部で使い、堆肥を使わないものと比較テストを始めました。
最初の投入はまだ先週のことです。

私の現在の環境では、
鶏糞の入手は困難というより、鶏糞は使わない主義なので、
牛糞か豚糞堆肥が対象になりますが、
豚糞の方は、地主の好意で、タダで無制限で入手可能なので、
豚糞堆肥を使うことにしました。

すでに約2年を経過させた、完熟豚糞堆肥で、
すでに雑草が生えだしているので、使用に問題はありません。

この完熟豚糞堆肥に国頭マージと腐葉土を混ぜ、
定植した苗木と、苗木ポットの一部に
ひと握りずつ主幹の周囲に撒きました。

コーヒー苗木20130227-2.JPG
 豚糞堆肥と土、腐葉土を混ぜて、
 1つかみをポリポットに投入しました。
 この上にさらに落ち葉をかけたら完成です。
 この苗木は、発芽後約1年2カ月目を経過しました。
 コーヒーの生育は時間がかかります。


コーヒー苗木20130227-1.JPG
 節間も短く、元気なコーヒー苗木です。
 まだ双葉が最下部に残っていますが、
 本葉を出して役割を終えているので、じきお別れですね。
 安倍政権がTPP参加に焦っています。
 日本を米国の51番目の州にしようとするなら
 そればもう売国奴のすることだから個人で亡命したらいいと思います。
 畜産業は、すでに穀物価格の高騰と円安で配合飼料も高騰しています。
 養豚では豚価格の半分以上がエサ代なので、
 我が家近郊のやんばるの養豚や牧場ではリストラはもちろん、
 頭数制限までしている状況です。
 これではTPPに参加する前でも廃業が続出するかもしれません。
 昔は「年寄りや弱者はいたわれ」と教えられたものですが、
 小泉政権以降は「弱者はヒトにあらず」というように変わりました。
 食糧は戦略物資ですから、余っている時は買えますが、
 天災や紛争などがあったら日本を最優先に輸出してくれる国なんかないはずです。
 富国強兵を目指したいなら自給率向上も目指すべきなのに…、
 大手新聞やマスコミは新政権を褒め称えるばかりで、
 またそれにだまされる一般庶民も大勢いて内閣支持率も上がり、
 前政権もよど号事件の犯人たちが政権をジャックしたようで最悪でしたが、
 新政権も最悪です。



後日、経過が良好であれば、
完熟豚糞堆肥はすべての苗木ポットに投入していこうと考えています。

堆肥を施す理由は、
 @ 保水力が高まり、水分を吸収しやすくなる
 A 土中に適度なすき間が出来て排水性が高まり、通気性もよくなる
 B 微生物が活性化してミミズも増えて、堆肥自体が分解され、
   窒素やリン酸、カリウムといった植物に不可欠な成分が生まれ、
   毛根から吸収しやすいように分解される
 C 細かく密集していた土の粒子が、微生物の働きで団粒という塊りにまとまる
 D 団粒も適度な保水力を持ち、排水性と通気性を良くし、根が伸びやすくなる

といったところです。

畜産堆肥には、
「牛糞堆肥、豚糞、鶏糞」
の3種類があります。

養鶏ではワクチンや抗生物質などの薬を投入していますが、
鶏はエサの6割を未消化で排泄してしまうので、
私はその堆肥は土壌汚染化を危惧して使いたくないのですが、
鶏糞堆肥の長所は、窒素リン酸カリともバランス良く含まれ、
肥料成分が豊富なため完全な肥料であり、
また施しすぎると窒素過多などの障害が出るので
土壌改良資材としては考えてはいけない、というのが特長で、
沖縄では長く効果がある肥料として使う農家は多いです。

牛の飼料はほとんどが植物由来のために
窒素が主な成分でリン酸やカリは少なく肥料成分もあまり多くないので
土をフカフカにした土壌改良として葉野菜栽培向き、
というのが牛糞堆肥の特長です。

雑食性の豚の豚糞堆肥には
牛糞堆肥に比べてNPK(窒素、リン酸、カリ)を多く含むし、
Ca(カルシウム)、Mg(マグネシウム)なども含み、
C/N比(炭素と窒素の比率)も小さくて、
有機肥料としては効果が高く、野菜や果菜に向くので
豚糞完熟堆肥はコーヒー栽培の、特に苗木の生育には適していると思うので、
今回の比較テストでの使用には問題がないはずです。

それでも厳密に考えると、養豚の配合飼料には
遺伝子組み換え農産物が入っているでしょうし、
抗生物質だって投与されているかもしれないし…、
そう考えると、畜産堆肥は苗木生育過程での一時的なもの、と考えたいところです。
であるなら、苗木の3年目程度までの使用であれば、
硝酸性窒素などの問題もそれほどでは無いように思いたいところです。

沈黙の春20130228.JPG
 1962年、アメリカの海洋生物学者レイチェル・カーソンが、
 DDTなどの毒性と残留性の強い農薬による危険性を訴えた本です。
 AMAZONの中古本で1円で買えました(本代は1円でも送料は250円かかりましたけど)。
 有吉佐和子の「複合汚染」も毒性の強い農薬の危険を警鐘しましたね。
 硝酸性窒素(発がん性物質)はWHOやEUでは基準値が設けられているのに、
 日本では基準値が無く野放し状態なのです。
 硝酸性窒素の増加の理由は肥料にあります。
 「緑色の濃い葉野菜」を要望する消費者が悪いのか、
 窒素成分が多い肥料を使う農家が悪いのか、売り先が悪いのか、
 よく判りませんが、葉野菜は緑色が濃いから安全ではなく、
 有機栽培だから安全では無いのです。


コーヒー山の中高木20130227.JPG
 冬期ということもありますが、
 やんばるの照葉樹林の、覆うような樹勢にはほど遠い
 空も見えて寒々とした光景です。
 昨年、一昨年と大型台風が直撃したことで、特に照葉樹林が弱り、
 シイ系のダメージはドングリ不足を招き、
 イノシシがエサ不足で農地に出没したり、
 野鳥も果樹の実が不足して困っている、
 ということにも影響しているのです。


どうも娘の産後の肥立ちが良くないので、
当分はお手伝いなどが必要かもしれません。
posted by COFFEE CHERRY at 16:52| 沖縄 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月04日

コーヒーにおける適地適木を考えるin Okinawa

私は三重県の過疎の出身で、父も林業をしていた関係で、
「尾根マツ、谷スギ、中ヒノキ」
という山間地の格言を何度も聞いたことがあります。

その意味は、
「やせた土地にはマツを植え、肥沃で水分の多い土地にはスギを、
 その中間の、やや水分が少ない土地にはヒノキを植えて、
 それぞれ早い成長を期待しよう」

という、
江戸期以降の里山の経験による考え方です。

江戸期の藩政時代の植樹は、
建材用のマツ、スギ、ヒノキ、
家具材、下駄材用のキリ、保存食としてのウメ、クリ、
薪炭のための、コナラやクヌギ、
果樹としてキシュウミカンやナシ、
漆や蝋(ろう)、塗料を取るためのウルシなど
特別な用途に供される有用樹の造林が
盛んに行われていましたから、
古くから適地適木の概念が浸透していたようです。

沖縄にはスギの人工林が無いのでスギ花粉症が発生しないのですが、
スギの適地といわれる「肥沃で水分の多い土地」に、
例えばヒノキを植えてしまうとどうなるかというと、
「徳利(とっくり)病」
という、
トックリヤシのように根元に近い部分が太くなる、
病気というより整理障害のようになってしまうことがあるのです。
もちろん良質な板材には成り得ません。
また、ヒノキを樹下に植えても、光量不足で枯れることがあります。

乾燥した痩せ地にスギを定植しても、
根に必要な水分が不足して枯れることがあります。
そう考えると“適地適木”というのは、
植樹に際して、根本的で且つ絶対的な要因といえるはずです。


やんばるの森は、ブナ科のイタジイやウラジロガシ、マテバシイ、
クスノキ科のタブノキ、ツバキ科のイジュ、ホルトノキ、ヤマモモ、フカノキなど
50種以上に及ぶ樹種で構成されている常緑の照葉樹林帯で、
昨年8月の、45時間にも及ぶ本島全体が暴風域にさらされた台風や
今年の8月下旬以降の大型台風が3度襲来して、
やんばるの森は、本来はうっそうとした森林なのに、
すきバサミで刈り過ぎた頭のようになってしまっていますが、
放任していても、2〜3年もすれば、枝葉が伸び、
在来種の生存競争が始まって、
やんばるの森は適地適木の森林になっていくことでしょう。

コーヒー山から西側の風景20121103.JPG
 コーヒー山から西側には、
 遠くに伊是名島、伊平屋島、伊江島などが高台から見えるのですが、
 森林内はうっそうとしていて、数十メートル先もよく見えなかったのに、
 今では近くの山も見えるほどスカスカになっています。
 ということは太陽光が入るということになります。
 沖縄も最近は寒いし、光合成も活発になり、いいかもしれません。



沖縄本島でのコーヒー栽培は、
アルカリ土壌のジャーカルでも実ができるものの、
品質的には良い実は出来ませんから、
「国頭(くにがみ)マージの金武(きん)町以北」
が“適地”ということになりますが、
「金武町以北なら、どこでもいいの?」
というと、
「塩害があるから沿岸部は適さない」
ということがいえて、
少し適地のエリアが狭まりましたよね。

沿岸から2km前後あたりまでは塩害が及ぶ可能性もありますし、
また地形的なこと、栽培地の方位なども良し悪しがあるでしょう。
さらに、沖縄は何といっても
「台風台風とどう向き合うのか?」
を考えて、その対策が絶対条件になります。

今帰仁村の古宇利島や
標高172mの城山(タッチュー)を除くとわりと平坦な伊江島、
宮古島、竹富島、粟国島、
国頭村東北部から見える鹿児島県の与論島など平坦な島では、
台風対策はフクギなどで、長い時間をかけながら
頑強な防風林を造り上げないと
コーヒー栽培は難しいと思います。

また、コーヒー農園というと、多くの人が
「見渡す限りにコーヒーが広がっている」
というブラジルのプランテーションをイメージしがちですが、
空が見える青空栽培で、台風対策が充分といえるのかどうか、
その選択も成否のturning pointといえるでしょう。

リハビリ中のコーヒー苗木20121103.JPG
 リハビリ中の苗木が復調気配です。
 一度ストレスを受けた苗木が成木になった時に、
 良い実を付けるのかどうか判らないので、
 リハビリ苗木は、いずれどこかのエリアにまとめて定植し、
 家族の自家用とかで考えています。


コーヒーを“適木”として考える場合、
真っ先に考えなければいけないのは品種選定です。

恩納村の山城先生が、
「沖縄バージョンで判りやすいように」
と、命名してしまったニューワールドでいいのか、
沖縄の土壌や気候環境に適合した品種を探し出すべきなのか、
という選択がありますし、
タネを撰び、タネ植えから始めるのか、こぼれタネによる自生苗を使うのか、
という選択肢もあります。
タネ植えからは時間がかかりますし、自生苗は徒長という、
それぞれのリスクもあります。
それぞれの選択により“適木”に成り得るかどうかの結果も違ってくるはずです。

また、コーヒーを路地で栽培し、樹高を2mでピンチすると、
成木では直径約3mの円すい形のような樹形になります。
面積でいえば成木1本で約3坪にもなりますから、
密植えはしない方が良いのは当然です。

コーヒーは放任すると、樹高7〜8mのヒョロヒョロした樹形になりますから、
それを2m以下に、低くピンチするのも、木に相当なストレスがかかることになり、
私は問題があると考えています。

また、コーヒーは陰樹という、陰ひなたでも生長できる木です。
植物は、太陽光と水と二酸化炭素で有機物をつくり出すという
他の動物はもちろん、現代科学でもマネ出来ないような光合成という
ハイテク機能を供えていますが、
コーヒーは陰樹だからといって、陽の当たらない日陰で栽培すると
生育が遅れたり、病害虫に侵されやすくなります。
特にタネ植え後の発芽苗は、生長する過程では積極的に光合成をしたいのですが、
苗木定植後は、どちらかというと木漏れ日の当たる場所でも生長できるという、
少し手がかかる偏屈でデリケートな果樹でもあるのです。

コーヒーに光量がどのくらいあれば充分なのかは、
なかなか言葉で表現するのが難しく単純ではないのですが、
山城先生の農園が残念ながら枯れてしまったことで、
「光量が生長と寿命に密接に関連し、それらが相反関係にあるのではないか」
と、私は仮説を立て検証しています。

コーヒーを適木にするためには、
「コーヒーは栽培植物」
だということを認識して、
人の介在が必要だということも、知っておかなければなりませんし、
「たかがコーヒー栽培」
と思うのか
「されど」
と思うのかでも、
またゴールが違ってくるように思うのです。

発芽苗20121103.JPG
 これだけあると何本か見当がつきませんが、
 このあと全部ポット移植して58本あることが判りました。
 この発芽苗は今年の2月にタネ植えしたものですから、
 約9か月にしてはニューワールドより格段に生育が良い品種です。


移植した発芽苗20121103.JPG
 葉の元気さや幹の太さ、樹高も、
 ニューワールドとは別の果樹じゃないかと思うほど
 生育が良く、今後の生長が楽しみです。
 沖縄の土壌や気候環境にどういう品種が向くのか今後も積極的にテストをして、
 沖縄におけるコーヒー栽培の土台を築いていきたいと思っています。
posted by COFFEE CHERRY at 22:30| 沖縄 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月27日

コーヒー栽培はやっぱり自然栽培がいい

幕末の昌平坂学問所というと現在の東大にあたりますが、
そこで儒官をしていた佐藤一斎が57〜66歳の頃に
書き記した語録255条の「言志後録」の147条に、

草木の移植には、必ず其の時有り。
培養には又其の度(ど)有り。
太(はなは)だ早きこと勿(なか)れ。
太だ遅きこと勿れ。
多きに過ぐること勿れ。
少なきに過ぐること勿れ。
子弟の教育も亦(また)然(しか)り。


草木を移植するには、必ずそれに合った時期がある。
草木を育てるために与える肥料にも
適度な程合いというものがある。
速すぎてはいけないし、遅すぎてもいけない。
多すぎてもいけないし、少なすぎてもいけない。
子弟の教育もこれと同じである。


と、あるように、
植物の栽培では、
「肥料をただあげればいいわけではなく、施肥の量や時期がある」
というわけですね。

コーヒー20121027-1.JPG
コーヒー山の、最も東側のコーヒーです。
相次いだ大型台風の多くは、例年型の東や北東からの風で、
コーヒー山の東側は大きな谷があることから、
東側は大打撃かもしれないと心配していたのですが、
ご覧のとおり無傷で安心しました。


戦後、特に昭和30年前後に林野庁が
「林地施肥」
という、
農地と同様に森林にも肥料を撒いて
樹木の成長速度を早めようとしたことがあるのですが、
結果は頓挫しています。

なぜかというと、
肥料が途切れると
「肥料切れ現象」
という、
樹勢が悪化したり、病害虫が発生したりといった
生育不良の樹木が多く出たからです。

野菜は数か月で収穫できるのですが、
樹木は最低でも10年以上の長い年月がかかり、
面積も農産物の耕作地と森林とでは
圧倒的に森林の方が広大で、
コスト面を考えただけでも破綻してしまうのですが、
さらに肥料の力で急速に生長した樹木は強度も低くなり、
風害に弱くなる傾向もあるのです。

ということは、
森林栽培でのコーヒーは風に要注意なのに困りますよね。

子供を過保護に育てて、
ある日突然スパルタ式にするようなものですから、
子供だって即座に順応できずに混乱したり、
グレてしまうことだってあるかもしれませんが、
それとまったく同じことなのです。

コーヒー20121027-2.JPG
 コーヒー山で最も西側のコーヒーです。
 今回の大型台風は、揃って返しの風(西風)が猛烈でしたから、
 ふだん台風の影響が最も無い西側のコーヒーが
 少し暴風にあおられたように見受けられますが、
 それでも元気なので安心しました。


コーヒーの木の寿命は、放任しておくと100年を超えますから、
本来自然のままにしてあげるのが一番なのです。

県内ではコーヒー栽培に鶏糞を撒く生産者が多いはずです。
恩納村の山城先生も、東村の足立浩志さんもそうしていました。

堆肥の効用は、私も人並みに知っていて、
私の今の環境では、鳥や豚、牛の堆肥をタダで大量に作ることが出来ますが、
私はコーヒー山では堆肥は使いません。

その理由は上記のように、
不健康な木になる可能性があるからですが、
さらに、例えば鶏糞を例に上げると、
鳥は6割を未消化で排泄しますから、
「何を食べたのか」
がとても重要になります。
養鶏は伝染病が怖いので、
多くの予防ワクチンをエサに投入しています。
エサも配合飼料で、米国のトウモロコシや小麦が主成分ですが、
それが本当に安全なのかも疑わしい。
となると、未消化で排泄したものが、
土壌を汚染すると考えるなら、
「堆肥は完熟発酵してから使う」
のは当たり前にしても、
「安全とはいえない堆肥を使うことが、そもそも有益なのかどうか」
と考えると、
私の答えはNOなので、堆肥は使いたくない、
それで有機栽培ではなく、自然栽培派なのです。

在来種の森林は弱肉強食の大変な競争で構成されているのですが、
そんな中に外来種のひ弱いコーヒーを植えるのですから、
コーヒーだって生存競争に巻き込まれて大変なのですが、
何とかやんばるの森林内の秩序に調和してもらうために
私が黒衣(くろこ)のように介添えや補足をしていきたいと考えているのです。

クワ20121027.JPG
 自宅庭のクワの木です。
 相次いだ大型台風で葉がすべて吹き飛ばされ、
 ようやく再生に向けて新芽や葉が出始めたところです。
 やんばるの多くは、こういった現象になっています。


フクギ20121027.JPG
 自宅のクロキです。
 フクギやクロキといった沖縄で古来から防風林にされていた木は
 相次ぐ大型台風でもビクともせず、葉も飛ばされていません。
 とても頑丈な樹木ですが、成長はコーヒー以上に遅いのです。
 それでも、こういった台風に強い木で
 頑強な防風林を構築していく必要性があります。


今日は吉田松陰が江戸伝馬町の獄で斬首され、29年2カ月の生涯を閉じた日です。
もちろん当時は旧暦ですから厳密には今日ではないのですけど。
1859年(安政6年)10月27日ですから、153年前になりますね。

辞世の有名な句、
身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂
は、
10月25日に
「留魂録(りゅうこんろく)」
という、松陰の遺書の書き出しに書いてある歌です。

ちなみに、
松陰の生まれ育ったのは松本村で、
松下村熟(しょうかそんじゅく)とは、
松下=まつもと
「松本村の熟」
という意味のようです。
posted by COFFEE CHERRY at 22:59| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月24日

コーヒーの挿し木が難しい理由を考える

西川勢津子さんの著書によると、
ご自身でコーヒーを鉢栽培されていて、
挿し木で増やしているという記述がありました。

コーヒー栽培のデメリットの最たるものは
「タネ植えから実が取れるまで約5年という長い時間がかかる」
という、
原田知世主演映画『時をかける少女』の
「桃栗3年柿8年、ゆずは9年で成り下がり、ナシの馬鹿めは18年」
というセリフに、
コーヒーも混ぜて欲しいくらいの辛抱さが必要なのですが、
収穫までの時間短縮のために、
こぼれタネからの自生苗の利用や、
挿し木を検討する生産者は県内でも多いはずです。
私もそうでしたから。

キノボリトカゲ20121023.JPG
 我が家のアルミ製の門の近くに出てきたキノボリトカゲです。
 ふだんはすぐ近くのハイビスカスあたりにいて獲物を狙っているのですが、
 台風一過後、涼しくなり、ひなたぼっこをしているのかもしれません。


ところが、県内での挿し木テストは思うような結果が出ず、
私も
「100回やっても1回成功するかどうか」
というような、マグレに近い低確率ですから、
今はウサギと亀の競争のように、無難に
「挿し木はせず、毎年コツコツとタネ植えをする」
ことに徹底しています。

私の挿し木テストでは、
挿し穂の状態、剪定バサミでの切り方、
剪定バサミを事前に火で炙(あぶ)り殺菌するとか、
葉を落としたり葉を半分に切るとか、春から秋までの
満月や新月などの時期とか、
メネデールやHB101を使うとか、
およそ私が考えられるやり方はすべて行ったのですが、
結果は骨折り損の繰り返しばかりでした。

そのため、西川勢津子さんが挿し木で増やしたという記述を読んで、
驚いたと同時に興味深く感じたのです。
「コーヒーの挿し木って、出来るんだ」
と。

キノボリトカゲ20121024.JPG
 恐竜を連想させるキノボリトカゲは私は大好きです。
 今日のコーヒー山で撮影しました。


実生(みしょう)苗と挿し木苗を比較して考えると、
タネ植えからの発芽苗、つまり実生苗は、種子の栄養分を利用して生育しますが、
挿し木苗は切り枝に蓄えられている栄養分で発根し生育することになりますから、
両者の比較では発根と根の生育に時間的差があり、
初期成長においては
「実生苗の方が良好」
と、一般論では考えられています。

コーヒーは他の樹木に比べて
幹や枝が細いのが特長ですから、
挿し木にした場合の、切り枝内の栄養分がもともと少なく、
発根しにくいことは充分考えられるはずです。

また、挿し木が根付いたとしても、
その後の生育や寿命にどう影響するのか、
また品種や土壌、日照、その他栽培環境によっても傾向が違うでしょうし、
そうなると、仮に挿し木自体の成功率が高まったとしても
積極的に取り組むべきではない、と私は思うのですがいかがでしょうか。


ヤンバルクイナ20121023-1.JPG
 台風21号の後、初めて昨日の明け方に
 まとまった降雨がありました。
 相次ぐ台風でヤンバルクイナもエサ探しが大変なようで、
 昨日はあちこちで見かけました。


ヤンバルクイナ20121023-2.JPG
 約10m先の雑草群の中に入り込もうとしているヤンバルクイナです。
 雑草群でも、出入り口や、その中の通路はほぼ決まっているようです。
 ケモノ道のようなヤンバルクイナ専用の通路が踏み固められていますから。
 これも昨日の撮影です。


ヤンバルクイナ20121024.JPG
 これは今日の撮影でピンボケですが、これでも最も良かった画像です。
 動きが俊敏なので、私のようなデジカメ音痴では
 ピントが合う前に慌ててシャッターをきってしまうので、
 実は撮影数は多く、ほとんどがゴミ箱行きなのです。
 8月頃から野良犬が群れになって近くに来ることがあり、
 ヤンバルクイナたちも、それを警戒して生息地を移動しています。
 犬たちは夕方から夜にかけて近くに来るので
 ヤンバルクイナは日中は安心して出てくるのです。
 「ごめんね、もう飼ってあげられないの。何とか元気に生き延びてね」
 という、犬猫を捨てる飼い主の気持ちも解からないではないですが、
 それは優しさではありません。
 捨てられた犬猫たちには残酷な結果しか残されていないのです。
 飢え死にするか毒まんじゅうをたべさせられるか、
 あるいはいずれ捕獲されて
 動物愛護センターのガス室送りになるかでしょう。
 返って苦しませることになるのに元の飼い主は気づかないのです。
 野良犬軍団は近隣の養豚の番犬やヤギにも危害を加えているようです。
 今のところ我が家のRIUと鉢合わせすると、野良犬は逃げて行きますが…。
 困ったものです。

posted by COFFEE CHERRY at 23:27| 沖縄 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月22日

ポット苗には目一杯の腐葉土を投入します

今回ポットに移植している発芽苗は
沖縄でよく使われているブラジルのアラビカ種ではありません。

コーヒーのポット苗20121022-1.JPG
 私は自然栽培なので、腐葉土を多用しますが、
 ポット苗には目一杯の腐葉土を
 「これでもか」というくらい投入します。


タネ植え後8か月目になりますが、
従来のブラジル品種と現段階で比較すると、
格段に成長が早く、また幹の太さや葉の元気さなども
今回の方が明らかに良く、また根付きも良いので、
「沖縄の土壌や気候環境に最適な最強の品種」
の可能性があり、
今後の成長がとても楽しみになりました。

これとは別の品種も、現在発芽待ちで、こっちも楽しみですが、
大型台風3連発でプランターの遮光ネットが吹き飛ばされて、
その上、潮が入ったり、台風でエサが激減中の野鳥が
タネを掘り返して食べているのを発見しましたから、
こっちのタネ植えは、再度行う必要性も出てきました。

コーヒーのポット苗20121022-2.JPG
 発芽後8か月目とは考えられないほど元気に生育しています。
 今日の作業ペースは1時間で42個でした。


沖縄ではコーヒー栽培はマイナーで、
野鳥もコーヒーの実は認知していませんし、
さらにコーヒーの実にはカフェインというアルカロイド(毒)があり、
沖縄の野鳥からすると、積極的に食べたい実ではありません。
他に食べるものが無い時に、仕方なくコーヒーの実を食します。

ということは、
野鳥が食べる果樹や実のなる樹木、
いろいろありますが、例えばクワを植えると、
野鳥は好んで実を食べにやってきます。
我が家でもノグチゲラやアカヒゲなどの絶滅危惧種が
台所の窓から2m前後にあるクワの実を食べにやってきます。
こういうダミーをコーヒーと植えれば、
野鳥による食害は激減するのですが、
今回の、相次ぐ大型台風でクワなどの葉や実が吹き飛ばされてしまい、
野鳥たちが仕方なくコーヒーのタネまで掘り出しているのです。

コーヒーのポット苗20121022-3.JPG
 腐葉土を目一杯投入するのは、
 それ自体が自然の最高の肥料だからですが、さらに
「保湿・保水」という乾燥させないようにしてあげること、
 初めてのやんばるの厳冬期を経験するための「保温」、
 微生物の活躍の期待などが主な理由ですが、
 ポット内の土壌を固くさせずに根を伸ばしたい、ということも
 微生物に期待していることです。
 ふつうポットや鉢に入れた土を、そのままにしておくと
 ガチガチに固くなりますが、腐葉土を撒いておくと、
 微生物の働きで、土が軟らかい状態をキープしてくれるのです。


コーヒー山の西側の松の樹形20121022.JPG
 コーヒー山の西側の松の樹形ですが、画像の右が西です。
 松の枝葉は西側に伸びて、東側には無いですよね。
 これは松の成長過程で台風の猛烈な暴風の影響なのです。
 このあたりの松は、東側に枝葉が無いか、
 西側に傾斜するように生えています。
 それだけ東からの風が強烈なことを示しているのです。
posted by COFFEE CHERRY at 22:46| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月20日

コーヒー栽培ではなぜ直播ではなくポット苗移植なのかを考える

コーヒーのタネは温度、酸素、土壌湿度といった条件が揃えば
発芽まで1カ月前後と時間を要すものの、わりと簡単に発芽します。

本当に良い豆を作るなら、
タネ植えをする前段階で、品種選定はもちろん、タネ自体の良し悪しの選別や
発芽以降の苗木の生育や定植する苗木の選別や時期なども重要で
「発芽したから、もう成功したようなものだ」
というのは早計なのです。

稲作に昔から伝わる
「苗半作(なえはんさく)」
というのは、
「苗を上手に育てれば半分は成功した様なもの」
「苗の善し悪しによってその後の作物の育ち方に大きく影響する」
という意味ですが、
これはコーヒーにももちろん言えることで、
良い苗木を作るには、まずコーヒーの特長を知る必要があります。

コーヒー山の東側20121020.JPG
 コーヒー山の東側には大きな谷があります。
 台風の東風は、谷を降り、山に吹き上がってきます。
 度重なる台風で、照葉樹は葉が吹き飛ばされて
 隣の山が見えるようになってしまいました。
 やんばるらしい深い森林に回復するまでは2年はかかりそうです。


タネ蒔きには、
栽培する場所に直接タネを蒔く
「直播(じかまき)」

育苗箱やプランターなどにタネを蒔いたあと、
ある程度の大きさに育った苗を圃場に植える
「移植」
があるのですが、
コーヒーのタネ蒔きでは、
「移植」
が行われます。

コーヒーでも直播で発芽しますし、
実が熟して「こぼれタネ」となって落下して発芽する
「自生苗」
があります。
コーヒーの成木の幹の周りには
おびただしい自生した苗が発芽していて、
私も2年前まではその自生苗を重宝にしていたのですが
今は苗木を選別して、良い苗木だけを定植するようにしています。

「発芽までの長い時間や、その後の苗の生育期間を考えると、
 自生苗の利用は、かなりの時間短縮になる」

という考えでしたが、
実際には自生苗は、その後の生育が悪かったり、徒長苗が多かったりと、
デメリットの方が多かったからです。

直播(じかまき)は、文字通り
「栽培する圃場に直接タネを蒔く」
方法で、
コーヒーのような根が真っ直ぐ下に伸びる直根性の植物には
本来、直播の方が良いのですが、
コーヒーの場合は、
「生育に、とにかく時間がかかる」
というのが特長ですから、
「コーヒーより雑草の方が生育が旺盛なため、コーヒーの生育が負けてしまう」
そのため
「発芽したコーヒーは、光合成をしようと焦り、徒長してしまう」
ということや、
自生苗をプランターやポットなどに移植しようとした時に
「移植で根を損傷させてしまい、その後の生育を阻害してしまう」
こともありますし、
また、
「圃場では灌水(水やり)や排水、保温がしにくい」
ことや
「圃場は土壌が固く、デリケートな苗は根が伸びにくい」
こともあり、
直播は苗づくりの省力が図れるメリットはあるものの、
コーヒーの場合は使い勝手が良くない、ということがいえるのです。

また、自生苗は、そのまま放置しておくと、
すくすくと生育することはなく、苗段階で枯れてしまいます。
熱帯地域では違う結果が出るのかもしれませんが、
沖縄では、私の知り得る限りでは、
例外なく自生苗は苗段階で枯れてしまっています。

自生苗をポットに移植し、その後圃場に定植した苗木は、
その後の生育過程で徒長が修復することは無く、
節間が間延びした状態で、すくすくと成長します。

節間が長いと収穫量が少なくなりますし、風にも弱く、
台風には耐えられない木になり、
ストレスが多く、良い実を付けない結果に至るはずです。
また、収穫後の浮豆も多く、
この時点で
「どうして浮豆が多いのかな?」
と悩むことになるのですが、
多くの人は、それさえも気づかないかもしれません。

私は今に至るまで13年間、
コーヒー栽培では紆余曲折して失敗を山のように積み重ねてきて、
「沖縄でのコーヒー栽培ではこうすべきだ」
というゴールは、まだはるか遠く先で、
私が生きているうちにゴールに到達できるのかどうか、
というゴールのないようなマラソンレースに出場しているようなものですが、
「沖縄でのコーヒー栽培では、こうすべきではない」
ということに関しては、
「どうしてダメなのか」
ということを、よく学習してきました。

そういう意味でも、
「沖縄でのコーヒー栽培では自生苗は扱いにくい」
というのが、
私なりの結論なのです。

さて、そうなると、
沖縄でのコーヒー栽培におけるタネ植えは、
「直播(じかまき)ではなく、プランターや育苗箱でタネ植えさせて
 さらにポットに移し替えて、適当な時期が来たら、圃場に定植する」

という、
面倒で時間もコストもかかる方法が良い、
ということになるのですが、
なぜ、そんな面倒なことをするのか、というと
「充分な根出し」
をさせたいからです。

コーヒー苗の根20121020.JPG
 プランターで発芽させ、根を切らないように注意して
 ポット苗に移し替えます。


コーヒーは陰樹という、照りつける太陽のもとで育つより、
森林内の木漏れ日の入るような、遮光ネットの中のようなところで
元気に生育する木ですが、
発芽から苗木の段階では、
「光合成をしたい」
と、願っている天邪鬼(あまのじゃく)の面もあり、
また、土壌湿度が必須で、
手のかかる幼児のようなところもありますから、
「小さなポット内で根を充分に育てる」
ために、
プランターや育苗箱などでタネ植えして
発芽後に、またポットに移し替えをするような
面倒で時間もコストもかかる方法を取るのです。

コーヒーの発芽苗20121020.JPG
 プランターに何個タネを入れるか、というのは私もいろいろ行っていて、
 発芽率を出したい時は45か60個で厳密に行っています。
 この画像のプランターには200〜300個のタネを
 エイヤっと大ざっぱに蒔き、ほとんどが発芽をしてきました。
 土壌は軟らかい、完熟の山の腐葉土に
 少量の山の土壌を混ぜてあります。


プランターやポット内の土壌を軟らかくさせておけば
根が充分に伸びますし、水やりの管理も容易ですし、
植え替え時に毛根を切らないように注意すれば、
雑草にもやや抵抗力が付いて、移植後の生育も良くなります。

直根は、真っ直ぐに地下に伸びていきたいので、
ポット内で根がグルグル回ってしまっては
正常な生育ができなくなりますし、
移植の時期が遅れても徒長の原因になります。
また、定植する穴の大きさや深さなども
定植後の根付きに大きな影響を及ぼしますし、
定植後の水やりが充分出来ない場合の保水方法などもあるのですが、
それらはまた後日記述するようにしましょう。

コーヒーのポット苗20121020.JPG
 今日は他の作業もあり、1時間だけプランターからポット移植をしましたが、
 31個出来ました。
 段取りが悪かったので、準備さえ良ければ1時間で40個以上は充分可能ですから
 この作業は私はベテランの域に入ったのかもしれません。
 画像のポットに、落ち葉を山盛りで投入して、水やりをすれば
 今日の作業は終了です。


ヤンバルオオフトミミズ20121020.JPG
 ポット苗は、かなりデリケートなので、
 根が充分伸びやすいように
 軟らかい完熟腐葉土リッチの配合にしています。
 紫色のヘビみたいなのは「ヤンバルオオフトミミズ」の子供です。
 画像のは約20cmあり、撮影時は頭部は潜り始めていました。
 成体になると大物は40cm近くなります。
 イノシシの好物でもあります。
posted by COFFEE CHERRY at 22:54| 沖縄 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月30日

知る、好む、楽しむ

台風4号、5号が通過して、
ちょうど1週間前の6月23日(土曜)に
沖縄地方は例年より14日遅く、梅雨明けしました。

それまで雨が多かった沖縄ですが、
台風が梅雨前線を九州まで押し上げてしまい、
台風一過の梅雨明け以降、今日まで降雨がありません。
雨続きだと青空が恋しくなり、
晴天が続くと雨乞いしたくなるのですから、
人間は勝手なものですね。

国頭村辺土名の海20120630.JPG
 今日の午後の国頭(くにがみ)村、辺土名(へんとな)の
 58号線から見た東シナ海


それでも、やんばるは昼夜の温度差があり、
朝方にはしっとりと朝露が出ていますから、
まだ日照り、とまではいきませんが、
昨日一昨日は、にわか雨が降りそうで降らないじれったい天気で、
天ももったいぶっているのか、あるいは私が試されているのか、
とにかく平常心を保たなければいけません。


孔子と、孔子の高弟たちの言行・思想を集積して編纂した
『論語』の雍也(ようや)篇第六の二十に、
子曰、知之者不如好之者、好之者不如樂之者
子曰わく、之(こ)れを知る者は之れを好む者に如(し)かず、
之れを好む者は之れを楽しむ者に如かず。

という名言があります。

孔子が言われた。
物事を理解する人は、物事を好んでいる人にはかなわない。
物事を好んでいる人は、物事を心から楽しんでいる人にはかなわない。

という意味で、
「好きこそものの上手なれ」
(自分の好きなことは自然とそれに集中し、熱心に工夫するので、ますます上達する)
ということわざより、
もう一歩踏み込んだ、何事にも通ずる真理です。

登山に例えてみると、
山があり、山に登る技術を知らなければ、登山は成功しない。
しかし、登山家といわれるには、まず山が好きでなければ始まらない。
好きだからこそ、あくまで登攀(とうはん)を成し遂げようという闘志も湧いてくる。
しかし、本当の登山家の達人は、
谷を渡り、岸壁を登ること自体に楽しみを見出している。
だから周囲の人びとなどに要求されて登るわけではなく、
自分自身のために登るのであり、
気分が悪いとか体調や天候が思わしくないとみたら、
登攀を打ち切っても何ら気にすることもなく、
日を改めてまた登って楽しめばいい。
途中途中の絶景ポイントで小休止して山の趣(おもむき)を楽しんだり、
なにげない花や野鳥などの出会いを楽しんだり、
また風樹の風情を楽しんだりできれば最高だ。

というような、深い意味合いのある名言で、
コーヒー栽培だけでなく、
誰にでも何事にも通ずる真理なのです。

定植するコーヒー苗木20120630.JPG
 コーヒー山に定植する苗木です。
 1年以上山の環境に慣れ親しみましたので、
 いよいよポットを卒業して、地面での新生活に入ります。
 在来種の森林ではコーヒーは外来種でデリケートなため、
 すくすくと生育させるには過保護にならない範囲で
 お手伝いが必要になります。


春秋時代の孔子が亡くなってから10年後に産まれた
古代ギリシアのソクラテスや、それ以降の哲学の
「知を愛する」
という思想は、
「嫌々、義務的に勉強をしても、
 その知識や技術を自らの血肉とすることは出来ない」

という、
学力や理解力よりも、
詰めこみの暗記力が試される受験勉強を思い出しますが、
「物事を知的に理解することも大切だけど、
 物事を好きになって積極的に楽しもうとする姿勢を持つことが、
 真の叡智(えいち)へと導くことになる」

というのが
「知を愛する」
という哲学の本来の意味で、
『知る、好む、楽しむ』
は、
長続きするための必要条件でもあるのです。

沖縄でのコーヒー栽培は、
狭い島でも異なる土壌や栽培する品種、
あるいは露地なのか日陰栽培なのかといった栽培方法などもそうですが、
台風対策も必須になりますから、
どんなことがあっても貫徹する確固たる意志や決意の前に
『知る、好む、楽しむ』
という長続きの秘訣三原則の有無は
とても大事なことになるのです。

定植したコーヒー苗木20120630.JPG
 コーヒー山に梅雨時期に定植した苗木たちです。
 移植する穴の大きさや表土にかける腐葉土の量、
 あるいは風の入り具合や間伐のかげん、
 遮光の量などをコーヒーによく聞いて、
 定植方法も日々改良しつつあります。
 在来種でいっぱいの、森林のフィトンチッドたちとも仲良く会話して
 コーヒーたちが森林の住人として認知してほしいところです。


沖縄産コーヒーに新規参入されては辞める方々に共通するのは、
コーヒー(木)と会話をしないどころか、
早期にビジネスにつなげたいという焦りが多分に見受けられます。

何事も地道にコツコツと積み上げていくことを
何よりも継続出来ないなら何も生まれません。

コーヒーからの恵みを頂くには、
しかも良い実を付けてもらうためには、
コーヒーが機嫌よく、
出来るだけストレスを感じないような生育ができるように、
私は側面からバックアップするように常に考えていて、
歌舞伎や人形浄瑠璃では、
観客からは見えないという約束のもとに舞台上で、
役者や人形遣いを助けたり、小道具を役者に渡したり舞台から下げたりする
黒衣(くろご)という係のような役割を
今後も私は果たしていきたいと考えています。


コーヒーとの会話は、私のその時々の知識の甘さで、
私が好き勝手な解釈をしてしまい、
コーヒーに失礼なことをしてしまうことが多々あります。

キノボリトカゲ20120615.JPG
 自宅の庭のハイビスカス付近に棲みついているキノボリトカゲです。
 私が見ている前で花をくわえました。
 表情も和やかだしメスではないかと思います。
 彼女とも会話をしながら共生していきたいです。


徳川幕府の第3代将軍家光の治世に島原の乱がありましたが、
その寛永14年(1637年)に、
フランスではデカルトが「方法序説」を刊行し、
その中で真理の探究の言葉として
「我思う、ゆえに我あり」
という有名な言葉が書かれています。

「ただ信じ従うのではなく、徹底的に疑いを排除することによって実現する」
という意味で、
なにやら理解出来たようでよく解からない抽象的な意味ですが、
要するに
学説や定説、推論、文献などはすべて取り除き、
とにかくほんの少しでも疑いをかけうるものは徹底的に廃棄したうえで
自分の信念の中にまったく疑いえない何かが残るかどうかを見極め、
揺るがせないほど堅固で確実なものがあればそれを認めて受け入れ、
そこから出発しなさい

という
「ゼロからの出発」
といった考え方を方法的懐疑といったのですが、
お互いに予備知識がない外国語同士で会話していても、
喜怒哀楽が表情で少し理解し合えたりするのと同様に
私も10年前や5年前から考えると、
ほんの少しだけコーヒーと会話出来るようになりつつあるように感じます。

野口勲さんと木村秋則さんの講演20120630.JPG
 奇跡のりんごの木村秋則さんの考え方は
 人が介在しない森林の樹木はなぜ元気なのか、
 というのが出発点で、まったく私も同感です。
 また野口勲さんは固有種、在来種のタネを使うべき、
 遺伝子組み換えのタネは危険だ、という論理で、
 これもまったく同感です。
 私はプレゼンが大の苦手ですが、
 野口勲さんもプレゼンが苦手なようですね。


バナナ園のコーヒー20120630.JPG
 自宅に隣接するバナナ園のコーヒーです。
 海抜約80m、海岸から約1kmの丘陵地で
 海が見えますから台風では塩害の被災がある地域ですが、
 定植3年を経過して開花するようになりました。
 「ただ植えて放任して実が出来たら収穫する」
 ということは沖縄では可能ですが、
 ただ作っただけで満足するのか、どこを目指すのかという
 求めるレベルや理念が今後問われるところだと思います。


倉本聰のライスカレー20120630.JPG
 27年前にテレビ放映された「ライスカレー」の本です。
 Amazonの中古本で1円で買えました。
 銚子の高校野球部で一緒だった三人の若者、
 ケン(時任三郎)、アキラ(陣内孝則)、ブンタ(布施博)が、
 同じ野球部の先輩でバンクーバーで
 手広く寿司屋をやっている次郎(北島三郎)に誘われ、
 残りの青春を懸けて、カナダでライスカレー屋をやろうと思い立ち、
 悪戦苦闘する物語で、私としては名作だと思っています。
 数年間さほど真剣に修行しなかったコック見習い経験しかないのに
 プライドだけは高いアキラは、
 周りに認められるはずもなくやがて挫折していくのですが、
 このドラマの中でカナダ人シェフが、英語でアキラに諭す場面が印象的でした。
 アキラは何を言われているのか理解できていないのですが
 「山が険しければ険しいほど迂回して遠回りをしながら登らないと頂上にはいけない」
 「修行を真剣にせずにシェフになる近道はない」ことを諭していたのです。
 沖縄でのコーヒー栽培もまったく同じで、近道はないのです。
 「石の上にも三年」といいますが、それはふつうの人のことですから
 私は5年でも10年かかったとしても貫徹する覚悟です。
 「ライスカレー」がTSUTAYAのレンタルDVDにあるのなら
 また見てみたいですね。
posted by COFFEE CHERRY at 20:55| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月21日

タゴールのボライから光量を考える

やがて若芽は、すべての生物に先立って大木に成長し、
両手を合わすようにして、太陽にこう語りかけるのだった。
「私は存在しなくてはならないし、生きなければならないのだ。
私は孤独な永遠の旅人である。
陽が照ろうが翳(かげ)ろうが、昼だろうが夜だろうが、
次々に襲いかかる死をのりこえ、
無限の生命が開花する聖地に向かってひたすら巡礼を続ける旅人なのだ」
このような樹木の呟(つぶや)きは、
今でも林や山や村のいたるところで聞かれるのだ。
梢から葉から大地の生命の声は響いてくる。
「私は存在しなくてはならない。私はこの地上で生きなければならないのだ」
宇宙の声明を無言のうちに支えているこの大樹は、
絶えることなく天上から甘露(かんろ)を絞りとっている。
大地の甘露の貯蔵庫の中に、
生命の輝き、潤(うるお)い、美しさを貯えている。
そして不安に充ちた生命の言葉を天空に向かって叫び続ける。
「私は生きるんだ」
と。
この宇宙の生命の呟きを、
なぜかボライは、自分の血の中に聞くことが出来るのだった。


以上は、タゴールの「ボライ」という短編の一部です。

タゴールとはラビーンドラナート・タゴール、
アジアで初めてノーベル文学賞を受賞した近代インドの最高峰の詩人、思想家です。
インド国歌やバングラデシュ国歌の作詞・作曲者でもあり、
また日本人の自然を愛する美意識を高く評価して岡倉天心らとの親交があり、
日本には5回も訪日されています。

「ボライ」という短編は、簡単にいえば
草木の栄枯盛衰を観て、植物から知ることの大切さを学び、
愛を持つことによって人間愛を養いなさい、同時に人生を学びなさい、
という短編小説です。

ボライというのは、甥(おい)の名前で兄の子ですが、
義姉が亡くなり、兄は失意のあまり英国へ留学したことで、
ボライが赤ん坊の頃から預かっていたのです。
ボライは生まれつき、植物の旋律を感じ取れる特殊な繊細な才能を持っていました。
ボライはどんな植物にも敬意を表し、愛情を持って接し、細々と観察しするのですが、
やがて歩道上に生えてきたシムールの木を、
自身のもうひとつの命のごとく大切に丹精込めて育てるようになります。
ボライは英国から突然帰国した父から英国留学を命じられるのですが、
シムールの木がジャマでいまいましかった“私”が
シムールの木を切り倒してしまった直後に
ボライから「シムールの木の写真を送ってほしい」という手紙が届く、
という哀しい結末で終わる短編小説です。

牧野財士氏の和訳もすばらしく、
冒頭に転載した文面は何度も何度も暗記するくらい読み返してしまいました。


「ボライ」を読んで、コーヒー山を想うと、判ってきたことがあります。

「過疎の小学校に、都会の過保護な生徒が転校してくると、すぐには溶け込めない」
「日本の、ふつうの公立小学校に、日本語の話せない外国人が転校してきた」
という情景を思い描いたとき、
コーヒー山に定植されたコーヒー苗木たちが
過酷な試練を乗り越えようと、日々奮闘しているのが判ってきたのです。

在来種の群雄割拠のやんばるの森林に、
デリケートで繊細な外来種のコーヒーが入ってきても、
すぐには仲間に入れてもらえないどころか、
在来種の植物たちからすると、
むしろ淘汰というか排除しようとするはずです。

コーヒー山の在来種のフィトンチッドやアレロパシーなどが
コーヒーの生育自体に若干阻害の影響を与えているはずですから。

私の
「健康に生育した木は、元気な実をつけるはずだ」
という考えはまったく変わりませんが
「森林栽培は、路地栽培より倍以上の時間がかかる」
「たとえ時間がかかっても森林で栽培した方が良い実をつけるはず」
ということが、
今回「ボライ」を読んだことで、
目から鱗(うろこ)が落ちたように思えたのです。

コーヒー山では生育速度は路地栽培当時と比較すると確かに遅いのですが、
ひと冬というか1シーズンをコーヒー山で経験したコーヒー苗木たちや移植した木は
路地栽培当時より元気といえます。

さて、そうなると、今度は「光量」です。
スダジイやイジュなどの、陽を浴びたい中高木は森林の外側を覆いますから
森林内の中低木の草木は木陰が多くなります。

頭上の樹勢120419-1.JPG
 昨年8月の、本島全体が45時間暴風雨圏にさらされた台風で
 やんばるの森林もすっかり疲弊してしまったのですが、
 その後、雨量が多く、最近のやんばるは新緑がまぶしくなってきました。
 画像はコーヒー山の中から頭上を見上げたところです。
 「光量の適度がどのくらいか」
 が新たな悩みのタネです。


今までは
「コーヒーは陰樹」
なので、
「森林内の木陰で、木漏れ日が入るならOK」
とアバウトに考えていたのですが、
「コーヒーを植える環境に適した在来種の中高木を植えて、
 コーヒーと伴植する樹木をシェードツリーとする」

というのが、コーヒーとシェードツリーの考え方ですから、
現在のコーヒー山のように、
「在来種の森林内の中低木を一部伐採して、
 そこにコーヒーを定植し、自然な木陰の中でコーヒーを栽培する」

のに、
シェードの役割は、
「適度な日陰を作ることで、強い日照からコーヒーノキを守る」
ということですから、
この“適度”というのが微妙ですよね。

ブルーベリー栽培の指導者・西園寺さんから、3月に
「もっと光量を入れた方がいいんじゃないか」
というアドバイスをいただき、
「適度とは具体的にどの程度をいうのか」
というのが、今度は気になるようになりました。

「光量が少なければ光合成がしにくくなり不健康化、光量が多ければ葉焼けして短命化」
ということになるわけです。

頭上の樹勢120419-2.JPG
 ここもコーヒー山です。
 私としては、ここは光が入りすぎと思うのですが…。
 コーヒーは発芽以降、幼苗、苗木時代の環境でも
 コーヒー山に定植後に微妙に変化を見せてしまうので、
 その点ではなかなかデリケートですね。
 赤ちゃんの育児のように、コーヒーは初期は
 特に人の介在が不可欠ですが、
 主役はコーヒーで、私はあくまで黒衣なのです。


植物は自分が生きて行くためのエネルギーを、
日照による光合成という方法で自ら作り出しているのですが、
松のように、芽生えからより多くの日照を浴びて、
他の樹木よりも早く高く生長することで日照を独占して、
森林内で少しでも優位に立ちたいという「陽樹」に対し、
水分や栄養分が豊富で
森林内の弱々しい光の中でも着実に成長して、
いつか明るい光を浴びる日を夢見て
虎視眈々とCHANCEを伺う「陰樹」があり、
コーヒーの木は、クスノキ、カシノキ、ブナ、シイ、
タブ、ツガなどとともに後者の「陰樹」になります。

陽樹が成長して繁茂すると、その木の下は当然日陰になるので、
松などの次世代の芽生えは光が不足するためこの陽樹の下では育たずに、
薄暗い光量下でも幼苗が育つ陰樹が育ち、
陽樹林は陰樹林へと変遷(へんせん)していくのです。

アバウトにいえば、
「日陰であっても成長可能なのが陰樹」
という意味で、
「陰樹だから光が少ない方が良い」
というわけではないし、
「光量も多ければいいのではない」
のです。

濃霧のコーヒー山120421.JPG
 一昨日は午後から天気が崩れました。
 帰る途中に観たコーヒー山です。



コーヒーの実の果肉は甘いのですが、
この糖度と品質の関係も少し考えてみましょう。
横浜の中村さんからこのお話をいただき、私も気になったのです。

糖度は
「日照時間に比例する」
といわれますが、
糖度が上がるためには、光だけでなく、
“寒さ”という厳しさも必要になります。

コーヒーが
「昼夜の温度差があるほど良い品質の実が出来る」
といわれているのは、そのためですが、同時に
「昼夜の温度差があるほど、果肉は美味しい甘さになる」
と考えられます。

光合成を行わない夜間の温度が低いと、
寒さに耐えるために、消費する炭水化物の量が少なくし、
自らの樹液濃度を高める、その濃縮作用が、
果肉の美味しい甘さを作り出すのではないかと思うからです。

そう考えると、
「森林栽培は路地栽培より倍の時間がかかるが、
 時間がかかることで日照時間の積算量自体は多くなる」

という、
「時間をかけて育てる」
ことは、あながち間違いではないように思います。
問題は光量のバランス調整だと思います。

ヤンバルクイナ120420-1.JPG
 コーヒー山の地主によると、
 国の天然記念物ヤンバルクイナは
 10年前は「月に数回見かけるくらい」だったのが、
 最近は「見ない日は無い。多い時は1日に何羽も見る」と言って
 「増えすぎて、もう保護なんか必要ないんじゃないの」
 と言われています。
 その正否はともかく、我が家の庭や、バナナ園などにも多数出没しています。
 この画像は我が家から20mくらいのところで昨日撮影しました。
 これは模様が綺麗なのでオスです。


ヤンバルクイナ120420-2.JPG
 彼らを見て「あっ」と思うと、ほんの数秒で、
 こうして草地に入ってしまうので、
 出会いは多いのですが、なかなか撮影出来ないのです。
 一度草地に入ってしまうと、そこからは二度と出てきません。
 彼らを多く見れるのは4〜7月、特に4月中旬〜6月は、
 雛を連れ歩く時期でもあり、エサを探しているのか
 朝でも日中でも夕方でも、よく出てきます。


現状では
「沖縄でのコーヒー栽培では、光量はこのくらい必要」
というのは結論を出せずに、
暗中模索から抜け出せないのですが、
「原産地の栽培環境を再現させたい」
という私の考えでは、
コーヒー山は、まさに理想的な栽培環境だと改めて思い直しています。

沖縄のコーヒー栽培では、標高が最も高く、昼夜の寒暖差も激しく、
冬の寒さも沖縄随一ですから、コーヒー山の環境に時間がかかっても馴染めれば
きっと良い実を付けるはずだと確信しています。


バナナ園のコーヒーの開花.JPG
 自宅に隣接するバナナ園の東側に植えたコーヒー苗木がようやく開花しました。
 昨年の台風では、かなり潮を浴びて、放任していましたが、
 どうやら潮にも耐性があるようですね。


posted by COFFEE CHERRY at 18:53| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月01日

コーヒー苗木の定植基準

コーヒーの苗木を、
「いつ植えるのか」
あるいは
「どの程度の大きさになったら植えるのか」
など、
いろいろな方法を試行錯誤しているのですが、
「苗木がこういう状態になったら植える」
という、私なりの基準をご披露しましょう。

コーヒー苗木20120401-1.JPG
 定植を待つコーヒー苗木です。
 コーヒー山でも2回の冬を経験して、
 山の環境にはすっかり慣れ親しんでたくましく生育しています。


コーヒー苗木20120401-2.JPG
 これも定植の出番を待つコーヒー苗木です。
 日本には口径が小さくて深いポットがありませんが、
 出来ればメーカーではそういう深型のポットも作ってほしいところです。
 根がポット内をグルグル回るのは避けたいし、
 直根も真っ直ぐの状態で、植えたいからです。


コーヒー苗木20120401-3.JPG
 これも定植の出番を待つコーヒー苗木ですが、
 最初の頃は“高さ”を基準にして定植していました。
 昨秋から新たな基準に変えました。


コーヒー苗木20120401-4.JPG
 これは、苗木の高さが充分でも、
 「まだ定植しない苗木」です。
 次の画像と比較してください。


コーヒー苗木20120401-5.JPG
 こちらの苗木は「定植する苗木」です。
 前の画像と比較して、違いが判りますか?
 新しい基準は「枝が出ているかどうか」にしています。
 前の画像は、まだ葉が出ている状態ですが、
 こちらの画像は枝が出てきていますよね。
 高さが同じようでも、苗木の生育が違うわけです。
 昨秋からは、「高さが30〜40cm」で、
 さらに「主幹の上の方に枝が出た苗木」を優先して定植しています。



この基準は、経験を基にした私なりの判断なので、
コーヒーの栽培学的に正しいのかどうかは判りませんが、
昨秋から約半年間、定植した苗木の経過を見ていても異常がなく、元気なので、
当面はこの方法で行うつもりです。

「いつ植えるのか」
は、また次の機会にご紹介しましょう。
posted by COFFEE CHERRY at 22:20| 沖縄 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月31日

半栽培を考える

コーヒー山では、リュウキュウイノシシがあちこち掘り返していて
まるで耕耘機が暴走したような光景が目立っています。

沖縄本島は昨年3度の台風襲来があり、
コーヒー山でも、森林内では空がよく見えないほどの
鬱蒼(うっそう)とした森林だったのが、
台風でシイの木が枝葉をずいぶん飛ばされて、
イノシシの大好物のドングリが激減してしまったことで
ミミズを捕食するためにあちこち掘り返しているのです。

ヤンバルオオフトミミズ120319.JPG
 ふつうのシマミミズやフトミミズを超越して
 ヘビみたいな巨大なヤンバルオオフトミミズ。
 リュウキュウイノシシは、好物のドングリが激減したので
 この巨大ミミズを捕食するために、
 あちこち掘り返しているのです。



台風の影響でコーヒー山では上空を見上げても、
空が見えるようになってしまいました。
ということは、陽が入ることを意味しています。
やんばるは新緑が目立ってきましたが、
元通りの、鬱蒼(うっそう)とした森林に戻るには
まだ1〜2年はかかりそうです。

イノシシがあちこち掘り返してもコーヒーには無関心、
というよりコーヒーは避けています。
イノシシはバナナの株やテッポウユリの球根などは大好きですが、
コーヒーのカフェインが嫌いなのです。
植物のアルカロイドは、多くが他の生物に対して毒性があります。
これは植物が自己防衛のために作り出した物質なんですね。

チョコレートのテオブロミンとか、
コーヒーやお茶のカフェインのようなアルカロイド類は
人類は数千年も前から、熱帯雨林で
様々なアルカロイドに富んだ熱帯植物を食べてきた歴史があり、
人類は体内で簡単に解毒できるようになっています。
カフェインは人間にとっては神経を良い意味で刺激することで
リラックス効果をもたらすのですが、
イノシシにとってはアルカロイドは“毒”というわけです。

イノシシが掘り返す事態はコーヒー山だけでなく、
やんばる全体に及んでいます。

「やんばる(山原)」
とは、
「山々が連なり森の広がる地域」
を意味する言葉で、
ブナ科のスダジイ(沖縄ではイタジイ)やオキナワウラジロガシが優先する
常緑の照葉樹林の森で、
自然性の高い亜熱帯性常緑広葉樹林が広がり、
多様性に富む生物相を保持しています。
そのため、コーヒー山でも固有種とよく出会うのです。


森で木が倒れると、森に光が入るようになります。
光が入ることによって、これまで高い木の下で成長できなかった種類の植物や
照葉樹たちが先を争って成長するようになり、
太陽の光をめぐる競争が激化し、そこには新しい形の生態系が生まれます。

これも長い時間の経過とともに、また元のような高い照葉樹に覆われ、
このプロセスを
「遷移(せんい)」
といい、
遷移の結果至った安定した生態系を
「極相」
といいます。

森では永遠に極相が保たれることはなく、
攪乱を受けて、遷移になり、極相に至ることを繰り返しているのです。

広い自然界の中では、どこもがすべて極相ではなく、
あるエリアは極相を保ち、あるエリアは遷移の初期段階、
またあるエリアでは遷移の中期段階、
といったような状態になっています。
極相エリアと遷移エリアでは、それぞれの段階ごとに生態系が違いますが、
広い自然界では、全体として生物多様性を維持している、
ということになります。

イノシシがミミズ捕食のために掘り返したところや
陽が射し込む森林を見ていても、
遷移の中にいる私が、森と共生しているような一体感が得られて
それはそれで趣があり、またすべてがいとおしく、
作業も一層楽しく感じられます。

コーヒー山20120330.JPG
 標高約300mのコーヒー山は照葉樹林に覆われています。
 台風などで倒壊してしまう木もあります。
 コーヒーは森林内に定植していますが、
 光をどの程度入れたらいいのかを試行錯誤しています。



「固有種の多い、やんばるの自然を守ろう」
という
「環境保全」
を考える方々がいるように、もちろんその趣旨には私も同感です。

環境保全の概念では
「人間が手をつけていない、手つかずの自然こそが最も望むべき自然の姿」
とか
「鬱蒼(うっそう)とした森林形態が、ひとつの理想的な自然な姿」
と考えがちで、
実際に少し前の生態学では、
「人間の活動は生態系を壊す」
という位置づけをされていました。
人間のかかわりは自然界には否定的だというとらえ方をされていたわけです。

ところが近年の生態系では、特に保全生態系の分野では、
「適度な人間とのかかわりがあった方が、むしろ生物多様性に寄与することが多い」
というとらえ方になっていて、
人間と自然との関係では、
 ・ 野生なのか栽培なのか
 ・ 自然なのか人工なのか

といった二分法を考えがちですが
「攪乱の程度によっては自然を壊さず、むしろ保全する」
という考え方が出てきているのです。

これは私にとって、とても興味深く、また嬉しい考え方でした。
私の森林栽培は、
「在来種の森林の照葉樹は優先して残して、
 低木などを少し伐採してコーヒーを定植する」

というものですから、
「それでも、やんばるの生態系を微妙に変えてしまっている」
という、少しnegativeな気持ちもあったからです。


約35年ごろ前に、
ちょうどコーヒー山が丸裸に伐採された頃ですが、
(コーヒー山はその後放置されて森林が復元しました)
民族植物学者の中尾佐助先生が
「人間が狩猟採集生活から、どうやって農耕に移行したのか、
 移行には“半栽培”段階があったのではないか」

という提起をされました。

「人類がどうやって生物を栽培化していったのか」
という歴史的な関心に基づいた考え方です。

その後、「半栽培」は
「人間と自然との相互関係のあり方を考える概念」
として研究され、
半栽培は以下の3つの類型に分類されているようです。
 ・自然生態系の中から特定の野生種を利用する
 ・畑地の雑草から特定の植物を利用し、保護、栽培する
 ・栽培化されたが、そこから野生化したもの



我が家はやんばるの過疎にあるために、
地デジ難視対策衛星放送といって
要するに衛星で東京の番組やBSチャンネルの一部を視聴しています。
そのため荒天の日はテレビがまったく映らないこともあるし、
台風などの情報も、沖縄の番組が見れないのでネットやラジオで得るしかありません。
先日、BS(TBS)の番組で
地球の誕生を1月1日、現在を12月31日とした1年間のカレンダーを作ったときに、
「生命が誕生したのは何月頃か」
とか
「恐竜が活躍したのはいつごろか」
とか説明されていたのですが、
「人類が誕生したのは12月31日の夜11時37分」
つまり、偏向報道のNHKが紅白歌合戦で
歌手たちが紅白の玉を会場に投げて
「そんなのどっちが勝ったって、どうでもいいよ」
と思っている頃に人類が誕生した、
ということは、
ヒトの誕生は「ゆく年くる年」で
雪が深々と降る寒そうな寺院で除夜の鐘が突かれている頃になるのですが、
自然人類学におけるアフリカ単一起源説、
「地球上のヒトの祖先はアフリカで約20万年前に誕生し、
 その後世界中に伝播していった」

「植物は動けないので、人間が植物を選び、タネを持って旅をすることによって、
 植物もアフリカから地中海沿岸、東アジア、東南アジア、
 アメリカ大陸など地球上に広がっていった」

という説ですが、
それなら人類がいつから植物を栽培するようになったのか?
「地中海あたりで見つかった大麦、小麦を栽培するようになってから」
とか
「中国など東アジアで米や雑穀を栽培するようになってから」
など、またいろいろな説もあり、まだ特定はされていません。

“半栽培”の概念からすると、
やんばるでのコーヒー栽培は、
「コーヒーは野生種ではなくて外来種なんだから“半栽培”ではない」
ということになるのですが、
私の試みは、
「在来種の森林に、外来種のコーヒーを仲間に入れてあげてね」
というもので、
どうしても在来種の方が強いですから
コーヒーの補助を私が行うような栽培管理を心掛けているのです。

沖縄では、
パパイヤ、バンジロウ、アセロラ、島バナナ、イペー、カエンボク、
モクマオウ、ゲットウ、ギンネムなど帰化植物あるいは外来種が多く、
ハイビスカスだって江戸時代前に中国から持ち込まれたものですし、
デイゴも帰化植物なんじゃないかな。
とにかく沖縄は渡来植物が多いのですが、
コーヒーも今は肩身が狭くても、永い時間がかかってもいいから
森の仲間に入れてもらいたいのです。

「コーヒーは自生して、生態系に影響を及ぼすのでは?」
という声もありますが、
少なくともコーヒー山では現段階では人が介在しないと生育出来ませんから
生態系に悪影響を及ぼすことはありません。
特に発芽から苗木移植の時期までは、甲斐甲斐しくお手伝いが必要です。
コーヒーが歌舞伎役者であれば、
私は黒衣(くろご)のような相互関係が必要なのです。

定植3年目のコーヒー20120330.JPG
 コーヒー山ではなく、自宅に隣接するバナナ園の北東側に植えたコーヒーです。
 3年目を迎え、ついに花芽が出てきました。
 コーヒー山の木たちも一部花芽が出てきています。
 このバナナ園は昨年8月の45時間40m以上の暴風雨にさらされた時は
 このコーヒーの木も塩害を心配しましたが(海まで直線距離で約1kmと近いため)
 その後の雨で塩も流されたようで、元気を取り戻してきました。



アグロフォレストリー(Agroforestry)は
「農業(Aguriculture)」と「林業(Forestry)」を合わせた造語で
「森林破壊をせず、森を作りながら、作物を生産する農業」
で、
「森をつくる農業」
といわれています。

また、パーマカルチャー(Permaculture)は、
「永続的、永久的(permanent)」と「文化(culture)」を合わせた合成語で
農園にさまざまな樹木や果樹などを植えて
野菜やハーブを栽培したり、家畜なども組み合わせた
「永続的な農業」と同時に「永続的な文化」といった意味合いの
自然農業的な考え方ですが
アグロフォレストリー(Agroforestry)とパーマカルチャー(Permaculture)は
広義では同じようなものでしょう。

そういう意味ではコーヒー山もアグロフォレストリー(Agroforestry)、
あるいはパーマカルチャー(Permaculture)に入るのだと思いますが
最近はあまりそういった難義な定義にとらわれずに
私は
コーヒーだけでなく、多くの果樹も植えて
「森と共生・共存する農業」
「人間が自然と共生共存しあう農業」
を目指すようになりました。

中南米の中小零細規模のコーヒー農園では
多くの果樹を植えるアグロフォレストリーをしていると聞いています。
「多くの果樹の誘因効果で、
 生物多様性は増加する可能性こそあれ、減少することはない」

というとらえ方をされているようですが、
私もまったく同感なので、
自信を持って微力前進していきたいと考えています。

posted by COFFEE CHERRY at 13:30| 沖縄 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | コーヒーの品質を高めるための考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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