2013年10月15日

台風24号のコーヒー山の被災度

大型で強い台風26号台風は、
沖縄本島には15日(火曜)明け方に最接近し、
以降は北東に向きを変えて
勢力をやや落としながら
時速37kmで東京方面に向かっています。

世界陸上ベルリン大会の男子100m決勝で
優勝したウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)の9.58秒が
現世界記録ですが、
これは時速に換算すると34.488kmですから、
これを超えるということは、
かなり早い速度で進んでいるといえるでしょう。

この台風26号台風の強風域はとても広範囲で、
直径が1400kmもあるといわれています。

東京を起点とすると、直線距離で
・ 稚内  1097km
・ ソウル  1159km
・ 奄美大島 1262km
・ 与論島  1441km
・ 那覇  1556km
ですから、
本州全域が入るほどの大きさなのです。

ヤンバルはそろそろ強風圏を抜けたのかな、
でも朝から風速8〜10mの強風は変わりません。


さて、台風24号台風は先週の10月7日(月曜)午後に
沖縄本島の最北端・辺土(へど)岬と与論島の間の
北緯27度線とよばれる約20kmの狭い海峡を北西に
時速約30kmで通過しました。

ヤンバルは台風台風の中心に近く、
風速40km/h以上の暴風雨が吹き荒れ
国頭村一帯はお決まりの停電になりました。

この台風台風の向きでは、
ヤンバルは北西から入る風になりましたが、
台風は円弧で縦に割ると、右側の風が強く、
左側はやや弱いのです。
そのため不幸中の幸い(与論島以北の方、ご免なさい)で
ヤンバル一帯は、昨年の大型台風で被災した大木が倒壊したくらいの
風台風で済みました。
コーヒー山も同様で、被災はほとんどありませんでした。
以下画像で説明しまよう。

台風24号20131010-1.JPG
 ヤンバル内を南北に走る大国林道。
 所々に倒木が見られます。
 昨年の大型台風でかなりのダメージを受けている木が倒壊しています。


台風24号20131010-2.JPG
 暴風で枝葉があちこちに落下していますが、
 不思議とコーヒーには当たりません。
 画像右下はコーヒーです。


台風24号20131010-3.JPG
 コーヒー苗木ポリポットにも
 頭上から枝が落ちています。
 台風後の作業としては、
 こういう枝葉を取り除くことが多いです。


台風24号20131010-4.JPG
 根元付近に枯れた枝が散乱しています。
 こういう落下枝は放置。


台風24号20131010-5.JPG
 これも根元に落下した枝が散乱していますね。

台風24号20131010-6.JPG
 ひとりでは持ち上げられないほどの大きな枝が落ちていますが、
 不思議にコーヒーに当たりません。


台風24号20131010-7.JPG
 これも根元に落下した枝が散乱しています。
 コーヒーが風でしなることも、折れない要因と思いますが、
 折れずに耐えようとすることで、
 幹が根元を中心に動かされて
 毛根を切られることがあります。
 その対策として、幹を支える支柱を
 今後作成する予定です。


台風24号20131010-8.JPG
 枝葉がほとんど吹き飛ばされていますが、
 この木が植えられている場所は尾根です。
 コーヒー山は東側が高く、西側が低い、
 そういうスロープをイメージしてください。
 山の所有者が東側から入る暴風を防ぐために
 随所でそういう造りがしてあります。
 コーヒー山の東側には、隣の山との間に大きな谷があり
 尾根は東風も西風も強く風が吹きますから
 コーヒーを植える適地ではないのです。
 ここには私が植えたのではなく知人が植えてしまったのです。
 平地の露地植えで防風対策が甘いと、
 コーヒーはこういう感じになってしまうのです。
 この木は新芽が出ていて、今後また少し復活してくるでしょうけど、
 可哀そうですが、また暴風のたびに
 今回同様に枝葉が吹き飛ばされることになるのです。
 コーヒーは適所に植える必要があるのです。


posted by COFFEE CHERRY at 14:48| 沖縄 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月19日

台風4号の接近

沖縄地方は、先週の14日(金曜)に
平年より9日も早く梅雨明けをしました。

先週の10日(月曜)には、
台風3号が沖縄からそれて本州に向かいましたが
途中で梅雨前線にはばまれて消滅。
やれやれほっとしたと思ったら、
フィリピンの東海上に発生した台風4号は
そのまま北上し、
Wethernewsによると
宮古島に明日20日(木曜)明け方に上陸、
東シナ海を北東方面に進み、
沖縄本島(北部)には明日夕方頃に最接近するようです。

台風の威力は昨年ほどではないにしても
宮古島の、特にマンゴー農家は戦々恐々としていることでしょう。
もうじき収穫予定の実が落下するのは
生産農家にとって一番悲しいことですから。

昨年の、相次ぐ大型台風の影響で
やんばるの樹勢はまだまだ回復途上です。

今回の、東シナ海を進む台風の風は
時計と反対周りなので南風から西風になります。

今から台風対策、
といってもコーヒー山は森林なので被災は心配しなくてもいいのですが、
育苗センターにしている我が家のミニバナナ園では
鉢やポット、バケツ、ネットなどの飛散物を整理しないといけません。

ヒメハブ20130618.JPG
コーヒー山の貯水バケツにヒメハブが入っていました。
カエルなどを待ち構えて隠れているつもりなのでしょうけど、
姿が丸見えですよね。
posted by COFFEE CHERRY at 12:49| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月17日

遅ればせながら、明けましておめでとうございます。

更新が滞ってしまっているうちに年が明けてしまい、
早17日も過ぎてしまいました。もうやだ〜(悲しい顔)

私の長女が今月11日に二人目を無事に出産したのですが、
先月は切迫早産の入院騒動や、出産前後のお手伝いなど
ローテーションに組み込まれていたのです。

元旦のヘビ20130101.JPG
 亜熱帯の沖縄といっても、冬は寒いのですが今年の冬は暖かく、
 例年では見かけないヘビを多数見かけています。
 なにしろ石垣島では超早場米の田植えも始まっています。
 元旦の日も、巳年にちなんで納屋の棚の上で
 カエルを捕食したガラスヒバァに出会いました。
 ガラスヒバァは体長1m前後の無毒のヘビで、
 我が家では庭に数匹がいます。
 捕まったのはシロアゴカエルという
 ベトナム戦争で米軍が軍事物資にまぎれて
 沖縄に持ち込んでしまった特定外来生物です。
 我が家にも多く生息していてヘビには都合が良いのですが、
 やんばるの生態系バランスには影響が出ているのかもしれません。
 沖縄では米軍基地から広まった外来動植物は多く、
 我が家近辺で大増殖中のヤンバルクイナの敵マングースも、
 米軍基地内では保護されているのと同等なのですから
 根絶しようがないのです。


1月3日夕方のヘビ20130117.JPG
 1月3日の夕方には、我が家の玄関前でヒメハブと出会いました。
 “ヒメ”は「姫」なのかわかりませんが、可愛い名前には似つかない
 いかにも毒蛇らしさをかもし出していますが、動きが鈍く、
 咬まれても死ぬほどの毒性はなさそうです。
 本土でツチノコがブームになり、懸賞金まで出た頃に
 「発見された」というニュースが出たのですが、
 それはこのツチノコだったようですね。
 昨年の8月下旬以降の3度の大型台風で
 コーヒーだけでなく果樹も結実がかなり落とされていて、
 「国頭のタンカンの収穫は例年の2割しかない」
 らしく、ヘビはカエルが豊富だからいいのですが、
 野鳥はエサが激減してかなり困っている様子です。


昨年、一昨年と沖縄本島は大型台風が何度も襲来し、
沖縄でのコーヒー栽培は、
「台風の被災が無い北部の森林でなければ、とても無理」
というのが、改めて思い知らされました。

県内でコーヒーの契約栽培者を募る動きもあるようですが、
台風銀座では路地栽培は…。
せめて契約農家に少しでも利があるように願っています。


韓国との竹島問題で、
韓流ドラマとK-POPは視聴者離れ現象になっていますが、
日本で韓流時代劇ブームのきっかけとなったのが、
「宮廷女官チャングムの誓い」
という54話もある長いドラマでした。

創作ドラマなので時代考証はある意味ムチャクチャなのですが、
1544年の李朝末期の「朝鮮実録」という李氏朝鮮の公式の記事の中に、
朝鮮王の中宗が「予の体の事は女医が知っている」という一行が書かれていて
そこには主人公のチャングムの名前も出ていたのかもしれませんけど、
その数行の記録から54話も創り出すのですから、
それはそれは見ごたえのある作品でした。

その6話か7話あたりで、
主人公のチャングムが宮廷女官見習いから一時
薬草や香辛料を栽培する場所に左遷させられてしまう場面があり、
そこで私としてはとても参考になる印象深いシーンがあったのです。

明から高値で買い入れている貴重な薬草キバナオウギ(黄花黄耆)の
国産化がそれまで出来なかったのを、主人公が栽培化に成功し、
宮廷に復帰出来て、ハラハラドキドキの場面ですが、
主人公は、
「国産化が困難で明から高値で買わざるを得ない現状から、
 最も難しい案件から着手した」

ことも素晴らしいのですが、
何度も何度も失敗を繰り返すうちに、
「明での自生地の栽培環境」
つまり、明では山で自生しているというのを聞き、
遮光や水の量、タネを蒔く時期などを試行錯誤して
その結果、薬草を発芽させたのです。

沖縄でのコーヒー栽培も同様な考え方が必要なはずです。
沖縄が台風銀座であることがネックですから、
「栽培品種や土壌なども含めて沖縄独自の栽培法をしなければいけない」
というのが私の信条で、今年も我が道を進みますので、
どうか温かく見守っていただければ嬉しいです。

オキナワカブトムシ雌20130114.JPG
 本土の爆弾低気圧騒動があった成人式の14日には、
 我が家の庭ではオキナワカブトムシの雌と出会いました。
 沖縄本島でもミニ台風並みの強風が吹き荒れていましたが、
 厚着をせずに過ごせました。
 沖縄では毎年旧暦12月8日(今年は明後日1月19日)は
 ムーチーという家族の無病息災を祈願する日ですが、
 「ムーチービーサ」といって
 「ムーチーの頃が最も寒くなり、強風が吹いて以降暖かくなる」
 という強風が成人式の日の風だったのかもしれません。
 ムーチーの日は、餅粉をよくこねて食紅で色付けをして、
 カーサ(月桃の葉)に包んで蒸した、鬼餅(ムーチー)を食べます。
 本土の桜餅みたいなものです。
 今年も近所から頂けるかな。
posted by COFFEE CHERRY at 15:40| 沖縄 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月19日

台風一過で路地のコーヒーが悲惨な姿に

迷走後、黒潮暖流に乗って北東方面に向かった台風21号は、
8月下旬以降、約2週間の間隔で本島に襲来した台風3連発とは
比較できないほどスケール度が小さく感じましたが、
大東島や座間味などの離島では、
先週の12日(金曜)くらいから船便が欠航していたために
食料品などが島内の店舗で在庫ゼロが続いていたようです。

台風一過で、一段と涼しさを増し、
もう台風の接近は無いでしょうから、
以下、相次いだ大型台風の爪跡を見てみましょう。

台風一過20121019-1.JPG
 国頭村奥集落の小学校付近では、道路標識が倒されていました。

台風一過20121019-2.JPG
 奥集落から楚洲(そす)にかけての県道70号線沿いでは、
 暴風が吹き荒れたエリアは木がバタバタと倒れていました。
 手前に倒れた木は、道路をふさぎ、誰かがチェーンソーで切った跡が見えますね。
 私もノコギリは車に必ず搭載していますが、
 台風後など、行き帰りに林道に木が倒壊していることがあり、
 ノコギリは必須アイテムです。


台風一過20121019-3.JPG
 平成16年3月に廃校になった楚洲小中学校の跡地は
 宿泊施設を伴った社会福祉施設「楚洲あさひの丘」になったのですが、
 その入口付近の「ヤンバルクイナの標識」も
 暴風で倒されていました。
 暴風の威力はすさまじいですね。


台風一過20121019-4.JPG
 楚洲の風力発電の付近の道路標識も倒壊。
 風力発電の羽3枚のうち1枚は根元で折られています。


台風一過20121019-5.JPG
 ここも楚洲の風力発電の付近ですが、
 ここでは道路標識がポキリと折られていました。
 飛ばされて、道路の邪魔になるので
 ガードレールの外側に置かれたようです。


台風一過20121019-6.JPG
 私の管理する大バナナ園です。
 ここの地主は
  「ここでは吹きさらしになるのでバナナはムリ。
   ここは自由に使っていいけどバナナは下の1200坪の方が条件がいい。
   子株を掘り出してそっちに植え替えたらいい。」
 と言われ、ここではすでにハイビスカス苗木を植え出していたのですが、
 我が家の東(海)側の方にバナナ園を新たに造ることに決意しました。



台風一過20121019-7.JPG
 我が家の防風林モクマオウも、根元から倒壊してしまいました。
 樹高が20m近くになる大きな広葉樹モクマオウは、堅いのですが
 暴風にはもろく、樹高3〜4mくらいでポキリと折れてしまうことは多いのですが、
 根元から倒されるのは今まで見たことがないです。
 この倒壊したモクマオウの先端付近の堅い枝は、
 我が家の北側の出入り口をふさぎ、チェーンソーで切りました。



道路標識が倒され、大きな樹木もバタバタ倒壊するくらいの
暴風が吹き荒れたのですから、
路地植えのコーヒーはひとたまりもありません。

以下は、我が家に隣接したミニバナナ園の北東の端に植えたコーヒー画像です。

路地のコーヒー20121019-1.JPG
 ミニバナナ園は度重なる大型台風3連発でほぼ壊滅しています。
 ここでの防風対策は、生育途上のハイビスカスと、
 東側と北側はL字型に雑木林があるだけでした。
 この状態では、風速30m〜40m程度まで、
 しかも月に1回までしか耐えられないのに、
 2週間おきに3回の大型台風が、しかも輪をかけて猛烈化したことで、
 防風役のハイビスカスは葉がほとんど吹き飛び、
 無防備になったミニバナナ園は、
 猛烈な暴風の吹きさらし状態になっていました。
 そのため、画像のようにコーヒーは丸裸になってしまいました。


路地のコーヒー20121019-2.JPG
 コーヒーの根元部分です。
 地面と根元の間にすき間がありますが、
 これは暴風でコーヒーが右に左に、
 グルグル振られたことを意味しています。
 こうなると、毛根も切られて損傷していますから、
 葉が無くなって光合成がどうなるのか、という問題よりも
 このコーヒーの木が、復調を期して頑張ろうとするなら
 まず上部の幹や枝を枯らしても、
 まず根を、かなり時間をかけて再生するものと思われます。
 もし根が生きていれば、
 この木の再生はカットバックしか選択肢はありません。
 カットバックで元通りに復調するまでには、
 おそらく3年以上かかることになるでしょう。
 こういう場合は、他のコーヒー苗木と入れ替えるのがふつうです。
 苗木を定植して、その生育の方が早いし、元気だからですが、
 私は木が枯れてしまえばそうしますが、
 まだ生きている間は、放任して木の生命力に任せます。
 苗木は他にいくらでも植えるところがあるので。


路地のコーヒー20121019-3.JPG
 8月中旬頃の、台風3連発の前の元気な頃のコーヒーです。
 せっかく順調に生育して、春には一部開花もして結実もしていたのに…。
 残念というより可哀そうなことをしました。
 私の非力のせいですから。



沖縄でのコーヒー栽培は、
「栽培出来るのかどうか?」
というと、
答えは
「出来る」
のですが、
当ブログで再三書いていることですが、
「沖縄の土壌や気候風土に最適な品種選定」

「沖縄に最適な栽培方法」
と同時に、
「台風対策」
は必須条件なのです。

私が直接お会いした人には、
こういった話は必ずするのですが、
ほとんどの方は
「言葉は理解するけど、頭では理解していない」
ようで、
台風のたびに被災され、台風を恐れているのが実情です。

沖縄は台風とも共生しなければいけない地域ですから、
台風は甘んじて受け入れざるを得ないのです。
台風は必ず来るので、
「それならどうすれば守れるのか」
を考えなければいけないし、
ただ考えるだけでなく、
「どうすれば防風できるのか」
という具体策を実行しないといけません。
防風対策が甘ければ当然被災するでしょうが、
「それなら、さらに頑強な防風対策はどうすればいいのか」
を考え、
それをさらに実行する、そういうことを何度も繰り替えせないなら
沖縄でコーヒー栽培なんて、とてもムリだと思います。

東西南北の周囲を頑強なフクギ、クロキ、イスノキなどの防風林を造るとなると、
20年以上はかかるはずですが、私は来年からフクギの防風林を造ることにしました。
それが完成するのを私が見れるかどうかは判りませんが、
後継する娘婿夫婦の時に完成していてほしいからです。

私は沖縄に移住して13年になりますが、その当時にフクギを育てていたなら、
もう私の背丈を超えていたかもしれません。
戦前の沖縄は、フクギが周囲を囲い、
その中の萱葺(かやぶき)き民家も、台風に耐えていたのです。

今回の度重なる大型台風で、私も初心に立ち返ることが出来ました。

沖縄でのコーヒー栽培で、良い実を作り、安定して生産するなら、
台風対策を考えると、やんばるの森林栽培が最適だと
ますます確信的に思います。
posted by COFFEE CHERRY at 16:20| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月10日

相次いだ大型台風の教訓と課題

8月5日(日曜)に台風11号、
8月27日(月曜)には「戦後最大級」といわれた台風15号、
(最接近直前で風向きが変わり戦後最大級ではありませんでした)
9月16日(日曜)には15号より強烈な台風16号がやんばるを横断、
その復旧の最中の9月29日(土曜)には16号を上回る台風17号が、
本島を南部から北部にかけて西沿岸を縦断しました。

台風16号、17号は大潮の満潮と重なったこともあり、
本島だけでなく離島にも、特に沿岸部では甚大な被災がありました。

台風17号は、何しろ本島の過半数の世帯が停電したくらいですから、
車の横転などはあちこちで見られ、
私の住む国頭(くにがみ)村では、台風と三点セットの停電や断水は当然としても
高潮による床上浸水、床下浸水、林道決壊、土砂崩れ、
風力発電の羽根が根元から折られたり、漁船が流されたり、
民家や畜産施設などの屋根やトタンが吹き飛ばされたり等々
台風の爪痕の深さがあらわになっています。

国頭村楚洲の風力発電20121002.JPG
 暴風で羽根が根元からポキリと折れてしまっては
 風力発電の意味がありません。
 ここには2基あり、国頭村の全世帯の電力がまかなえるほどの
 電力量が作れるそうですが売電なので…。


大宜味村の道の駅の北側の山は台風16号で土砂崩れになり復旧修復中でしたが、
約2週間後の台風17号で被害が増幅され、
再度民家や58号線に土砂が流出したりして
一時58号線が通行止めになっていました。

伊平屋島では電柱40本、宜野座村でも21本が倒壊したようです。
今どきの電柱は昔の木ではなくコンクリ製ですから
これがバタバタ倒れるくらいの猛烈な暴風だったわけです。

我が家でもトタンが数十枚飛ばされたり、
コンクリ製の直径50cmの鉢が割れて飛び散ったり、
車のバックミラーが吹き飛ばされたり、
数百メートルも離れた畜産施設のトタン屋根(6m×10m)や車両の一部などが
我が家の防風林モクマオウに直撃して、あちこちに落ちています。
毎度おなじみの停電も長期にわたり、
冷蔵庫や冷凍庫内は停電中は扉を開けていませんでしたが、
大部分は廃棄せざるを得ませんでした。

自宅に隣接するミニバナナ園や大バナナ園は全壊し、
バナナは自宅庭の10本くらいが残っただけです。
運よく生き残ったバナナは、
暴風に当たらない場所にたまたま定植してあったためです。

ミニバナナ園20120930.JPG
 ミニバナナ園は見た目には全壊ですが、
 倒壊したのは高さが1m以上に成長したバナナで
 それ以下の子株は倒壊していません。
 バナナは球根のような草本ですから、仮に子株が折れたとしても
  新しい新芽が次々に出てくるのです。


ミニバナナ園20121010.JPG
 今日のミニバナナ園です。
 台風一過で、生き残ったバナナが一斉に新葉を出してきました。
 こうしてみると、全壊のように見えたのに、
 「予想以上に残っているものだな」
 とバナナに感心してしまいます。
 白っぽい苗木はハイビスカスです。
 度重なる台風で木が丸裸になり、剪定をし直しました。
 ハイビスカスは応急的な防風林には成り得ても
 風速40mまでしか耐えられないので、近年の大型台風では
 とても暴風を防ぎきれるものではありません。
 それでも在来種なので、丸裸になっても
 約2カ月で元通りに復活するのです。


県農林水産部によると、
台風17号の県内農林被害総額(台風3日後の速報第2報)は17億8888万円で
今年の台風被害では最大でした。


沖縄でのコーヒー栽培は、
戦後、具志川(現うるま市)の和宇慶(わうけ)先生や
恩納村の山城先生が行われていた栽培方法がベースになっていることや、
コーヒー栽培のイメージが
「見渡す限りの地平線までコーヒー農園」
という、森林伐採後にコーヒーだけを定植するプランテーション型にあることで、
県内のほとんどの生産者が路地栽培、つまり空が見える状態で栽培しています。

沖縄では4〜5月の、満月や新月の大潮の前後1週間にコーヒーの白い花が開花し、
その後結実して実が成長し、10月以降から収穫期を迎えるのですが、
沖縄の台風の時期、5〜10月というのは、開花がおおむね終わり、
コーヒーの緑の実が少しずつ大きくなってきている大事な時期にあたり、
台風の暴風で枝葉がこすれることで、緑の実や葉が落ちてしまうのです。

今夏の8月以降の相次ぐ台風で、
県内の路地コーヒー栽培では、かなり大きな被災を受けているはずです。
空がぽっかり空いている農地では、
暴風が叩きのめすくらいの勢いで吹きつけますから
被害が大きくなるのは避けられないのです。

また、台風の通過位置で風向きが変わったり、
台風17号では特に返しの猛烈な西風で被害が拡大したように、
全方位の堅固な防風対策が必要になるのですが、
栽培面積や地形的な問題もあり、
頑丈な防風対策はなかなか難しいのが現状ですから、
路地栽培のコーヒーの多くは半壊以上と予想されます。
ということは
「今期の収穫は期待出来ない」
はずですが、
ドラえもんの四次元ポケットか魔法のランプを持っているあそことあそこは
沖縄産と称するコーヒーを無制限で売ることでしょう。


前置きが長くなりましたが、コーヒー山の被災状況をお知らせします。

2001年(平成13年)4月より施行された改正JAS法の後に
「無農薬栽培」
「減農薬栽培」
「無化学肥料」
「減化学肥料」

という表示が曖昧(あいまい)だとして
その6年後の2007年(平成19年)3月に
「特別栽培農産物に係る表示ガイドライン」
が改正され、
「無農薬」「減農薬」「無化学肥料」「減化学肥料」
の表示は表示禁止事項になりました。

スーパーの店頭などでは、
いまだに「無農薬」とPOPに表示されるのを見受けますし、
私も時々「無農薬栽培」と、つい習慣で言ったりしてしまうのですが、
罰則はないものの、曖昧(あいまい)で誤解を生みやすい表示なので
その使用が禁止されているのです。

それを踏まえて、あえて
「コーヒー山は、台風の被災はほぼ無い」
というのが、
正直な報告なのです。

適当な表現が思い当たらず、
曖昧(あいまい)な言い方で申し訳ありませんが、
以下、画像を交えて説明していきましょう。

台風17号の被災状況20121003-1.JPG
 定植を待つ黒ポリポットのコーヒー苗木に
 照葉樹などの枝葉が落下しています。
 「台風大変だったね」
 と1つ1つに声をかけて枝葉を取り除いていきます。


台風17号の被災状況20121003-2.JPG
 樹高の高い照葉樹は、暴風をモロに受けるので
 枝葉が折れたり、幹が折れたり、倒壊することもあります。
 森林栽培では中高木の照葉樹の下でコーヒーを定植しますから
 画像のように大きな幹が倒れてくることもあります。
 コーヒーの木は幹が細く、見るからに弱々しいのですが、
 柳のようにしなり、ある程度の強風や
 画像のように幹や枝葉の落下で当たっても
 それを取り除くと、まず元通りに復活します。
 コーヒーは弱さも充分ありますが、強さも兼ね備えているわけです。


台風17号の被災状況20121003-3.JPG
 ここでも、バタバタと上空から枝葉などの落下があったようですね。
 コーヒーだけでなく森林内の樹木には激励しながら
 とにかく丹念に落下してきた枝葉などを取り除いてあげることです。


台風17号の被災状況20121003-4.JPG
 落下してくる枝などは、生木よりも多くは枯れています。
 台風はある意味、照葉樹などの中高木の大掃除的な
 枯れ枝などの除去や剪定などの役割も担っているのかもしれません。
 というより、植物が台風をそうやって共生しているのかもしれません。


台風17号の被災状況20121003-5.JPG
 ここでは照葉樹の大木が根元から倒されかけて、
 その根元付近に置いてあったコーヒー苗木たちが
 地面ごと持ち上げられていました。
 まだ根が付いて生きている樹木は、
 出来る限り切らずに、そのまま放任することにしています。
 コーヒー苗木ポットは、他に移動しました。


台風17号の被災状況20121003-6.JPG
 か弱いコーヒーの葉も、暴風の影響がまるで無いくらい元気な苗木が多数あり、
 樹木による防風の効果が充分にあることを証明しています。


台風17号の被災状況20121003-7.JPG
 照葉樹が折れてタコの木のように見えますね。
 苗木がどうなったかは次の画像をご覧ください。


台風17号の被災状況20121003-8.JPG
 上の画像のタコの脚部分です。
 コーヒー苗木が奇跡的に当たらないのではなく
 当たってもしなるので、よほどの直撃でなければ大丈夫、
 ということが判ってきました。


台風17号の被災状況20121003-9.JPG
 樹高の高い中高木から、雨あられのように降ってくる枝葉を
 ただひたすら、とにかく丹念に拾い上げてあげます。


台風17号の被災状況20121003-10.JPG
 暴風が吹き抜けるエリアに置かれたコーヒー苗木たちは
 枝葉がこすれ合い、一部の葉は破れてしまっています。
 雑木の幹が折れるほどの暴風でも
 意外とコーヒーは耐え抜いたことを示しています。
 出来る限り風が吹き抜けるエリアには苗木は置かない、
 定植もしない、という考えですが、
 暴風が吹き荒れている現場に立ち会えば判るのですが、
 それが出来ないために、平時の状態で
 周囲の樹木の配置や地形、方位を勘案して
 “勘”で「ここにしよう」と決めるのですが、外れも多々ありますね。


オオジョロウグモ20121003-1.JPG
 日本最大のクモ「オオジョロウグモ」が網を張って
 獲物を待ち構えていますが、
 台風一過で獲物もだいぶ吹き飛ばされているはずですから
 開店休業状態でした。


オオジョロウグモ20121003-2.JPG
 オオジョロウグモの裏側です。
 足の先端の端から端までの大きさは
 私の手のひら全体の大きさに相当します。


台風17号の被災状況20121003-11.JPG
 周囲には落下したり飛ばされたりした枝が散乱しているものの
 暴風の影響が無いコーヒー苗木もあり、
 「無事で良かったね」
 と声をかけずにはいられません。


台風17号の被災状況20121003-12.JPG
 コーヒー山の縦貫道路「重機の道」の導入部分です。
 松の大木が倒壊するなど、行く手をはばみますが、
 倒壊した松は頭上の上なので、当面はこのままにしておきます。


台風17号の被災状況20121003-13.JPG
 コーヒー山の縦貫道路「重機の道」では、
 土砂崩れになっているところもありました。
 ここは以前から少し崩れかかっていたところですが、
 植物の根で抑えこむようにして被害拡大を防ぐ考えでいます。


台風17号の被災状況20121003-14.JPG
 ここでも暴風の影響はありませんね。

台風17号の被災状況20121003-15.JPG
 コーヒーだけでなく、エリア全体を見渡して
 風がどう吹き抜けたのか、その影響がどうだったかを観察します。
 コーヒーも葉が吹き飛ばされていないか、
 丹念に見てあげます。


台風17号の被災状況20121003-16.JPG
 ここでも被害はほとんど見られません。
 手前のコーヒーの葉が一部破損しているのは
 虫ではなく枝が当たったり風で葉がこすれ合ったりしたようですね。


台風17号の被災状況20121003-17.JPG
 中低木の幹が折れて落下し、
 危うくコーヒー苗木に直撃するところでした。
 こういうのは今までの台風でもよく見かけました。
 不思議に当たらないのです。


ヒメハブ20121003.JPG
 雨水バケツの取っ手部分にヒメハブがうたた寝をしていました。
 カエルの産卵やオタマジャクシを捕食するために
 この付近に棲みついているようです。
 雨水バケツの中は、枝葉やオタマジャクシ、ボウフラ、ヤゴなどで
 込み合っていました。


台風17号の被災状況20121003-18.JPG
 コーヒー山の東側は大きな谷になっているために風が吹きあがってくるので、
 尾根はすさまじい暴風が吹き荒れたらしく、
 スダジイが根元から倒壊していました。
 こういった暴風が吹く沖縄でのコーヒー栽培は
 空がぽっかり見える路地では、とてもムリだと思います。


台風17号の被災状況20121003-19.JPG
 このあたりでも、台風が無かったと思わせるような
 元気な姿を見せていました。


台風17号の被災状況20121003-20.JPG
 昨年の台風の爪跡から照葉樹が復活できていないところに
 夏以降の台風3連発ですから、
 さすがのコーヒー山でも空を見上げると
 ご覧のとおり、スカスカの状態で空がよく見えています。
 光量の考え方はいろいろありますが、
 時期にはこれから寒季に向かうので
 陽当たりが良くなってもいいかもしれません。


台風17号の被災状況20121003-21.JPG
 このエリアも暴風の影響はありません。

台風17号の被災状況20121003-22.JPG
 コーヒー山では、おおむねこういう感じで
 台風の被災は「まったく無い」と言ったらウソになりますし、
 「被害があった」という状況ではないし、そのため
 「コーヒー山は、台風の被災はほぼ無い」
 というあいまいな報告をしたのです。


台風17号の被災状況20121003-23.JPG
 陽が落ちるのが早くなりました。
 「また来るからね」
 と、コーヒーに声をかけるのですが、
 五感ではなく想念で声をかけるように心掛けています。



コーヒーの生産地の中で、
沖縄は台風とは切り離せない特殊な環境の地域ですから、
沖縄でコーヒー栽培をして、安定的な生産をするには、真摯に
「台風とどう向き合うか」
を考えなければいけません。
当たり前のことですが、
「実が出来たらどう売るか」
ということばかり考えて
防風対策を軽視する方があまりにも多く、
当然のことながら次々に失敗、撤退が繰り返されているのが現状なのです。

路地栽培やアルミパイプのハウスでは
暴風はとても防ぎきれませんし、
高価な鉄骨ハウスを建てるとしても、
ハウス内でコーヒーばかりを植えると
連作障害のようになってコーヒーは病弱化してしまいます。

防風対策としての防風林は
ハイビスカスやホンコンカボックでは、
成長は早いのですが、風速40m程度で
しかも葉が生えそろう2カ月以内に再度台風が襲来すると
木がスカスカ状態なので、まったく防風の役は果たせません。

また、歴史的に考えても
タンカンやシークワーサーなどのみかん、果樹類は
本島西海岸側で行われていて、
東海岸側ではパイン栽培が中心です。
これは東海岸側での暴風で果樹栽培が適しないことを意味しています。

そういうことを鑑みると、
防風林は時間がかかってもイスノキや、出来ればフクギにすべきで、
農地の全方位に造る必要性があることが判ってくるのです。

イスノキやフクギは効果ある樹高にするには20〜30年もかかりますが、
次世代のためには絶対必要だということが
今回の相次いだ大型台風で心底確信しました。
今後はフクギ苗木も作り、随時植えて行こうと考えています。
フクギの発芽はなかなか難しいのですが、
何となく判ってきました。

また、改めて
「沖縄のコーヒー栽培は森林栽培が最適」
ということが認識できました。
森林栽培は在来種の生存競争の場ですから
コーヒーのようなひ弱な外来種は
放置すると死に絶えてしまうので
人はコーヒーを補佐をする役割に徹すればいいのです。
“人”という字は、支えあって出来ているといわれますが
コーヒーと人が支えあって森林で栽培すればいいのです。

要は、コーヒーも人も、森林の中の一員になるよう
共生するように心掛けていけば、
おのずと答えは出てくるものと確信出来ました。
今後も私の信ずる道を歩んで行きますので、
どうか皆様方のお力をお貸しください。


相次いだ大型台風とスケール度が違いますが、
「猛風」で始まる夏の夕立の詩があります。

「夏夜(かや)」  
 猛風飄電黒雲生
 霎霎高林簇雨声
 夜久雨休風又定
 断雲流月却斜明

 
 猛風(もうふう)飄電(ひょうでん) 黒雲(こくうん)生(しょう)ず
 霎霎(しょうしょう)たり 高林(こうりん) 雨声(うせい)簇(むらが)る
 夜(よる)久(ひさ)しくして 雨(あめ)休(や)み 風(かぜ)又定まる
 断雲(だんうん)流月(りゅうげつ) 却(かえ)って斜(なな)めに明らかなり


 激しい風が吹き、大気に亀裂を生じたかのごとき稲妻が走り、
 黒雲がムクムク・モクモクと湧き起こる
 思う間もなく、高い木々の林の辺り、雨の激しく降る音が大きな音を立てている
 夜が更けて雨が上がり、風も静まった
 夕立の過ぎ去った後には、ちぎれ雲が漂い、
空に浮かぶ傾き加減の月が明るく流れているように見える


唐代末期の韓偓(かんあく)の詩です。

韓偓(かんあく)は889年、
47歳で進士(しんし、国家公務員T種合格のような超難関試験合格)に、
その後、翰林学士(かんりんがくし、皇帝の秘書官)、
中書舎人(ちゅうしょしゃじん、皇帝を補佐し政治を行う宰相の次官)から、
兵部侍郎(へいぶじろう、現・国防次官クラス)とエリートコースを歩むのですが、
時の権力者に憎まれて左遷され、終生都に帰れませんでした。
当時の日本は平安時代中ごろで、
学問の神・菅原道真(すがわらのみちざね)は
韓偓(かんあく)の3歳年下で同世代になります。

左大弁(さだいべん、太政官)、勘解由(かげゆ)長官(行政の監査・監督官)、
春宮亮(皇太子の家政補佐)を兼任していた49歳の菅原道真は
894年、遣唐大使に任ぜられるのですが、
「遣唐使の派遣には莫大な経費がかかるわりに
 航海には海賊などかなりの危険が伴う。
 唐の国力が衰退し、騒乱が頻繁に起こっている現状では
 遣唐使の派遣は国交の意味はなさない」

と、道真は天皇に派遣中止を進言し、
遣唐使派遣は停止になりました。
(907年に唐は滅亡し、この時点で遣唐使は終了)

道真はその後も出世街道をばく進し、
55歳で右大臣まで上りつめるのですが、
奈良時代以降、何代にもわたって天皇家との姻戚関係を結び、
摂関政治を完成させて強大な権力を持つ藤原氏が道真に立ちふさがります。

中央で権力を振り回し、贅沢三昧の藤原氏のおかげで地方が疲弊し、
農民が苦しむ構図を打開しようと、
藤原氏を快く思わない宇多天皇や次の天皇の醍醐天皇が道真を要職に就かせ、
地方の立て直しを図ったのですが、
当時の左大臣・藤原時平ら藤原氏一族が
「道真は自分の娘婿にあたる醍醐天皇の弟を天皇にさせようと陰謀を企んでいる」
というウワサを流し、
大宰権師(だざいごんのそち、大宰府の長官、現副知事くらい)という
名誉職に格下げさせて、
道真は妻子と別れ、流人扱いで福岡に左遷させられてしまうのです。

道真は、京都の自邸で大事にしてきた梅と別れる前に
 東風(こち)吹かば 匂いおこせよ梅の花 あるじなしとて春な忘れそ

 東風(春に吹く強い風)が吹いたら、香りを私のもとまで届けてくれ、梅の花よ。
 主人がいなくなったからといって、春であることを忘れるな。


という有名な和歌を詠んでいます。

都にいた妻や左遷させられた息子二人の死をはるばる大宰府で聞き、
道真自身も濡れ衣を晴らせないまま
着任2年後の59歳で失意のまま、大宰府でその生涯を閉じました。

出世街道を上りつめて、政敵に嫌われて左遷、都に戻れないまま亡くなるのは、
3歳年上の唐の韓偓(かんあく)と重複し、興味深いです。
こういうことは古今東西どこにでもあり得ることですが、
権力を持つズルい人が勝ち上がる構図はイヤなものですね。

道真が亡くなった後、大宰府から少しはなれた土地に墓が作られ、
後に太宰府天満宮が建てられましたが、
当時の神道思想では、怨霊を恭(うやうや)しく祭ることによって、
いわば負の絶対的パワーが大いなる守護霊に変換されると解されていましたから、
大宰府天満宮は、当初は
「道真の怨霊を鎮めるために建立された」
といえるでしょう。

道真は、京都の邸宅を出て行く際には、
 君が住む 宿の梢を 行く行くも 隠るるまでに かえり見しやは

 君が住んでいる家の立木を、道すがら隠れて見えなくなるまで振り返って見ていました。

という悲哀の歌を詠んだように、
家族や庭木を大切にしていたのですが、
同時に庭木たちも道真を慕っていて、
(ペットでも動植物、人間も、かけた愛情がそのまま返ってくるのです)
桜は主人が遠くへ行ってしまったことを悲観して
見る見るうちに枝葉を落として、ついには枯れてしまい、
梅と松は、自分たちを大切に育ててくれた主人の後を追うべく
空を飛んだというのです。
ところが松は途中で力尽きて、
摂津国八部郡板宿(現・兵庫県神戸市須磨区板宿町)近くの
後世「飛松岡」と呼ばれる丘に降り立ち、この地に根を下ろし(飛松伝説)、
梅だけはその夜のうちに主人の居る大宰府まで飛んでゆき、
その地に降り立ったという「飛び梅伝説」があります。

また、道真が世を去ってから、京都では落雷など天変地異が相次ぎ、
「これは道真の怨霊の祟(たたり)りに違いない」
と恐れられました。
特に930年の清涼殿への落雷では公卿、官人らが巻き込まれ
死傷者が出てからは、道真の怨霊は雷神と結びつけられ、
京都の北野に北野天満宮が建立され、
朝廷は道真の罪を許すとともに、官位を贈り、
祟りを鎮めようとしました。
道真の死後百年ほどのあいだは、大災害がおきるたびに
「道真の祟り」
として恐れられ、
天神信仰は全国に広まっていきます。

やがて、各地に祀られた祟りを封じるはずの天神様は、
道真が優れた学者であったことから、
天神は「学問の神様」として信仰されるようになったわけです。

夏以降の相次ぐ大型台風の襲来は、誰の祟りなのでしょうか。


また、韓偓(かんあく)は陝西(せんせい)省西安)の出身ですが、
西安は以前は長安という前漢、北周、隋などの首都で
三国志でも当時の都は長安でしたね。

中国の王朝においては、西の長安(現西安)、東の洛陽の両都が
長きにわたって首都に選ばれることが多く、
王朝が南遷した場合の仮の都としては、南京が選ばれることが多かったのですが、
日本で平安時代末期の中国の北宋では
大運河の影響により開封(かいほう)が首都に選ばれ、
さらに航海術の発達により元代に大都(現北京)に首都が置かれた後は、
全て北京に首都が置かれるようになりました。

西安は兵馬俑抗博物館に代表される古代遺跡はもとより、
数多くの仏教遺跡などがあるのですが、
日本の尖閣諸島国有化に対する抗議行動中、
日本車を破壊した映像を撮影していたのも西安でした。

また、10月5日(金曜)の深夜に
奈良時代の遣唐留学生・阿倍仲麻呂の記念碑がペンキで汚されたのも、
西安市内の公園に設置されています。

また、西安市には西安輸出加工区があり、
JETROの2010年の資料の25ページには
日系企業リストが掲載されていますが、

来年までには撤退する企業も続出することでしょう。


台風21号が今週末から来週初めにかけて沖縄本島に接近する可能性がありますが、
相次ぐ大型台風で海底が撹拌され、本島近海の海水温度も下がり、
本島でも台風以降、朝晩はずいぶん涼しくなりましたから、
もう本島には台風は来ないような気がしますが、楽観的すぎるかな。


リハビリ中のRIU20121006.JPG
 画像右下で遊泳しているのはアザラシではありません。
 ラブラドール特有の亜関節脱臼になって
 9か月間も正座状態で歩行できなかった我が家の家族RIUが
 昨年5月に奇跡的に自力で立ち上がるようになり、
 以降、小走りが出来るように回復してきました。
 週イチの遊泳もリハビリには良いようで、
 画像の岩礁を一周してくることもあります。
 RIUにも想念で話しかけるように心がけていて
 断片的ですが、対話が少し出来るような気がします。

posted by COFFEE CHERRY at 16:10| 沖縄 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月08日

防風対策として効果的な土塁

近年沖縄に来る台風が大型化して、沖縄弧列島に沿う従来の進路だけでなく
沖ノ鳥島方面から北西の沖縄本島に向かって来る台風も珍しくなくなり、
防風対策としては北東方向だけではもはや充分ではなく、
全方位での必要性が出てきました。
しかも台風の大型化で、より堅固なものが必要になっています。

ここ数年の台風による被災があっても
なお防風対策の重要性を理解しないコーヒー生産者も実際にいて
私としては不可思議ですが、こういう方々は論外として、
「沖縄でのコーヒー栽培では台風対策は必要不可欠」
なのが、
他の生産地と大きく異なるポイントだといえるでしょう。

防風対策には防風ネットや防風柵、鉄骨ハウスなどもありますが、
恩納村の故・山城武徳先生の名言
「自然には自然で立ち向かう」
「人工的な防風柵や防風ネット、ハウスを使わず、
 台風にはハイビスカスやホンコンカボックなどを防風林とすることで
 ある程度防ぐことが出来る」

ことに共感している私も、出来うる限り
「自然体」
「あるがまま」
を意識したいので、
人工的なハウスや防風柵、防風ネットは使わず、
地形や防風林で対応したいのです。

防風ネット20120905.JPG
 台風15号で倒された島バナナの修復に防風ネットを使いました。
 この防風ネットの主用途は収穫したバナナの房を置くクッションとして使っていますが、
 その前はタネ植えしたプランターの遮光や
 タネ植えプランターに雨がポタポタ降り注ぐのをやわらげるための
 天井ネットとして使っています。
 防風ネットを「風を防ぐ」という目的ではなく、
 遮光や防虫ネットとして使っていたことがある程度なので、
 私にはムダな買い物でした。


山城先生が
「どこか被災があれば、どこをどう対策をすれば良いのか、
 次回被害に遭わない方法を考えればいい、その繰り返しだ」

と言われたように、
例えば
「バナナは風速20kmで倒壊してしまう」
「ハイビスカスやホンコンカボックの防風林は風速40kmまでしか耐えられない」
ことが判ったのですが、
「それなら具体的にどうすれば守れるのか?」
を考えないといけないし、
またその対策に仮説を立てて、すぐに行動を起こさなければいけません。
台風はまた必ず来るのですから。

そういう意味では、誤解を恐れずに言えば
台風が来るのがある意味楽しみにもなってくるのです。

私の対応策で、
「暴風にどの程度耐えられるのか」
「どこがどうダメだったのか」
「どこをどう補修すべきなのか」
などが体験学習できるからです。

山城先生が、見事なハイビスカス防風林を
樹高2.5m、7m間隔で並列させる方法を確立される前には
ハイビスカスの剪定の度合いで減風率が違うとか
ブロックで花壇風にした上にハイビスカスを植えたらブロックごとなぎ倒されたり、
その後何度も何度も何度も改良して、
最終的に並列式に至ったという話を聞きましたし、
東村のヒロ・コーヒーの故・足立浩志さんからも
1㎥のコンクリートの塊を基礎にした防風ネットが暴風にあおられて倒壊し、
基礎のコンクリ塊が地表に出てきた話も
もう10年以上昔のことですが聞いていて、
今でも昨日のことのように覚えています。

また、足立さんからは二段式防風柵「ひんぷん」という、
防風ネットが離れた2段式になっていて、
風が上に吹き抜ける構造になっている防風柵の話も
何度も聞いたことも懐かしく想い出されます。
「通常の防風柵より数段強そうだけど高額すぎる」
と言われていましたね。
私は北中城村のコーヒー農園で、この「ひんぷん」を見たことがあります。

ここでは「ひんぷん」の防風効果が実際にどうだったのかはよく覚えていないのですが、
この「ひんぷん」で囲われた中の平地でコーヒーの成木が数十本定植されていて
そこにはニワトリが数十羽放し飼いにされてました。
農園内の雑草をニワトリが食べ、同時に園内に鶏糞がばら撒かれることに
「よく考えているな」
と、興味深く見ていたのですが、
雑草がやがて全部無くなって地肌が露出し、
その後ニワトリがコーヒー成木の主幹を突き出したようで
コーヒー成木すべてが立ち枯れてしまった光景を見た時には
私は驚愕してしばらくそこを動けませんでした。
「ひんぷん」の防風効果はあったように思いますが、どうだったかな…。

東村慶佐次(げさし)の「森のハーブガーデン」の比嘉利正さんのところでは
イスノキの並木道が作られているのですが、
ここに至るまで
「20年かかった」
といわれています。

森のハーブガーデンのイスノキ並木道201208.JPG
 台風で枝が折れたのを一度見たくらいで、
 主幹はビクともしないイスノキの並木道で壮観です。
 東村役場を退職されて苦しい時も悲しい時も乗り越えてきた
 比嘉さんの強い想いを感じさせる風景です。


森のハーブガーデンの鶏201208.JPG
 比嘉さんはハーブガーデンで安全な鶏糞を使いたいがために
 自身で養鶏を行っていて、
 その飼料も安全であることはもちろん、漢方薬まで使われています。
 県内では10個400円で卵が売られていますが、
 なかなか買えないくらい予約が殺到しています。


また、やんばるの古民家の多くは
フィリピン原産のフクギを防風林、防潮林として植栽してあり、
みごとな景観と、どんな台風でも折れない強さもあって
イスノキやフクギは私はとても魅力的なのですが、
「とにかく成長に時間がかかる樹木」
なので、即応が出来ないのが欠点なのです。

我が家に隣接するミニバナナ園でも、
防風対策の実験をいろいろテストしていましたが、
「土塁は有効」
ということが、今回の台風15号で判りました。

高さ約1mの土塁は、昨年11月に一輪車で何度も土を運んで
約2週間で造り上げた私の手作りで、
土が固まるように倒木を積み重ねた中に土を入れて作り上げました。

ミニバナナ園の手作り土塁20111110.JPG
 土塁だけでは雨で土が削られてしまうので、
 土塁完成後は、土塁手前にハイビスカスを並列に植え、
 さらに土塁の上にもハイビスカスを植えました。
 ハイビスカスは適度に剪定して強化を図るのですが、
 ハイビスカスは“短中期”用であり、
 イスノキやフクギの苗木をポットで準備して来年には定植し、
 「次世代の時に堅固な防風林が完成出来ればいい」
 と考えています。


重機で高い土塁が築ければ、減風率は著しく向上するはずです。

今回の台風15号は沖縄気象台から
「戦後最大級」
という警告が発令されていましたが、
(それが当たっても当たらなくても警報はありがたいです)
私が住む集落の長老の漁師は、台風上陸前に
「今回の台風はあまり強くない」
と判っていたのだそうです。

ところが戦後最大級と信じて疑わない区長の避難誘導があり、
「区長の立場を尊重して公民館に避難したが…」
と言われていました。
具体的にどうして台風が強くないことが判ったのか、
今度お会いした時に、何度もしつこく聞いて
そのキーポイントの一部でも学べたら、と考えています。

農家は昔からそれぞれが試行錯誤でいろいろな学習経験がありますが、
良くも悪くもそういう大事な知恵が次世代にうまく引き継がれないと
同じことの繰り返しになってしまいます。
私の後継者にはそういうことがないようにしたいのですが、
「言うは易(やす)く、行うは難(かた)し」
という格言の通り、
何をどう伝えれば判りやすいのか、
判りやすい整理の方法が難しいところです。

大国林道20120908.JPG
 我が家からコーヒー山に向かうのに利用する大国林道でも
 土塁があちこちに見られます。


大国林道の土塁20120908-1.JPG
 大国林道建設時に、斜面を削った時に土塁として残ったのか、
 意識的に土塁造りをしたのかは、見ただけではよく判りませんが、
 土塁に樹木が生えていて、防風効果があることは判ります。


大国林道の土塁20120908-2.JPG
 土塁に生えている植物は、
 土塁をしっかりと根で抑えるように伸びていて
 「防風土塁+防風林」
 というセットが、
 沖縄の防風対策としては理想的ではないかと思います。
posted by COFFEE CHERRY at 23:23| 沖縄 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月29日

大バナナ園のはじまりはここから

沖縄気象台が「最大級の警戒」を呼び掛けた台風台風15号は、
大東島、沖縄本島を約32時間も暴風圏内に巻き込み、
山原(やんばる)を横断して東シナ海を北上し、
昨日の午後になってようやく返しの風も治まりました。

沖縄気象台は一昨日27日(月曜)午後9時前に
国頭地区と名護地区に
「過去に例のない大雨が降っている」
と、
川の氾濫や土砂災害、浸水に警戒を呼び掛ける気象情報を発表し、
たしかに国頭村比地で535mm、遠く徳之島伊仙町でも537mmの大雨が降り、
名護市付近と大宜味村付近では
午後7時からの1時間当たり約80mm、
国頭村付近でも約60mmの猛烈な雨を観測して、
大宜味村では少なくとも24件の床下浸水が発生、
道路冠水や道路陥没や1万世帯以上の停電などの被害がありました。
気象庁の事前の警報があり、
台風慣れの県内では珍しく今帰仁村などでは一時避難者も出ていました。

台風15号が実際に戦後最大級だったかどうかはともかく、
例年台風とセットのやんばるの停電も短時間で済み
(現在でも県内北部は数千戸が停電中らしいです)
想定したほどの被災がなくて済みました。

やんばるの林道の一部には倒木や道路陥没などもあるようで、
コーヒー山にはまだ行けないのですが、
私が6月から管理している大バナナ園は昨日見てきました。

コーヒーはなかなか結果が出ないのに対し、
バナナは翌年には結果が出ますから
「バナナが栽培が出来なければコーヒー栽培なんてムリ」
という思いで、
バナナ栽培にも奮闘しているのです。

バナナ栽培の問題点は、
ヒトの盗難を除くと、以下の2点が挙げられます。

1つは「バナナツヤオサゾウムシ」です。

バナナが成長し、開花して房を出してきて
収穫が楽しみになる頃に、
なぜか成長が止まったり、収穫前に倒壊してしまうのは
バナナツヤオサゾウムシの侵食が疑われます。

こういう病害虫は、まず「敵を知る」ことから始めないといけません。
それはコーヒーでも同様です。
彼らの生態を注意深く観察し、彼らの弱点を探るのです。

バナナツヤオサゾウムシは
沖縄が本土復帰(1972年)する3年前の今から43年前、
沖縄がまだ米軍統治下に置かれている1969年(昭和44年)に、
沖縄本島中部のバナナ園で発見されたのが最初なのです。

彼らがどうやって沖縄に密入国したのかは不明ですが、
 ・ 台湾などからバナナと共に侵入した
 ・ 東南アジアからのバナナ子株(根塊)持込みで、
   中に潜り込んでいるために消毒から逃れて侵入した

 ・ 米軍経由
などのルートが考えられ、
最も可能性の高いのは米軍ルートです。

ベトナムの南北統一を巡る対立に、
ソビエト連邦と中国の共産主義勢力と
アメリカの資本主義との代理戦争となったのがベトナム戦争ですが、
1960〜1975年の15年間の中で、
当時米軍統治下にある沖縄は、
ベトナムまで空路で3時間という至近距離のため、
 ・ 沖縄の嘉手納基地からB-52爆撃機が出撃
 ・ 米軍の毒ガスを沖縄で製造、
   沖縄市の知花弾薬庫から毒ガス漏れ事故(1969年)
 ・ 牧港補給基地からベトナム向け物資を山積みし、
   米軍輸送船で前線へ送り出した
 ・ 米軍基地雇用者も車両整備などの技術者が
   ベトナムに派遣させられた

など、
沖縄は戦争の補給基地となって翻弄されていました。

バナナツヤオサゾウムシが沖縄で最初に発見されたのは、
1969年(昭和44年)という、ベトナム戦争の最中で、
 ・ ソンミ村虐殺事件が1968年
 ・ ホー・チ・ミンが亡くなり、米軍劣勢になったのが1969年
 ・ 米軍兵士による基地雇用者のひき逃げを起因に、
   抗議した群衆にMPが発砲したことで、県民の不満が爆発し、
   コザで反米運動が起こったのが1970年

という、この頃のことですし、
バナナの葉に巻きついて樹液を吸うバナナセセリという蛾も、
 「ベトナム戦争中の1971年に米軍の物資に紛れ込んで沖縄に移入した」
といわれているのですから、
バナナツヤオサゾウムシだって
米軍経由という可能性は相当高い、
というグレーよりクロに断定してもいいくらいですね。
このバナナツヤオサゾウムシがバナナ栽培の1つの問題点で、
もう1つは「台風」です。

バナナは樹木と思われている方もいると思いますが
バナナは草本なので、強風には弱いのです。
この点はコーヒーと同様ですが、
バナナは風速20〜30mで倒壊しますから、
樹木のコーヒーの方がもう少しは強いのですが、
沖縄における台風襲来時期は5〜10月初旬で、
コーヒーが開花結実後、緑の実が大きくなる時期になり、
強風で枝葉がこすれ合って実や葉が落下してしまいますから
コーヒーもバナナ同様に、
堅固な防風林が不可欠なのです。

コーヒーより風に弱いバナナの防風対策が効果的に出来るなら
コーヒーの防風対策だって出来るはずで、
「バナナを制する者はコーヒーも制する」
と私は考えているわけです。

大バナナ園の問題点は2つあり、
「放任による密植え」

「防風対策がまったく無くて無防備」
なことですから、
約1000坪の大バナナ園の検地をして
防風林を作ろうとしていた矢先に
8月6日に台風台風11号が、
そして一昨日は台風台風15号が来てしまったのですもうやだ〜(悲しい顔)

台風11号では全体の約3割がすでに倒壊してしまっていましたが、
一昨日の台風では、全体の約97%が倒壊してしまいました。
以下は大バナナ園の被災状況です。

大バナナ園20120731.JPG
 7月31日の大バナナ園です。
 こんな感じで約1000坪に、放任されて密植えになっているバナナ園です。
 防風林は無く吹きさらしの状態です。


大バナナ園20120828-1.JPG
 大バナナ園を、上の道路から見下ろした光景です。
 ドミノ倒しのようにバナナが倒壊していて、
 最初にこれを見ただけで力が抜けてしまいました。


大バナナ園20120828-2.JPG
 まるでオスプレイの墜落現場のような光景です。
 電柱のように太いバナナの仮茎がゴロゴロと横たわっています。


大バナナ園20120828-3.JPG
 バナナは房を成熟させると朽ちるのですが、
 1年半もかかってようやく房を出して
 もう少しで集大成を迎えるバナナが倒壊しているのを見ると、
 バナナの無念さを感じます。


大バナナ園20120828-4.JPG
 すべて倒壊したのかと思っていたら、
 よく見ると、運良く倒壊を免れたバナナもあるのです。


大バナナ園20120828-5.JPG
 バナナの手前の苗木はローゼルです。
 何とか台風の被災を免れました。
 ローゼルは冬には収穫出来そうですね。


ハイビスカス挿し木20120828-1.JPG
 ハイビスカスの挿し木からは、新芽が出ています。
 来年は私の背丈くらいには成長しているはずですから
 来年は少しは防風林の役割が果たせそうです。
 大バナナ園の中を7m×10m間隔でハイビスカスで区切り
 その中にバナナを定植しなおそうと思っています。


タラを連想させる空20120109.JPG
 今年の1月9日の午後2時ごろに
 我が家から撮影した空の画像です。
 映画「風と共に去りぬ」のラストシーンを想い出して見上げていました。


名作「風と共に去りぬ」は、
1861〜1865年の南北戦争(American Civil War)が背景で、
南側から見た南北戦争が描かれていました。

主人公スカーレット・オハラはアイルランド移民の娘で、
土地に執着し、自分の相続地に
古代アイルランドの聖地と同じ「タラ」と名付けていました。

ラストシーンでは、
戦争で荒廃した故郷タラの木の下で、
燃えるような夕陽の中で、スカーレットが
「今は考えるのはやめよう。明日、考えることにしよう」
と言うシーンは印象深かったのですが、
私は大バナナ園の始まりはここからだと思っています。

posted by COFFEE CHERRY at 01:19| 沖縄 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月27日

観測史上最大級の台風15号の教訓は「あるがまま」

沖縄の戦後観測史上最大級といわれた台風台風15号は
山原(やんばる)を横断して東シナ海に抜けていきました。

台風とセットの、お決まりの山原(やんばる)停電も短時間でしたし、
バナナやモクマオウなどの樹木の倒壊度合いからしても
昨年や一昨年の台風の方が強かったように感じますが、
奄美諸島も巻き込む大型で、いまだに吹き返しも強く、
まだ風雨が強いので我が家の被災の確認は出来ませんが
納屋などの屋根のトタンがあちこち吹き飛ばされていたり、
バナナの倒壊などが見えます。

台風11号の被災20120807.JPG
 8月6日に与論島〜沖永良部島を東から西に横断した
 台風11号の返しの風で、大バナナ園の約3割が倒壊しました。
 今回の台風15号では全壊もあり得ますが、明日行けるかな。
 自宅から車で2〜3分ですが。


台風前の大バナナ園20120803.JPG
 8月3日当時の、台風11号が接近する前の無傷の大バナナ園です。
 ここは約1000坪ありますが密植えで光合成をしたいバナナが
 充分に陽が当たらない環境なので、間引きしたり
 防風林を植えたりを計画中で、当時は検地していました。



恩納村の故・山城武徳先生は、かつて
「自然には自然で立ち向かう」
という名言を残されています。

「人工的な防風柵や防風ネット、ハウスを使わず、
 台風にはハイビスカスやホンコンカボックなどを防風林とすることで
 ある程度防ぐことが出来る。
 自然には自然で立ち向かうのが持論だ」

という立派な考え方でした。

「どこか被害があれば、どこをどうすれば良いか、
 次回被害に遭わない方法を考えればいい、その繰り返しだ」

とも言われていました。

私も山城先生の考え方にまったく同感で、
「自然には自然で立ち向かいたい」
のですが、
ハイビスカスによる防風林は
「早く綺麗に完成する」
わりに、
「風速40mが限度」
と、
近年の大型台風には対応しにくいことや、
また1回の台風でかなりの葉が飛ばされ
2回目の台風との間隔が2カ月以上空かないと
防風効果がかなり落ちることからも、
「最終的にはクロキやイスノキなどの堅固な樹木での防風林を作るにしても
 それが成木になる間の一時的な防風林としてハイビスカスを利用せざるをえない」

という考え方に修正しています。

自宅に隣接するバナナ園では、
土塁の上にハイビスカスを植えたり、
(それだけだと垣根ごと倒されるので、土塁の下にも植えて二重にしています)
バナナを1m近く掘り下げて植えたり(高さを低くするため)、
などいろいろ工夫をしていますが、
それでも改良の域を出ていません。

防風林は面積が必要になり、耕作面積が減少するので、
防風対策を講じない農家も見受けられますが、
台風銀座の沖縄では台風を受け入れ、
向き合わないと農業は出来ません。
コーヒーのように風に弱い果樹では
なおさら防風対策は必須条件になりますが、
無防備な生産者もまだまだ居るのが実情です。

山城先生のハイビスカス防風林は7m間隔でしたが、
「なぜ7m間隔なのか」
物理学的な説明を何度も受けました。
農家が個々に対応策を考え、その代々で考え方が違う、というより
そういう有用な理論は受け継いで共有していくべきだと思います。


自然界のあらゆる事象で学習するという考え方は、
200年も前の幕末期にその教えがあります。

春風(しゅんぷう)以て人を和(わ)し、
雷霆(らいてい)以て人を警(いまし)しめ、
霜露(そうろ)以て人を粛(しゅく)し、
氷雪(ひょうせつ)以て人を固くす。
「風雨霜露(ふううそうろ)も教(おしえ)に非(あら)ざるは無し」
とは、此(こ)の類を謂(い)うなり。


春のそよ風は人の心を和(なご)ませ、
雷鳴や稲光(いなびかり)は人の心を戒め、
霜や露は人の心を引き締め、
冷たい氷や雪は人の心を堅固にする。
「伝習録」に
「風雨霜露も教えでないものはない」
とあるのは、
自然界のあらゆる事象に教えを含まないものはないことを言っているのであり、
我々はすべてから学ばなければいけない。


という意味で、
天(宇宙)地(自然)の大いなる仕組みの中に生かされる
人間の「生の在り方」を説いた言葉で、
「どんなに苛酷で悲惨で厳しい状況であっても、
 その事自体を私たち人間が受け止め、
 糧にすべき何かの教えが隠されているはず」

だと説いています。

私たちに次々と訪れる事象のひとつひとつから「教訓」を見つけ出し、
取り込んでいくこと、即ち「学習」とか「経験」とは
本来そう言うものだということを納得させてくれる言葉でもあります。
自分の環境から敏感に「教え」を見出す謙虚さと感性が大事だと説いているのです。
まさに台風でもいろいろなことを学習する必要があるのです。

この語録は幕末の儒者・佐藤一斎(いっさい)が
80歳(1851年)から82歳(1853年)までに執筆された
「.言志耋(てつ)録」
85条に書かれています。

東京大学の前身は、
神田湯島に設立された江戸幕府直轄の教学機関・昌平坂(しょうへいざか)学問所ですが、
佐藤一斎はその総長を歴任したこともあり、門弟は3000人もいたといわれています。

中国の明の時代に、王陽明が起こした儒学・陽明学の入門書「伝習録」には、
天道至教、風雨霜露無非教也

天道は教(おしえ)の至りなり、
風雨霜露(そうろ)も教に非(あらざる)ざるは無し。


天の行いは、教の至極である。
この異常気象も、敢えて読み解くまでもなく、
われわれに何かを教えている。


これを一斎が語録に引用しているのですが、
これは500年も前に言われていることなのですから、
現代人はもっと進歩していないと恥ずかしいですよね。

佐藤一斎は後半生の42歳から82歳にかけての
総数1333条の語録を四篇(四緑)に分け、
42歳から53歳にかけての246条を「言志録」といい、
その33条にも同じ趣旨の語録が収められていて、
こちらの方が有名かもしれません。

春風(しゅんぷう)を以って人に接し、
秋霜(しゅうそう)を以って自ら粛(つつし)む。


「暖かな春の風のような態度で他人に接し、
 自分に対しては秋の霜のようにキリリとした態度で厳しくあるべきだ」

という意味です。

自分と他人との関係の在り方、というより
他人に対する自分の在り方についての教えであり、
とかく他人に厳しく自分に甘くなってしまうのが人の常ですが、
「厳しい環境を謙虚に受け止め、
 そのまま自分の成長の肥やしにする気持ちがあれば、
 それは自分を取り巻く環境に対する慈(いつく)しみの感情を生み、
 他人に対しても同様に謙虚に、
 慈しみを以て接することが出来るようになる」

と説いているのだと思います。


厳しい環境を謙虚に受け止めるということは、
自然に服従し、境遇に従順なれという
「あるがまま」
という境地ですが、
これは自然体とか、そのままとかの意味ではなく
「気分や感情にとらわれず、今自分がやるべき事を坦々と実行していく」
という目的本意の姿勢であり、
柔道の
「押さば引け、引かば押せ」
という極意にも近いもので、
道元の「坐禅箴(ざぜんしん)」の後半でも

水清徹地兮(すいせいてつちけい)、魚行似魚(ぎょこうじぎょ)。
空闊透天兮(くうかつとうてんけい)、鳥飛如鳥(ちょうひにょちょう)。


水清(きよ)うして地に徹し、魚行いて魚に似たり
空闊(ひろ)うして天に透(とお)る、鳥飛んで鳥の如し


水清くして地に徹し、魚の行くところ魚に似ている
空は広く天に透り、鳥は飛ぶこと鳥のようである


という一説も、
「人間も自然界に生きる動植物のように、
 逆らうことなく、虚飾を加えることなく、
 ありのままの姿で生きること」

が禅の悟りだと説いています。

風雨が治まらないとコーヒー山に行って被災状況を確認出来ないのですが、
天然の要塞なので、おそらく問題はないと思われます。
沖縄でのコーヒー栽培は、
どうしても台風がネックになりますから、
誤解を恐れずに言わせていただくと
「沖縄でのコーヒー栽培は平地での路地栽培では難しい。
 山原(やんばる)の森林栽培が最適」

という思いが強くなっています。

コーヒー山を覆うスダジイなど20120718.JPG
 7月中旬に撮影した、コーヒー山の地上から空を見上げた光景です。
 空が見えるということは、森に陽が射し込むことを意味しています。
 コーヒーは陰樹にしても、
 こういった森林内の光量がどの程度がコーヒーに最適なのは
 私もよく判らないで栽培しているのが現状ですが、
 台風11号ではほとんど影響がなく、
 今回の台風15号で、森林の外側を覆うスダジイなどの照葉樹林が
 どの程度被災しているのか、気になります。
 画像よりも空が見えるようになっているのだけは間違いないでしょう。
 それでも森林内に入る光量がどうとかではなく、
 スダジイの倒木や枝葉の落下でコーヒーが直撃したのがあるのかどうか、
 あるいはスダジイの被災によっては、冬期のドングリが不足になり
 また今年もイノシシの活躍になる可能性があるので、
 コーヒーだけでなくシイ類の被災度も気になるのです。
 コーヒーは総体的には影響はほとんどないと思います。
posted by COFFEE CHERRY at 22:01| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月17日

台風15号は迷走中

赤提灯や焼き鳥屋の煙に誘われて   
ついフラフラとお店に引き寄せられてしまうサラリーマンのごとく、
台風15号は迷走中で、やんばるはまだ暴風域に入りません。
それどころか日中は青空も出ていましたし、
強風もなくなってしまいました。
沖縄本島に進撃していた台風はなんと一度はUターンしてしまい、
また戻りつつあるようで、酔っ払いの千鳥足状態のようです。
 

もう来るならズバッと来て、サッサと通り過ぎてほしいものです。
コーヒー山に、自宅に置いてある鉢などを持って行こうと思っても
「台風前より台風後の方がいい」
と思っても、ズルズル日にちだけが経過しています。

そういえば
「ついフラフラと…」
って何か歌であったな、と考えていたら
私が中学生当時にヒットしていた
加川 良さんの「教訓T」という
フォークの反戦歌を思い出してしまいました。



台風はどうやら明日18日(日曜)の夜から強風域に入り
19日(月曜)には最接近するようですが、
「ついフラフラ」ではどうでしょうか?

posted by COFFEE CHERRY at 23:07| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

台風15号が接近中

沖縄は今年は台風台風の当たり年で
・5月下旬の2号、大型で葉タバコなど戦後最大の農産物被害
・6月下旬の5号
・8月上旬の9号、本島が45時間暴風雨圏に入り夏野菜が壊滅

は覚えているのですが
本島に接近したけど奄美の方に向かったとか
本土や台湾方面に転回したのもあって
「今年何度目?」
と、多すぎてなかなか思い出せないくらいです。

台風15号は、Weathernewsによると、
本島北端の辺土岬と与論島の
わずか22kmの海域を通過するような予想をしています。

今日の夕方から強風域に入り
16日(金曜)未明から明け方に本島北端付近を
太平洋から東シナ海に向かって抜けるらしいのですが
このルートは国頭村をほぼ直撃するコースになるかもしれません。

今のところ最大風速が毎秒18m、
最大瞬間風速が毎秒25mですから
規模的には小さい部類ですが
時速15kmという、
スーパーに買物に行くママチャリ(荷台付き自転車)程度の
低速ですから、
こういう低速台風は雨を降らせる時間が長くなり、
9月上旬に四国・中国地方を縦断して
紀伊半島などに大被害をもたらした台風12号のように
大雨になる可能性が高いのです。

台風が沖縄本島北部を仮に縦断するとしても
コーヒー山は自然の要塞なので、
大きな被災は考えられませんし、
大雨が降ったとしても、
むしろありがたいくらいに楽観視しているのですが、
さて、今回はどのくらいの台風でしょうか?

強風圏以降は長期停電になる可能性が高く、
これが一番イヤですね。

posted by COFFEE CHERRY at 12:15| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月10日

台風9号のコーヒー山の被災状況と、その教訓

片道2時間以上の日帰りではコーヒー山の作業効率が悪いので、
昨年7月に本島南部の南風原町から国頭村に引越ししたのですが、
その2ヶ月後の8月31日に、
沖縄本島の東南東海域(太平洋側)から
沖縄本島に接近したコンパクトながら強い台風7号は
午後5時過ぎに東村から上陸し、
ヤンバルを横断して国頭村のリゾート地・オクマ(奥間)に抜け、
その後古宇利(こうり)島を経由して伊是名島方面に進行したのですが、
北部一帯では風速40m以上の暴風雨が吹き荒れ
中北部一帯では大規模な停電になり、
我が家でも54時間も停電し、
しかも電話が故障していたので電話開通は、
それから16時間も後のことでした。


深山幽谷のヤンバルは、中国大陸との分断で
ノグチゲラやヤンバルクイナ、ヤンバルテナガコガネといった
希少な動植物が生息して固有種が分化する
原始の生命が息づいているイタジイなどの照葉樹林帯で、
国頭村の総面積の、実に87%が山林原野で
自然の恵みと共生しているのですが、
逆の意味では、たいへんな“過疎地域”ということですから
台風になると、お決まりの「長期停電」が
言わば、要らないオマケみたいな“セット”になっているのです。

リュウキュウヤマガメ110808-1.JPG
 国指定の天然記念物で絶滅危惧種のリュウキュウヤマガメです。
 ヤンバルの他には久米島や渡嘉敷島にも生息しているようですが、
 なかなか出会うことはありません。
 私も昨年7月にコーヒー山で出会ってからですから1年ぶりです。
 国頭村の東西の横断道路・県道2号線が
 台風9号による土砂崩れで途中から不通になっているために
 大国林道と与那林道を迂回しないと国道58号線に出られないのですが、
 コーヒー山近くの林道上にいるリュウキュウヤマガメに出会いました。


先週の台風9号は、
昨年の台風7号と、軌跡こそ違いますが
またしても沖縄本島の東南東海域(太平洋側)から
沖縄本島に接近してきました。

3日(水曜)夕方には南大東島の南海を
ゆっくり西(沖縄本島南部)へ進み
糸満市沖を、人間が歩くような速度で
円弧を描くように迂回したため
4日(木曜)午後から6日(土曜)お昼過ぎまで
沖縄本島は実に46時間にもわたって
暴風域にさらされてしまいました。

沖縄本島が24時間以上暴風域に留まり続けたのは、
7年前の2004年(平成16年)8月の台風18号以来のことで、
また沖縄が40時間以上暴風域に巻き込まれたのは、
10年前の2001年(平成13年)9月の台風16号の時に
53時間暴風域に入ったことに次ぐ、
歴代2番目の出来事なのです。

近年、温暖化の影響なのか台風は大型化し、
襲来コースも多岐になり、
また時期も今までは7月〜10月初旬という
海水温が暖かい時期と決まっていましたが、
今年の台風1号、2号の接近が5月だったように
今後GW明けでも要注意になりそうです。

リュウキュウヤマガメ110808-2.JPG
 彼は国の天然記念物ですから、
 なでしこJAPANより格が上なので
 本来触れてはいけない動物ですが、
 彼は車が近くに来ると動かなくなる習性があり、
 車からすると“石”にしか見えないのです。
 昨年も林道で車に轢(ひ)かれた仲間の悲惨な遺体を見ました。
 そのため彼を拾い上げ、至近距離のコーヒー山のバナナロードで
 解放してあげました。


台風9号の最大瞬間風速は、
琉球新報によると、
 ・那覇市 43.1m
 ・名護市 44.8m
 ・うるま市宮城島 49.6m
 ・国頭村奥 45.8m

でしたが、
暴風域に45時間もさらされ続けていたので、
瞬間最大風速自体はそれほどでなかったにしても
その影響は大きかったのです。

また、降水量もすさまじく、
4日(木曜)午後10時から6日(土曜)の午前9時までの
35時間の降水量は、
 ・那覇市 386mm
 ・名護市 537mm
 ・本部町 671mm
 ・国頭村 508mm

と、
いずれも観測史上最高値を記録したようで、
今帰仁村の呉我山や国頭村の横断道路(2号線)など
17か所以上の土砂崩れや、
糸満市で真栄平の土地改良区では大規模な農地冠水被害も発生し、
(地下ダムの影響?)
農産物も多大な被害を被ってしまいました。

黒ポットのコーヒー苗木110808.JPG
 暴風の洗礼を浴びたスダジイなどの中高木の枝葉が
 雨あられとコーヒー苗木の黒ポットに降り注いでいました。
 数千ある黒ポットを目視点検し、苗木にかぶさっている
 枝葉を取り除くだけでも大変な根気と時間が要りますが
 苗木たちから「痛いよ、取り除いて」と訴える声が聞こえるので
 入念に見てあげないといけません。
 中には500円硬貨くらいの直径の枝木が
 かぶさっている苗木もありましたが、
 コーヒーは苗木の時期は柳のような感じで柔らかいので
 かぶさった枝葉や枝木を取り除けばOKなのです。


今回の停電もピーク時は10万世帯を超えたようで、
冷凍庫が停電になったスーパーやコンビニなどでは冷凍食品の廃棄や
車の洗車でガソリンスタンドに行列になってみたりと、
台風の後遺症は各方面に残しました。
我が家でも今回は停電の復旧まで56時間を要し
その間は冷凍庫や冷蔵庫を開けることは出来ませんでした。
電話やネットの開通はさらに遅れて8日(月曜)の夜10時のことでした。

ヤンバルでは「オール電化」は自殺行為になります。
停電で断水になり、お湯も沸かせないので
HI調理器具も不必要ですし、
高額の太陽光発電も、屋上に設置したパネルが飛ばされたり
暴風でパイプが破損するなどして、
それでなくとも電気代で投資回収するのに15年以上もかかるのですから
ヤンバルではなかなか難しいと私は思います。
我が家の屋上にも、前に住んでいた方が設置した
太陽光パネルが台風で壊れ、
そのままオブジェとして残っていますが、
これだって台風でいつ吹き飛ばされるか
いつも心配しています。
我が家の水は山の自然な水で、
塩素の入った一般の水道ではありませんから、
台風だけでなく大雨でも水は茶色くにごることがありますが
断水することもなく、しかも何といっても“タダ”なので、
水に関しては、都会に比べると恵みをふんだんに受けています。

主幹の先端が折れたコーヒー110808.JPG
 主幹の大事な先端が、倒壊してきた枝木が当たったことで
 折れてしまいました。
 こういうのは、主幹の先端近くから、また新しい主幹が出て来るのです。
 樹形は少し歪(いびつ)というか、
 真っ直ぐな1本のきれいな主幹ではなくなるので、
 再生しても強度的には弱くなってしまいます。


さて、前置きがとても長くなりましたが
コーヒー山には台風一過の8日(月曜)に行って
被災状況を確認してきました。
ひとことで言えば、
コーヒーは
「ほとんど無傷」
で、
暴風域に45時間もさらされたことで、
私も少し心配もしていたのですが、
想定外、といっては山に失礼ですが
心配は杞憂に終わりました。

もちろん、イタジイなどの中高木は
直接暴風を受けるのですから、
枝葉が吹き飛んだり、一部は倒壊するなどして
木漏れ日が入る程度の遮光の森林内も、
中高木の枝葉が飛ばされたことで
陽をさえぎることが出来ずに
森林内は見通しが良くなり、
空を見上げても、青い空や白い雲が
見えるようになってしまいました。

倒壊したコーヒー110808.JPG
 森林内でもともと朽ちていた木を切らずに見落としていると
 朽ち木は暴風で簡単に折れてしまいます。
 大事なコーヒーが、朽ち木が倒壊して直撃したことで
 下敷きになってしまいました。
 こういう場合は、放置しておくと根付いていれば
 “カットバック”という、新しい幹が根元付近から出てくるのですが
 これだと時間がかかるので、植え替えするかどうか
 もう少し様子をみたいと思います。


中高木の枝葉が茂り、
地面から天を見上げても
そよ風になびいた枝葉の間から
まぶしい空が見えるようになるまでは
最低1カ月以上かかりそうです。

コーヒーの具体的な被災としては、
 ・苗木ポットに、頭上から枝葉が振り落とされてきている
 ・苗木ポットが大雨で水抜きが悪くなっているものが
   数%程度あった
 ・移植したコーヒーの木が数本、
   暴風で倒壊した木の直撃を受けて折れてしまった
 ・尾根に移植したコーヒーの木が数本、
   暴風で斜めに倒されかけていた

といった程度の軽微なもので、
沖縄では台風は避けて通れない試練ですから
「防風対策」
は必須条件の1つですが、
「森林内の中高木の樹幹に植える栽培方法では
  中高木が暴風をさえぎり、森林はまさに天然の要塞」

といえて、
沖縄でのコーヒー栽培は、
ヤンバルでこそ活路がありそうな気がします。

恩納村の故・山城武徳先生に
「台風対策」をお聞きした時に言われた
「自然には自然で立ち向かうべきだ」
という名言を戴いたのですが、
森林栽培こそ、まさしく“沖縄流”だと思います。

イノシシ被害110808.JPG
 画像では判りにくいのですが、
 イノシシに掘られた地面を撮影したものです。
 この時期はイノシシの好物のドングリがないために
 体長30〜40cmもある巨大なヤンバルオオフトミミズを探し、
 強靭な鼻をブルドーザーのように押し進めて
 いわば地面を“開墾”してしまうのです。
 時々苗木黒ポットにまで鼻を押しこめているような跡を
 見ることがありますが、
 コーヒーにはカフェインというアルカロイド(=毒)があり、
 イノシシはこれを嫌って、直接コーヒーを狙うことはないのですが、
 ミミズを取るために、コーヒーの近くを掘ることはあるのです。
 コーヒー山では、ある意味台風よりもやっかいなのが
 イノシシなのです。


コーヒーを森林栽培するということは、
除草剤や農薬、化学肥料とは無縁の世界で
畜産堆肥も使わない自然農法をするということですが、
将来的に、コーヒー山で収穫したコーヒーだけでなく、
いろいろな果樹を食べられるような喫茶コーナーも
循環農業や自然エネルギーといったことを考えると、
中米のニカラグア北部のコーヒー農園
「セルバ・ネグラ(Selva Negra)」
を目標にすることになりそうです。

私はニカラグアに行ったことがありませんから、
本やネットでの情報しかありませんが、
「セルバ・ネグラ」
では、
国内の電気代が高いので
電気は風力発電とソーラー発電による自給でまかない、
汚水溜めで発生したメタンガスを利用したり、
オーガニックファームとして農産物の栽培や畜産を飼育して
食材も完全自給だったり、
レストランからでる生ゴミはミミズとバクテリアで分解するとか、
農園内には結婚式用チャペルやバンガローまであり、
ジャングルトレッキングも行えるそうです。

もちろん、コーヒー山では畜産飼育はしませんが、
国頭村内には畜産農家が多く、
良いものを作る理念を掲げる農家も多いので、
全部私がやらなくても提携すればいいのですから、
私はより良い品質を求めて精進すればいいわけです。
というわけで、
最初から「セルバ・ネグラ」を意識していたわけではなくて、
目指す方向性が同じなので、
最近意識するようになりました。
いつか現地を視察してみたいものです。
posted by COFFEE CHERRY at 16:29| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月05日

台風2号によるコーヒー山の被災状況

コーヒー山における台風台風2号は
5月28日(土曜)夜10時頃から
5月29日(日曜)未明にかけて
最も暴風雨が吹き荒れました。

沖縄では台風2号の2週間ほど前の
5月11日に台風1号が
本島西海岸を北東(奄美大島)方面に進んでいて、
その影響が特になかったことで
「強い台風」台風2号を楽観視していました。

台風2号の最大瞬間風速
 ・那覇市樋川 55.3m
 ・久米島空港 53.5m
 ・那覇空港  52.0m


林床地110530.JPG
 林床地の地面は、一面“緑色”でした。
 イタジイやスダジイ、イジュなどの
 コーヒー山の防風林となっている照葉樹が
 激しい暴風雨で枝葉が吹き飛ばされて
 地面に落ちているのです。
 コーヒーは森林内なので折れたり倒される被害は
 ありませんでしたが、
 葉が飛ばされているのが多かったです。


林床地の防風林110530.JPG
 林床地の防風林、樹高20m前後の照葉樹林は
 台風前は鬱蒼(うっそう)として
 木漏れ日が差すような涼しい“木陰”を演出していましたが
 台風で枝葉が吹き飛ばされたことで、
 空がよく見えるようになり、
 森というより林の中にいるような感じになってしまいました。
 コーヒーノキはもともと陰樹ですし、
 直射日光下でも対応出来うる木ですから
 コーヒー山では
 「特に被害はなかった」
 といえると思います。


沖縄での台風による農産物被害では
8年前の2003年9月6日の台風14号が
被害額としては最も大きかったのですが、
今回の2号はそれに次ぐ過去2番目となりました。
 ・2003年台風14号の農産物被害総額 65億9800万円
 ・2011年台風2号の農産物被害総額 64億8300万円

県内ではゴーヤーなどの夏野菜が収穫時期を迎えていて、
また葉タバコが本格的な収穫に入り始めた矢先の
台風2号ですから、被害が拡大してしまったのです。

地域別被害状況
 ・宮古地区 26億2831万円
 ・本島南部 17億3394万円
 ・本島北部 14億800万円
 ・本島中部  4億1782万円
 ・八重山地区 2億9499万円


被害はJA組合員農家の集計ですから
実害はもっと大きいのですが、
ひとつの目安としては参考になりますね。

台風2号の主な被害額(総額64億8309万円
 ・葉タバコなど 30億5492万円
  (昨年の生産高の約6割に相当)
 ・野菜(ゴーヤー、オクラなどの夏野菜) 11億6884万円
 ・サトウキビ 10億4146万円
 ・農業用施設(ハウスなど) 4億7610万円
 ・果樹(マンゴー、バナナなど) 4億2449万円
 ・水産業(海ブドウ、エビ養殖など) 1億9932万円


2003年の台風14号の翌日、
当時糸満市に住んでいた私が
恩納村の山城武徳先生の
コーヒー農園の被災状況を見に伺ったことを思い出します。
沖縄では、ある意味ランチのセットメニューのように
単品(コーヒー栽培)として考えるだけではなく、
ご飯や味噌汁のごとく台風対策も一緒に考えていかないといけないので
「あれだけの台風で山城先生のコーヒー農園がどうなったのか?」
「台風の通り道の沖縄でコーヒー栽培が本当に可能なのか?」

という被災状況を確認しておきたかったのです。

山城先生の農園では
7mごとに建てられたハイビスカスの防風林、というより
防風柵のような、高さ2.5mに揃えられた堅固なものでしたが、
台風の荒れ狂う暴風下で、これの葉がほとんど飛ばされて
ハイビスカスは幹と枝だけのようになっていたものの、
2列に配置させられたコーヒーノキはほとんどが無事で
当時の私は
「台風に配慮した山城方式を継承すべき」
という熱烈な信者で、
ハイビスカスを過信していたように思います。

竹の広場110530.JPG
 コーヒー山のやや南の中腹“竹の広場”にさしかかる手前の
 重機の道でも、画像は原色が出ていないので判りにくいのですが、
 今までよりずいぶん日差しが入りこむようになっています。
 まあ1か月もすれば元通りの木陰に戻るでしょう。


クロカキ110530.JPG
 林床地から重機の道に抜ける、
 コーヒー山のスーパー林道には
 いろいろな果樹を植えているのですが、
 その中の1つ「クロカキ」という
 完熟すると黒い柿になるという
 沖縄の気候風土や国頭マージに向くといわれている
 柿の木が台風でやや倒されていたので
 撮影後、修復しておきました。


重機の道110530.JPG
 いつもは薄暗い重機の道でも
 台風後は日差しが入るようになっていて
 中高木の倒壊などがあり道をふさいでいます。
 それでも幼い苗木の黒ポリポットは
 飛ばされていませんでした。


南太平洋で生まれた黒潮は、
 ・フィリピン
 ・台湾
 ・南西諸島
 ・日本列島
 ・アリューシャン列島
 ・北米大陸沿岸

へと流れ、
約3年かかって北太平洋を一周して
元の発生場所に戻るといわれています。

沖縄近海を流れる黒潮は、
沖縄本島の南北の長さ(約135km)に相当する幅で、
水深約700m、水中温度は冬場でも平均20℃、
夏場には最高28℃にもなって、
冬は北東の風が吹いて沖縄にも寒さや乾燥を運びますが、
梅雨時期以降は南東の風になり
黒潮の影響を強く受けて暑さと湿気を運んできます。

黒潮の水量は毎秒5,000万トンもあり
東京ドーム(124万㎥)に換算すると
実に40杯分の水量が1秒で流れている水量になり、
また、平成19年度の日本の年間水使用量は、
 ・都市用水(生活用水+工業用水) 285億㎥
 ・農業用水 546億㎥
合計831億㎥ですから、

この数字を参考にすると、   
 831億㎥÷5,000万㎥=1,662秒
つまり、27分42秒で日本が年間に使う水量が流れているという
とてつもない数量が流れていて、
この流れに乗って、クジラやウミガメ、マグロ、カツオ、
サンマなども移動しているのですが、
ついでに台風も黒潮海水温度の上昇に伴って北上し、
秋の海水温度の低下とともに
台風シーズンが終えんを迎えるのです。
そのため、沖縄での台風との闘いはまだまだ序盤戦なわけです。

山城先生が言われた
「自然(台風)には自然(防風策)で立ち向かう」
という素晴らしい言葉に、
私は強く感銘を受けているために
私は農薬、化学肥料はもちろん、
人工的な防風ネットやハウスも使わない主義ですから
コーヒー山は、まさに自然栽培をするための天然の要塞で、
多少被災を受けても森が自身で復活していく環境が好きで、
 (実際には照葉樹が倒れて空間が出来ると、その空間を得るために
   植物間の弱肉強食の争いが繰り広げられているのですが…)

過言を恐れずに言えば
「沖縄でのコーヒー栽培は台風対策が必須なので森林栽培が最も適合する」
と考えています。

東村の渡嘉敷さんや西原町の玉那覇さん、
南城市の知念さんなどは露地栽培ですから
今回の台風ではかなりのダメージがあったのではないかと
心配しています。

苗木置き場110530-1.JPG
 ハワイコナのモッカ種の黒ポットに
 頭上から落ちてきた松などの枝葉が散乱していました。
 数が多いので、こういう枝葉を取り除くだけでも
 ひと仕事です


苗木置き場110530-2.JPG
 これも重機の道のハワイコナのモッカ種の苗木たちです。

苗木置き場110530-3.JPG
 林床地のアマレロ種の苗木たちにも
 頭上からイタジイやスダジイなどの枝葉が
 降り注いでいました。


苗木置き場110530-4.JPG
 これも林床地のアマレロ種の苗木たちですが、
 ここでは沖縄の梅雨を象徴するイジュの枝葉が
 降り注いでいました。
 イジュの幹には毒があるのですが、このアルカロイドは
 植物同士に作用させるものではないので、
 コーヒー苗木たちもそういう意味では安心なのです。


苗木置き場110530-5.JPG
 これも林床地のアマレロ種の苗木たちです。
 森林内では一帯ではありませんが、
 こういった大きな枝も落ちてきます。
 今回はありませんでしたが、
 これがコーヒーに直撃すると大変なのです。


苗木置き場110530-6.JPG
 重機の道のハワイコナ、モッカ種の苗木置き場です。
 ここでは移植間近い苗木の葉が茶色く塩害を受けています。


ヤマモモ110530.JPG
 林床地の奥の方(北側)では、
 地面にヤマモモの実がたくさん落ちていました。
 ジャムでも充分作れるくらいの量です。
 これを目当てにいろいろな野鳥の声も聞こえています。


塩害110530.JPG
 6月1〜3日にかけての雨で
 台風が撒き散らした“潮”は流されたものの
 台風2号通過後の台風一過で
 2日間晴れてしまい、
 そのために塩害が広がってしまいました。
 “立ち枯れ”という症状です。
 画像では元気一杯のムンド・ノーボの苗木ですが
 葉の周りの茶色は塩害で焼けてしまっています。
 この程度では問題はありませんが。


沖縄でのコーヒー栽培は
台風とセットで、その対処法も考えないといけませんから、
「本島に、どういう進路で来た台風は、
  どこからどういう風が吹いて、どういう被災をしたのか?」

というデータを残す必要があります。

毎回、台風が来るたびに、
同じような対策を取ってみたり、
「今回は何でも無かった」
とか
「今回は被害が大きかった」
と、一喜一憂しているだけでは
靴を飛ばして天気予報するようなレベルですから
それではとても高品質化には向かえませんからね。

posted by COFFEE CHERRY at 13:04| 沖縄 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月11日

大震災から2カ月が経過しました

このたびの東北関東大震災から今日で2カ月が経過しました。
多数の尊い命が失われ、
亡くなられた方々に深く哀悼の意を捧げるとともに,
慣れない避難所生活を余儀なくされている13万人以上の方々が
これ以上の不幸がないように、
また被災地の方々全員に心からお見舞い申し上げます。

地震は自然界では繰り返し起こる地殻変動で
その予知も大事ですが、
必ず将来起こる事象としてとらえて、
その入念な準備と対策は
常日頃から考えておかなければいけません。

奥共同売店110508.JPG
 沖縄で最初にOPENした国頭村の奥共同売店。
 集落のコンビニみたいなもので、
 値段的には高く品揃え的には少ないのですが、
 車の運転が出来ない高齢者の買物はもちろん、
 ゆんたくコミュニティとしても欠かせない
 集落民出資による共同運営店舗なのです。
 沖縄には各集落ごとにあります。


鎌倉時代の随筆、鴨長明の「方丈記」は、
「ゆく河の流れ」
行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。
よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。
世の中にある人とすみかと、またかくの如し。


で始まるエッセイで、
私が中学生時代の国語では強制的に丸暗記させられたものです。

石碑110508.JPG
 奥共同売店入口にある石碑です。
 これによると明治39年(1906年)、
 台湾総督府の第4代児玉源太郎・総督と
 後藤新平コンビの最終年度のこの年に
 糸満盛邦氏の尽力でOPENされたことが
 記されています。


先週名護市立図書館で借りた
「永井路子の方丈記、徒然草(集英社)」
は、現代語訳で読みやすくなっていて、
序文の「ゆく河の流れ」の永井路子さんの現代語訳では、

 絶えることのない、河の流れ。
行きて還(かえ)らぬ流れの水は、昨日のそれではない。
また、流れもせずにいるかに見える淀(よど)みに浮かぶ水の泡は、
消えては浮かび、浮かんでは消え、その命はたちまち尽き、
瞬時もこの世にとどまることのないはかなさだ。
 世の中の人々の命も、すみかもまたこれにひとしい。
絢爛(けんらん)たる都の中に、
競うがごとく並びたつ貴賎(きせん)の家は世々尽きもしないが、
よく見れば、昔からの家は数少ない。
あるいは去年焼けて今年は造り変えたとか、
あるいは大きい家がほろんで小さい家になるとか…。
住む人もこれに同じこと、所は同じ京の中、
人も同じく多いけれど、昔からの顔見知りは二、三十人のうち、
わずかに一人、二人である。
 生まれ、かつ死んでゆく人間たちよ。
どこから来て、どこへ去ってゆくのか。
たちまちうつろう仮のすみかのために、
何を悩んだり喜んだりして心を煩(わずら)わせているのか。
人とすみかと先を争って滅んでゆく姿は、
あたかも朝顔の花と露のようなもの。
あるいは露がこぼれて花のみ残るものもあるが、
それも朝日の前ではしおれて生気を失ってゆく。
あるいは花がしぼんで露が消えないこともあるが、
それも夕(ゆうべ)までの命は保ちはしない。


と書かれていて、とても読みやすいです。
無常な世の中にただ絶望するのではなく、
その現実を受け入れながらも
自分らしさを見失なわず、
淡々と生きることの大切さが説かれたエッセイで
約800年前の鎌倉時代中期でも、
文明は違っても、人間の本質はまったく変わらないようですね。

永井路子の方丈記.JPG

この方丈記には“大地震”のことも書かれています。

「元暦の大地震」  
また、同じころだったか、ひどい大地震があった。
その有り様は、並み大抵のものではなく、
山は崩れて河を埋め、
海が傾くような津波が陸地を浸した。
土が裂けて水が噴き出し、
岩石が崩れて谷に転落した。
岸部を漕(こ)ぐ船は波に翻弄(ほんろう)され、
道行く馬は足元定まらず、立ってもいられないという有り様。

都のあたりでは所々の堂塔が壊れ、
ひとつとして完全な姿を保つものはなかった。
あるいは崩れ、あるいは倒れ、
その塵挨(じんあい)がもうもうと煙のように立ち上がった。

大地が揺れ、家の壊れる音は雷鳴と変わりがない。
家の中に居れば、たちまちその下敷きになって押しつぶされそうになるし、
走り出れば足元の大地が地割れする恐ろしさ…。

羽根がないから空を飛ぶことも出来ないし、
竜なら雲にも乗れようがそれも出来ない。
恐ろしい中でも最も恐ろしいのはこの地震だと、
思い知ったことだった。

 これほどの激震はまもなくして止んだけれども、
余震はしばらくは止まず、
普通のときだったらびっくりするほどの地震が、
日に二、三十度ない日はなかった。
十日、二十日と過ぎてやっと間遠になり、
一日のうち四、五回、あるいは二、三度になり、
一日置き、また二、三日に一度というふうになったが、
こんなふうにして、余震は三か月も続いたろうか。

天地を構成する四大種(四要素=地、水、火、風)の中で、
水と火と風はいつも災害をもたらすが、
大地だけは常に動かず、
災いを起こさないと思っていたのに、
この有り様とは…。
昔、斉衡(さいこう)年間(854〜857年)とかに大地震があって、
東大寺の大仏の首が落ちるなど、
大変なこともあったけれども、
それでも今度の大異変には及びもつかない、
とか人々は言いあった。

 その災害の当時は、人々は、
しょせん世の中ははかないものだなと語りあって、
この世への執着や欲望も少しは薄らいだように見えたけれども、
歳月が過ぎればそういうことを口にする人さえいない。


この大地震は1185年(元暦2年7月)に起きた
「文治京都地震」
のことで、
同年3月の壇ノ浦の戦いで平氏は全滅したことから
当時“平家の怨霊”といわれた
マグニチュード7.4の大震災だったようです。

最近の大地震と比較しても
・1995年(平成7年) 淡路阪神大震災 M7.3
・2004年(平成16年)新潟県中越地震 M6.8
・2011年(平成23年)東北地方太平洋沖地震 M9.0

耐震設計ではない木造平屋建てが多かったはずですから
被害も相当大きかったはずです。

また、過去の地震を調べてみると、  
平安時代と現代に奇妙な一致があることが判ります。

@平安時代
 ・出羽地震 850年 震源:秋田県 M7.0
 ・越中・越後地震 863年 震源:富山県 
          M不明も直江津付近の小島が壊滅という伝承
 ・貞観三陸地震 869年 震源:岩手〜福島沖 M8.3〜8.6

A現代
 ・日本海中部地震 1983年 震源:秋田県 M7.7
 ・新潟県中越地震 2004年 震源:新潟県直下型 M6.8
 ・東北地方太平洋沖地震 2011年 震源:岩手〜茨城沖 M9.0

秋田県を震源とする地震が起こると、
約20年後に新潟県で地震があり、
それから10年以内に三陸沖に地震が起きています。
他の地域でも、そういう法則というか傾向があるのかもしれませんね。

私は地震の研究家ではないので、法則というのはおかしいですが。
予期しにくい地殻変動で起こる偶発的に起こるのが地震ですから、
地震列島の日本では、
どこに住んでいても備えだけは忘れてはいけない、
ということはいえると思います。

沖縄本島には、現在台風1号が接近していて
Weathernewsによると夕方には本島に直撃しそうな感じです。
地震の備えが必要だ、というわりには
“台風の備え”は実はほとんど出来ていません。
台風1号が発生して、沖縄に向かって来そうだと判ってからも、
暴風で飛びそうなモノを片づけたくらいで、
「バナナとか倒されなければいいな」
と自宅の中で心配しているくらいです。
自宅庭にはカカオのタネ植えの黒ポットやプランターがあちこちに置いてあり、
またバナナは島バナナ、台湾バナナ、イスラエルバナナ、調理バナナ、
ボリビアバナナなど多くの品種が
自宅庭や隣接するバナナ畑に植えてあるのですが、
昨年8月31日の台風7号の時に
バナナを守るために一部ロープで補強したら
まったく役に立たなかったこともあり、
バナナも台風の前では無防備状態なのです。
早く通過してほしいものです。

コーヒー山は自然の要塞ですから、
影響はほとんどないと安心しているのですが、
台風の後に、10m前後の上空からイタジイや松などの
枯れ枝が落下してくるので、
背丈くらいしかないコーヒーたちは
その直撃を受けると困るのですが、
それも対処のしようがないですよね。

トビズムカデ110510.JPG
 沖縄県にはオオムカデ、トビズムカデ、タイワンオオムカデ
 セスジアカムカデという4種類のムカデが生息していて、
 肉食性ですから昆虫などを食べているのですが、
 凶暴なので「咬みつかれるとハチに刺されたような痛みがある」
 といわれていますが、咬まれたくないです。
 画像は我が家の外の新聞入れBOXに居候している
 トビズムカデの青年で体長約12cmでしょうか。
 新聞や郵便物を取る時は、いつも要注意なのです。

posted by COFFEE CHERRY at 14:26| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月07日

台風7号の爪跡と教訓C

“林床地”と呼ぶ割り合い平坦な南側のエリアでの
台風翌日の状況をお知らせします。

林床地0901-1.JPG
 地形的に東側が高く、西側にかけて低いスロープに設計されていて、
 (重機を入れる時に東側の風が入りにくいように、東端を削らなかった)
 昨年からの伐採でも、栽培スペースが少なくなったとしても
 林の中の木々を出来るだけ残すように意識したために
 この画像は鮮明ではないのですが、
 林の中は木漏れ日が時々入る涼しい環境になっています。
 地面には暴風で吹き飛んできた、たくさんの枝葉が散乱しています。
 また木の幹に枝葉が引っ掛かり、暴風の凄さが解かるようです。


林床地0901-2.JPG
 アマレロの黒ポット苗木ですが、
 暴風で飛ばされた枝葉が大事な苗木の上に散乱してしまっています。
 これらはすぐに慎重に取り除きましたが、傷んだ苗木はありませんでした。


林床地0901-3.JPG
 これもアマレロ苗木ポットの上に
 吹き飛んできた枝葉が散乱している状態です。
 太い木は、昨年伐採してやや朽ちていた木なので軽く
 大事な苗木はつぶれていませんでした。


林床地0901-4.JPG
 倒壊した木が、大切なコーヒーの枝に引っかかり曲がっていました。
 直撃であればつぶされていたはずで運が良かったです。
 倒壊した木は生木なので重く、ノコギリで切断してコーヒーを救助しました。
 幸いコーヒーは元通りに回復しました。


林床地0901-5.JPG
 これも吹き飛ばされた木が、大切なコーヒーに当たり
 コーヒーを曲げてしまっていました。
 たまたま昨年伐採した朽ちた木だったことと
 当たりどころが良かったことで、
 このコーヒーもすぐに復活出来ました。
 この林床地だけでも約1,000本はコーヒーを植えてあるのですが、
 被災に遭ったのはこの2本だけでした。


林床地0901-6.JPG
 解かりにくいと思いますが、
 画像右上の方でコーヒーが斜めに倒れ掛かっています。
 これは、この部分に強い東風が吹き抜けたことで、
 西側に向かって倒れかかっているのです。
 こういった暴風が吹きぬけたことで倒れ掛かったり、
 根元がユラユラしたコーヒーが、
 林床地入口から約100mくらいにかけて約10本余りありました。
 これらは次の画像のように仮の支柱を立てたり
 自然の木を利用して、使い古しの洋服を引き裂いて
 幅広のヒモにして、コーヒーの主幹を引き起こすように修正しました。


林床地0901-7.JPG
 ロープだとコーヒーの主幹が傷つく可能性があるので、
 幅広の布ヒモにして、コーヒーに負担がかからないようにしました。
 布ヒモが自然に朽ちる頃にはコーヒーは元通りになっていることと思います。


林床地0901-8.JPG
 これもコーヒーの近くにある東側の木に
 幅広ヒモで引っ張りましたが、
 東側に適当な木が無いところでは
 伐採した直径4〜5cmの細目の木や竹などを地面に刺して支柱を作り、
 これに幅広ヒモを引っ掛けました。


林床地0901-9.JPG
 倒壊した木がコーヒーに当たりそうになっていましたが
 ほんの1cmくらいで奇跡的にかすりもせずに助かっていました。
 倒れた木は、昨年草刈り機で誤って半分切ってしまい、
 暴風で倒れてしまったのですが、
 残っている幹は曲がった状態だったので、
 復活できるかどうかは判りませんが
 応急処置で、この木も引っ張り上げて
 こっちはロープで他の木に結びつけておきました。
 具合が悪ければ可哀想ですが後日切断することになります。


林床地0901-10.JPG
 暴風で折れた木がコーヒーの近くに倒れていましたが
 これも神がかり的に助かりました。


林床地0901-11.JPG
 これも上記の画像と同様にコーヒーに当たらず、
 神がかり的に助かっています。


林床地0901-12.JPG
 これも吹き飛んできた枝葉がコーヒーの近くに落下し直撃を免れています。
 こういったことが不思議に多いです。


林床地0901-13.JPG
 林床地の中ほどで南から北側を撮影した画像です。
 ご覧のように台風がなかったかのように静寂さを取り戻していますが
 これは台風の翌日に撮影したものです。
 林床地内の被災が最小限度で済んでいることが
 お解かりいただけることと思います。


林床地0901-14.JPG
 これは上記よりも、もう少し北側の場所で
 北から南側に向かって撮影しました。
 画像右側が東になり、東側がやや高くなっていることで
 東風が入りにくい地形になっているのです。


今回の台風7号は
・台風がコーヒー山に与える影響
・具体的な被災状況の確認と対策
・東風が吹き抜ける場所の確認と対応策
・コーヒーの植えられない場所の確認と他に何を植えるかの素案
など
コーヒー山自体を、
「コーヒーにとっての防災山」
として考えるテストになり
とても良い体験をさせて戴けたと思っていますが
同時に、
「コーヒー山は充分に堅固」
ということも改めて知らされました。

新しいデジカメは動画が撮影出来るのですが
新居が過疎地のためにISDN回線なので
You Tubeでも見れない環境ですから
画像が精一杯で、データ通信への変更を考えています。
posted by COFFEE CHERRY at 19:32| 沖縄 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月06日

台風7号の爪跡と教訓B

コーヒー山には南端の山と
重機の道の上の山の2つの山があって、
南北に長いひょっこりひょうたん島のような地形になっているのですが、
コーヒー山の2年前の伐採は、最初は南端まで行い、
それから折り返して北側に向かい現在に至っています。

南山尾根0901.JPG
 南山に至り、そこから北側に折り返した尾根までは
 植木屋さんに伐採をお願いしたのですが、
 見た目重視のようで木を切り過ぎてしまい、
 結果、東側からの眺めが良くなり、
 強めの風でも東西に風が吹き抜けていて
 台風襲来での被災は覚悟していました。
 台風7号が去った翌日には
 やはり木の倒壊や枝葉が散乱していました。
 この画像は南山に向かう尾根で撮影しましたが
 コーヒーはありません。
 今後、南山から北側の尾根には
 防風林に成り得る木々を植える必要があります。


南山から北側に向かう尾根の先にはバニラを植えた山があり、
ここを以前は“中山”と呼んでいましたが、
最近になって「バニラ山」に勝手に改名しました。
このバニラ山から北側は、
私たちが素人ながら
チェーンソーや草刈り機で伐採をして現在に至っています。

バニラ山0901-1.JPG
 バニラ山の東側で撮影しました。
 このエリアは、栽培面積を広げようと欲張り
 伐採を必要以上に進めてしまいました。
 そのために画像のように空がよく見える、
 イコール風(東風)が入りやすいことを意味し、
 台風翌日ではご覧のように木の上の方が折れています。
 こういった形で枝葉が吹き飛ばされて
 コーヒーに降ってくるので、
 もし当たると主幹の細いコーヒーは
 いとも簡単に押しつぶされてしまうのです。
 それでもこの画像のコーヒーでもそうですが、
 コーヒーには不思議と当たっていないのです。


バニラ山0901-2.JPG
 暴風で木が折れて他の木に引っ掛かったり、
 落下したりしていますが、
 ここでもコーヒーは神がかり的に被災していません。
 落下した木の二股部分には
 コーヒーの枝が出ているのが見えるでしょうか?


バニラ山0901-3.JPG
 上の画像の左側部分です。
 上の方で折れた木が引っ掛かり
 今のところ落ちて来ないようです。
 先々はこの折れた木が朽ちて
 自然に落下してきますから、
 その頃も下のコーヒーには注意が必要です。
 約35年も放置された森林ですから、
 台風だけでなく、自然に朽ちて倒壊する木々もあり
 森林栽培ではこの点は充分注意しないといけないのです。


バニラ山0901-4.JPG
 台風に関係ないのですが、
 斜めになった主幹をあきらめて
 新たな主幹が出てきて元気に生育し始めているコーヒー苗木を
 バニラ山で見つけました。
 コーヒーの樹齢が100年を超えるものは、
 こういった形で延命するのです。
 斜めになった幹を剪定バサミで切る手法もありますが、
 私たちは自然栽培派なので
 この苗木の斜めの幹もそのまま放任し
 自然に任せて見守るつもりです。


次回は、コーヒー山で最も生育が良い“林床地”の
台風翌日の様子をお知らせします。
posted by COFFEE CHERRY at 18:21| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月05日

台風7号の爪跡と教訓A

コーヒー山の入口の門を入ると、
重機が通れるほどのしっかりした道路が
山の西側に作られていて、
ここの片側をバナナ並木にするつもりで
当初“バナナロード”と命名しましたが、
後にイノシシにバナナの小株を掘られて
バナナは見事に全滅してしまい、
コーヒー山ではバナナを植えるのが困難になったのに
今もって“バナナロード”というのも変なのですが、
今日はこのバナナロードの台風直後の状況からお知らせします。

バナナロード0901.JPG
 画像左側が東側になりこの道路から上(左)一帯がコーヒー山です。
 この道をまっすぐ進むと門方向で台風翌日に撮影しました。
 道路も含めて、両側の植栽も台風の影響は見られませんでした。


バナナロードの上0901.JPG
 バナナロードの東側(山側)の画像です。
 台風の影響は皆無です。
 このスロープの林の中にも
 コーヒー苗木を移植していますが、
 まだまだ移植スペースが残っています。


苗木置き場0901.JPG
 バナナロードから西側に隣接する林の中に置いたコーヒー苗木たちは
 黒ポットが倒されることもなく、
 台風の被災はまったく受けていませんでした。
 ここは木漏れ日の当たるやや薄暗いエリアですが
 回りの自然の木に防風の役目を充分にしてもらえました。


バナナロードは、強い台風7号の影響はありませんでした。
強いて言えば、多量の雨水が山から流れ出る“道”になってしまい
ある部分では濁流が道を横断してぬかるみになっていたり
道を踏み固めた砂利が濁流と共に林道に流されて
道の砂利の一部が削り取られたりしましたが、
車の通行に関しては、特別不便は感じない程度で治まっています。

次に、“重機の道”という、
コーヒー山の南側に向かう、ほぼ平坦な道があるのですが、
コーヒー山は35年ほど前に
パイン栽培用に森林を伐採して重機で開拓し、
その後放置されて森林になっていますから、
そのために平坦や緩やかなスロープが多いのですが、
南側に向かう中腹の道のことを「重機の道」と呼んでいて、
ここでの台風直後の様子をお知らせします。

重機の道0901-1.JPG
 重機の道を南側に向かって撮影しました。
 左斜面が東側になりますが、
 壁面が崩れ落ちる個所はありませんでした。


重機の道0901-2.JPG
 重機の道はふだんは落葉が堆積して腐葉土化し、
 フカフカしているのですが、
 台風翌日は画像のように、東側の山の樹木群の
 まだ緑みどりした枝葉が暴風で吹き飛ばされて、散乱していました。


重機の道0901-3.JPG
 画像が鮮明ではないのですが、
 左の東側斜面の方から吹き飛ばされた枝葉が
 散乱しているのがお判りいただけるでしょうか。


重機の道0901-4.JPG
 東側のバニラ山というバニラを移植した山で
 昨年までにチェーンソーで切り倒したリュウキュウマツが
 今回の台風で、下の重機の道に落ちてきて
 大切なコーヒーが押しつぶされていました。
 コーヒーを救助しようと、
 リュウキュウマツをノコギリで切断してみましたが
 画像右側にリュウキュウマツの先端部分がまだ4mほどあり、
 つぶされたコーヒーの右側も切断しないと
 コーヒーを起こせなかったのですが、
 この状態ではコーヒーを起こしたとしても
 もう主幹は再生出来ない様子で、
 ただ根が生きている状態ですから
 折られた主幹部分から新芽が出てくる可能性が高く、
 それに期待することにして、
 可哀想ですがそのまま放置しました。


重機の道0901-5.JPG
 重機の道には、これから移植予定の
 黒ポリポットに入ったコーヒー苗木も置いてあるのですが
 東側の斜面下に置いてあることもあって
 台風で吹き飛ばされた樹木の枝葉が降り注いでいたようです。


重機の道0901-6.JPG
 これも同様に、台風で吹き飛ばされた枝葉が落ちてきていました。
 こういった飛ばされてきた枝葉は、丹念に取ってあげないといけません。


重機の道0901-7.JPG
 昨年までに切り倒したリュウキュウマツが
 画像では右上の斜面から滑り落ちてきて
 どこかでバウンドしたようで、
 たまたまコーヒー苗木の黒ポットの端部分に乗り上げ
 コーヒー苗木は奇跡的に助かっていました。
 画像右側のコーヒー苗木ポットが倒れているのは
 このリュウキュウマツ落下のとばっちりを受けたようです。


重機の道0901-8.JPG
 重機の道沿いで出会ったホントウアカヒゲのメスです。
 沖縄県の天然記念物に指定されていて絶滅危惧種ですが、
 コーヒー山では一定のなわばりごとにツガイで生息していて
 人なつっこく作業中によく近寄ってきます。


次回はバニラ山の台風翌日の様子をお知らせします。
posted by COFFEE CHERRY at 18:15| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月04日

台風7号の爪跡と教訓@

沖縄本島の台風上陸は意外なことに
2004年9月以来実に6年ぶりのことなのです。

それまでの沖縄は台風が年に数回は襲来することで
その準備や対策が自然と出来ていたのですが、
久しく台風の直撃がなかったことで
また、台風当日の昼すぎまで青空が出ていたこともあって
県民は、もちろん私もそうですが
油断していたこともあろうかと思います。

暴風に耐えるコーヒーの木0831−2.JPG
コーヒー山の中のバニラが植えてある山の東側にあるコーヒーです。
台風襲来当日の8月31日(火曜)正午までコーヒー山で、
強風で飛びそうな黒ポットやケンガイ鉢などをまとめたり、
今回の台風7号は沖縄本島を東西に横切ることで
東風ということが判っていますから、
東側の谷から暴風が吹き上げてくる場所を確認したりしていました。
7月に転居してコーヒー山に近くなったことで、
台風の被災状況をすぐに確認できるのはとても良かったです。
画像の木は正午前に撮影しましたが、
やや強めの東風にあおられて木がしなっています。


那覇市の東南東海域(太平洋側)から
沖縄本島に接近したコンパクトながら強い台風7号は
8月31日(火曜)午後5時過ぎに
沖縄本島北部を横断しましたが、
北部一帯では風速40m以上の暴風雨が吹き荒れ
国頭村のリゾート地・オクマ(奥間)ではトタンや瓦が飛び、
辺土名(へんとな、国頭村最大の集落)では信号機が曲がるほどで
午後3時には我が家でも停電になってしまいました。

停電はその後、
9月2日(木曜)午後8時半まで約54時間も続き、
その間復旧の目途などに関する連絡や報道は一切なく
おまけに電話も台風で故障して
電話が開通したのは9月3日(金曜)の昼過ぎのことでした。

暴風に耐えるコーヒーの木0831−1.JPG
 これもコーヒー山のバニラ山の東側のコーヒーの木で、
 台風当日の正午前に撮影しました。
 出来る限り支柱をしない方針に切り替えましたので、
 これから暴風域に入るので折れてしまわないかと心配でした。


我が家では、懐中電灯を
台風前にたまたま買っていたことでラッキーでしたが、
ロウソクは仏壇用のものしかなく、
非常時を想定した食料の備蓄も準備しておらず、
冷蔵庫や冷凍庫内の食べ物は
停電なので一度でも開けると全部ダメになるでしょうし、
停電もいつまで続くのかが判らないので
不安な日々を過ごしていました。

大国林道0901−1.JPG
 台風翌日にコーヒー山に向かう大国林道では、
 木があちこちで倒壊していました。


「北部では戦後最大級」ともいわれる今回の台風は
移転後早いうちに体験出来て良かったと思っています。
恩納村の山城武徳先生は、
「自然には自然で立ち向かう」
と言われていて、
「人工的な防風柵や防風ネット、ハウスを使わず、
台風にはハイビスカスやホンコンカボックなどを防風林とすることで
ある程度防ぐことが出来る」

という考え方です。
「どこか被害があれば、どこをどうすれば良いか、
次回被害に遭わない方法を考えればいい、その繰り返しだ」

とも言われていました。
私も山城先生の考え方に同感で、
「自然には自然で立ち向かいたい」
のですが、
「沖縄では東風をいかに防ぐか」
を重要視するべきだと
改めて知らされました。

大国林道0901−2.JPG
 林道内でも木が倒壊したり
 秋の落葉のように枝葉が落とされていたりする場所もあれば
 まったく何事もなかったかのような場所もありました。


台風の風は時計と逆回りですから
沖縄ではほとんどの台風が東風(あるいは東南の風)になりますから
「東風を制せば、台風をも制する」
と考えるようになり
成長が早く樹高が高いモクマオウや
同じく成長が早いハイビスカス、ホンコンカボックなどを組み合わせて
防風林として作っていきたいと考えています。

次回から、コーヒー山の中の台風翌日の状況を
画像を中心にお知らせします。

posted by COFFEE CHERRY at 20:15| 沖縄 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月11日

コーヒー山の台風一過

2年ぶりに沖縄本島に接近した台風台風(8号)は
本島の南海上を西に先島諸島方面に進み、
先島や台湾に大きな被害を与え、
また、あいにく夏休み期間中でもあり
観光客や観光業界などにも影響が出ています。

090805-2.JPG
 林床地外側の雨水貯水システムですが
 このままだと容器が強風で吹き飛ばされたり
 ブルーシートが風であおられたりするので
 台風前にブルーシートを外してたたみ、
 吹き飛ばされそうなものは固定する
 簡単な台風対策を直前に行いました。


090805-1.JPG
 ブルーシートは外して、
 近くの木に巻きつけておきました。


今回も不思議に沖縄本島は
台風台風の被害から免れたものの、
永年台風台風の通り道としての沖縄で
強風に弱いコーヒー栽培をするということは
台風台風をただ恐れおののくのではなくて
「台風台風にどう備え、挑むのか」
を常日頃考えて
台風を克服しないといけないのは
至極当然のことで
「備えあれば憂いなし」
は、
毎年のように台風が襲来する
沖縄の農業や観光のためにあるような
格言だと思えますし、
その対策も出来る限りコストをかけずに
質的向上を図るように心がけたいところです。

090805-3.JPG
 コーヒー山の北山山頂にある雨水システムです。
 コーヒー山には全部で10箇所の雨水システムがあり
 台風の直前に、全てのブルーシートを外しておきました。


090805-4.JPG
 風でブルーシートがあおられても
 自然にヒモが外れないように
 固く締め付けてあるので
 ヒモをほどくのも面倒な作業になりました。


コーヒー山でのコーヒー栽培は
ある意味、自然の要塞のような
恵まれた森林の中での栽培ですから
森林栽培がある程度完成された状態であれば
被災度はかなり軽微と思うのですが
なにしろ昨年の年初から
間伐をしながらコーヒー苗木を植樹していて
現在までに約1,500本を移植しながら、
なお数千本の苗木が残っている志半ばですし、
しかも少人数で作業を行っているので
台風対策までとても手が回らない状況ですから
コーヒー山の台風対策としては
直前に雨水貯水システムのブルーシートを外しただけで
台風台風を迎えることになりました。

090805-5.JPG
 林床地内のスイカなどを食べる休憩ポイントにある
 雨水貯水システムです。


090805-6.JPG
 画像右上の明るい部分はバナナロードで、
 雨水貯水システムのある林床地は
 約1m高くなっていますが、
 画像からだと判りにくいでしょうか。


台風一過後のコーヒー山では、
「どこにどの程度の被災があったのかexclamation&question
という被災状況確認から
コーヒー山の個々のエリアで
「どうすればよいのかexclamation&question
という具体策を熟慮して
次回の台風に備えるつもりでしたが、
台風8号台風は本島南の海上を
東から西に横切っただけで
ヤンバルは強風が吹き荒れただけの様子で
高木から折れた枝葉が落下してきた程度の
ごく軽微な被災だけで済みました。

近所のキビ畑090809.JPG
 台風一過の近所のサトウキビ畑も
 北東の風が吹き荒れましたが
 本島南部でもこの程度で済みました。
 サトウキビはこの曲がった状態のまま放置され
 先端部分が太陽に向かって垂直に延び出すのです。


090810-1.JPG
 北山山麓のコーヒー苗木に
 高木から落下してきた枝が引っ掛かっていました。
 コーヒーの枝葉が傷つかないように気をつけて
 枯れ枝を外してあげます。


090810-2.JPG
 これも北山山麓のコーヒー苗木ですが、
 苗木は不思議に直撃を免れています。


090810-3.JPG
 林床地のコーヒー苗木です。
 このように高木から落下してきた枝が
 引っ掛かっていたコーヒー苗木は
 全部で数十本ありましたが、
 直撃して枝葉が折れたコーヒー苗木は
 不思議に1本だけで、
 しかも10cm程度の被害で済みました。
 重機の道では倒壊した苗木も1本ありましたが
 起こしただけで修復出来ましたから
 今回の被災はごく軽微で済みました。


といっても、
沖縄は海水温度が高い10月上旬までは気を許せないので、
雨水貯水システムのブルーシートを
台風が接近するたびに外したり
張りなおしたりするのも面倒ですから
付け外しが短時間で出来るように
今後、徐々にヒモをフック形式で
固定するようにしようと考えています。

090810-6.JPG
 北山山麓の東側で黄緑色が美しい
 「リュウキュウアオヘビ」と遭遇しました。


090810-7.JPG
 彼は体長約1mの青年で、
 雨水貯水システムの水槽の中にウヨウヨいる
 オタマジャクシがカエルに変態した頃に
 食餌としているようです。


090810-4.JPG
 奄美大島以南に棲息する
 タイワンハグロトンボの琉球列島の固有亜種
 「リュウキュウハグロトンボ」の成体のオスで、
 カワトンボ科の仲間です。
 青年はコバルトブルーで、
 成熟するにつれてグリーンメタリックになるのです。
 メスは黒い羽に白い紋がありますし、
 また少女は褐色、Ladyは黒褐色で
 明らかにオスの金属光沢と違うので
 画像のハグロトンボは成熟したオスと判るのです。


090810-5.JPG
 本島では中北部の樹林帯の水辺で
 見かけることが出来ますが
 沖縄は開発が進んで生息域が限られて
 「リュウキュウハグロトンボ」も
 希少種になりつつあるようです。
 体長は約65mmです。


090810-8.JPG
 林床地で休憩中、スイカを食べていると
 絶滅危惧種に指定されている
 「ホントウアカヒゲ」がツガイで近寄ってきます。
 スイカの赤い実が好物のようで
 1〜2mのところまで無警戒で舞い降りてきます。
 一見スズメに似ていますが、
 スズメよりも赤褐色でひと回り大きいと思います。
 胸元が黒いのがオスなので、
 画像のアカヒゲはメスですね。



posted by COFFEE CHERRY at 23:26| 沖縄 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月21日

迷走台風13号の軽微な被害状況

台風台風13号がウロウロしたおかげで
昨日コーヒー山に行けたのは10日ぶりになりました。

バナナロード0920−3.JPG
 「バナナロード」は何度も車を乗り入れたことで
 地面が踏み固められたようで、
 現在では乗用車でも楽に入れるようになりました。
 画像では左側が山になります。


台風台風13号の最大瞬間風速は本島南部の那覇市では
9月16日(火曜日)に36.1mを記録しましたが
台風台風が北東に進むにしたがって徐々に本島北部とは
離れて行きましたから、
「コーヒー山の南山から中山あたりの、
 特に稜線の南東から吹きつける風の苗木への影響」

「森林の樹木を一部でも伐採したことの影響」
「ポット苗木のドミノ倒し」
「支柱を付けた苗木への強風の影響」
といった心配もしている反面、
「この程度の台風台風で大きな被害が出るようなら、
   沖縄でのコーヒー栽培なんか出来っこない」

という、
「コーヒー山なら大丈夫でしょう」
といった期待もあって
山の総点検を早くしたかったのです。

バナナロード0920−2.JPG
 「バナナロード」は右上の山の斜面から
 雨水霧が流れ落ちてくるのですが、
 伐採や移植のために車が何度も通って
 地面が踏み固められたことで、
 ぬかるみも減りました。


昨日のやんばるエリアは「晴れ晴れ」予報でしたが、
到着してみると一時小雨雨がパラつく雲曇りが重い日で
湿度は高いものの気温は上がらずに
快適に作業することが出来ました。

コーヒー山から直線距離で5〜6kmの
国頭(くにがみ)村比地(ひじ、標高8m)の
12日(金曜日)以降のアメダス情報によると、
 ・ 9月12日(金曜日)曇り  降雨量 8.5mm 最大風速9m
 ・ 9月13日(土曜日)雨   降雨量66.0mm 最大風速11m
 ・ 9月14日(日曜日)晴れ  降雨量27.5mm 最大風速9m
 ・ 9月15日(月曜日)曇り  降雨量 5.5mm 最大風速7m

 ・ 9月16日(火曜日)雨   降雨量23.5mm 最大風速9m
 ・ 9月17日(水曜日)雨   降雨量59.0mm 最大風速13m

 ・ 9月18日(木曜日)晴れ  降雨量 1.5mm 最大風速7m
 ・ 9月19日(金曜日)晴れ  降雨量 0.0mm 最大風速5m
 ・ 9月20日(土曜日)晴れ  降雨量 0.5mm 最大風速2m

となっていました。

バナナロード0920−1.JPG
 「バナナロード」は、その名の通り
 バナナを道路の端に1列に植えた、
 コーヒー山の導入道路のことですが、
 少しずつ子株を植えて、それらしくなってきました。


「比地(ひじ)から直線距離で5〜6km」
といっても、
比地(ひじ)の計測地の標高は8mとコーヒー山の標高350mでは、
環境的にも違うはずで
コーヒー山の方が降雨量や最大風速は
大きいものと予測されますが、
以下、コーヒー山での台風台風13号の実害状況をお知らせします。

「実害」というより「こんな程度」という軽微なものでした。

倒れたポット苗木0920−1.JPG
 ポットや鉢のコーヒーの苗木は、
 叩きつけるような強い風が長く当たると、
 主幹や枝葉が稲穂が垂れるように我慢していても、
 ポットや鉢の重心が先に堪えられなくなって、
 ゴロンと倒れてしまうのですが、
 さらに強い風に当たると、連鎖式に
 次から次へとドミノ倒しのようになってしまうのです。
 この場合は主幹が折れることはなく、
 枝葉の影響も少ないので、
 台風一過後にポットや鉢を少し面倒ですが
 元通りに起こせばいいのです。


倒れたポット苗木0920−2.JPG
 「倒れたポットや鉢は起こせばいい」のですが、
 「いつ倒されたのかexclamation&question」が問題になります。
 倒されてから救出まで長時間かかったことよりも、
 ポットや鉢に保水が無い、中の土がカラカラに
 乾いた状態のときに早々と倒された場合は、
 その後に雨が降っても水不足状態になっているわけですから、
 台風のさ中の救出は私自身が2次災害に遭う可能性も
 ありますから助け起こしたくてもそれがなかなか困難ですし、
 どうしても台風一過までは長時間が経過することで
 苗木が弱ってしまうことがあり、
 台風前にはポットや鉢が倒されないように
 工夫する必要があるのです。
 数年前のことですが、大型台風から
 自宅のポット苗木を守るために、
 苗木の上から防風ネットをかけてしまったこともありました。
 沖縄で強風に弱いコーヒーを栽培するには、
 常に「台風台風からどう守れるのかexclamation&question」を考えた
 栽培法、防風対策を考えておかないといけないのです。


ポット苗木が倒されたのは、上記画像は「重機の道」ですが、
新しく伐採しているバナナロード沿いの平地部分の
「新苗木置き場」にも2個が倒されていました。

数字的にはポット苗木約100個のうち、
倒されていたのは9個くらいです。

斜めに傾いたコーヒー苗木0920−1.JPG
 意外にも「コーヒー山の大回廊・重機の道」に
 移植したコーヒー苗木が数本、斜めに傾いていました。
 これは「重機の道」が強風の通り道になったことを
 意味しています。
 このあたりの重機の道に植えた苗木は
 まだ1ヶ月も経過していませんから根付いていませんので、
 強風下では主幹が風に堪える前に
 主幹自体が倒されてしまうわけです。
 苗木の修復はただ垂直に起こして土を根元に少し盛って
 踏み固める程度で1分で済むような
 まったく簡単な作業なのですが、1度被災した場所は、
 次回も同様に強風が吹き抜けるわけですから、
 風を止める対策もしなければいけないのです。
 テスト圃場の防風林のハイビスカスを長めに剪定し、
 重機の道を所々遮断するように植えてみようと思っています。


斜めに傾いたコーヒー苗木0920−2.JPG
 これも重機の道に植えたコーヒー苗木が
 斜めになっている状態ですが、
 この場合は重機の道の上の樹木から枝が落ちてきて
 コーヒー苗木にかかったことも影響して
 斜めになってしまったようです。
 伐採や間伐をした廃材の置き場所や処置方法も
 よく考えておかないと、
 強風で思わぬ被害が出てしまうことも有り得るわけです。


斜めに傾いたコーヒー苗木0920−3.JPG
 これは、さらに大きな重い枝の直撃を受けたために
 斜めになってしまったコーヒー苗木です。
 これも重機の道の苗木です。


倒れたコーヒー苗木0920.JPG
 これは、強風で完全にパタンと倒されてしまった
 コーヒー苗木で、これも重機の道に植えたものです。
 これも垂直に起こして根元を固めるのですが、
 毛根の一部が切れてしまっているかもしれませんから、
 ゆっくりていねいに治療してあげないといけないのです。
 完全に倒された苗木はこの1本で、
 主幹や枝が折られた苗木はありませんでした。



バオバブ0920−1.JPG
 大事に育てたかったバオバブ?の双葉でしたが、
 10日ぶりに行ってみると大雨の影響なのか
 無残にも倒れていました。もうやだ〜(悲しい顔)
 発芽した2本はバオバブかどうかも判らないうちに
 失敗してしまったのか、
 それとも本当のバオバブはまだ発芽していないのかも
 しれませんが、バオバブは来春4月に、
 残っている種で再度発芽に挑戦してみることにします。
 次回はネットをかぶせたりして
 発芽が上手くいくように少し工夫してみようと考えています。


バオバブ0920−2.JPG
 こちらのバオバブ専用発芽ポットには
 やや貧弱な双葉が1本出ていたはずですが、
 残念ながら消えてしまいました。
 発芽したてのホヤホヤ状態のときに、
 強い雨が直接双葉に当たるようになっていたのも
 マズかったのかもしれませんね。もうやだ〜(悲しい顔)


モカやマンゴー、アボガドは昨日の様子では
まだ発芽の兆候はありませんでした。

台風台風の影響で、コーヒー山にも大量の恵みの雨があり、
地表の腐葉土はしっとりしていて、
移植したコーヒー苗木たちだけでなく
山の樹木も総じて元気一杯でした。

台風台風は人間にとっても、
山の動植物にとってもイヤなものだと思いますが、
「台風台風は大掃除」
と考えると、
対策や準備をして迎え撃つような気に、
少しはなるものです。

posted by COFFEE CHERRY at 23:19| 沖縄 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月18日

台風の影響と修復・対策

先週の9月14日(金曜)の午後から、
沖縄本島には台風11号台風が接近し、
久米島が直撃を受けましたが、
今度は「強い勢力」の台風12号台風が八重山列島方面に、
沖縄本島の南の海上を西北西に進んでいる影響で、
昨日9月17日(月曜)午後から、
沖縄本島南部では強風が吹き荒れ、
夜から明け方にかけて暴風雨霧になりました。

7月13日に襲来した台風4号台風の被害は、
 ・ ハイビスカスの防風林の一部倒壊
 ・ コーヒー苗木の一部倒壊

で、
幹を起こして、土で根元を固めて修復したり、
ハイビスカスの枝葉を剪定したり、
という、
わりと軽微な作業ですが、
なにせ1人での作業で、
日中の暑い時間を外していますし、
移転地探しなどの所要も重なり、
修復まで、思わぬ長い時間がかかってしまったのです。

ようやくテスト圃場の修復が終わり、
圃場内の雑草刈りを剪定バサミで始めたとたんに、
台風11号台風の接近で圃場の入口(防風ネット)が被災し、
鉄筋の骨組みがバラバラになったり、
ハイビスカスやコーヒー苗木のチェックと
簡単な補正をしていたところに、
3日後に台風12号台風による暴風雨ですから、
今現在、まだ強風が吹き荒れていますので、
これが治まったころには、
またまたチェックに行かなければなければなりません。もうやだ〜(悲しい顔)


昨年、一昨年と2年続きで
沖縄本島には台風台風が直撃せず、
石垣・宮古の先島諸島には大きな被害をもたらし、
今年の台風4号台風の最大瞬間風速は那覇市で56.3m/秒、
台風11号の最大瞬間風速が久米島で62.8m/秒
と、
台風台風が大型化していますから、
「沖縄のコーヒー栽培における防風対策」
は、
絶対必要条件に組み込まれるべきなのです。

最大瞬間風速60メートル級の台風台風に対応できる防風林は、
10年がかりでも
フクギやイスノキを植える必要もあるでしょう。
posted by COFFEE CHERRY at 11:57| 沖縄 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 台風の被害 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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